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2012/12/10
ひなげしの花咲く丘の上、
空高く跳び上がる少女たち。
みんなみんな
頭に風船をつけている。
スカートのすそを押さえながら
花びらみたいに降りてくる。
着地すると、ふたたびジャンプ!
みんなみんな
楽しくてたまらない様子。
さびしそうな少年が
もの欲しそうに見上げていた。
「君も跳びたいのね」
「うん」
やさしい少女がくれた
風船ひとつ。
「怖がらなくていいのよ」
「うん」
風船を胸に抱いて、ジャンプ!
空高く舞い上がる少年。
でも、怯えた表情。
するとやっぱり
上空で風船が割れてしまう。
少年は石ころのように落ちてゆく。
それでもそれでも
丘の上は
やっぱりやっぱり
一面の
一面のひなげしの花。
2012/12/09
行方不明の犬をさがしています。
大きな黒い犬で、名前はクロと言います。
普通の犬よりからだがずっと大きくて
去年、競馬場の近くまで連れていったら
首輪をはずして逃げてしまって
馬を一頭食べてしまったことがあります。
山でひろったときは子犬だったのですが
すぐに熊みたいに大きくなってしまいました。
クロと遊んでいて大ケガをしたお父さんは
「もしかしたらクロは犬ではなくて
ツキノワグマかもしれないぞ」と
病院のベッドの上でうなりながら言ってました。
首のところに白い模様があるからです。
でも僕は、クロはやっぱり犬だと思います。
うまそうにドッグフードを食べるし、
おすわりやチンチンも上手です。
知らない人がクロの顔に手を近づけると
その手にかみついたりします。
きげんがいいと、そのまま首を振ります。
知らない人は悲鳴をあげます。
クロはとても好奇心の強い犬なので
逃げる人がいると追かける癖があります。
だから、もしクロを見つけたら
けっして逃げたりしないでください。
また、慣れない人がクロに近づくときは
風上に立たない方が安全だと思います。
それから、前足の力がとても強いです。
後ろ足で立ち上がったクロが
近所の電信柱を折ったことあります。
クロらしい犬の姿を見つけた方は
おそわれる前に連絡ください。
できるだけ急いで、お願いします。
どうか、よろしくです。
2012/12/08
「助けて!」
密かに好意を寄せる女性にそんなこと言われたら
どんな状況であれ無視できるはずがない。
俺は彼女に手を伸ばす。
「大丈夫。もう少しだ」
彼女は、氷に覆われた岩壁に必死でへばりついている。
つまり、我々は登山の最中であり、
非常に厳しい状況にあった。
生存者は俺と彼女だけ。
他の隊員たちは皆すでに奈落に転落していた。
彼らが生還できる確率は
俺が女性にもてる確率より低い。
遭難者リストの中には
彼女の婚約者であった男もいた。
もし彼女を救出して一緒に下山できたとすれば
あるいは愛が芽生えて・・・
という可能性も、まったくないこともない。
不謹慎であろうとなかろうと
命懸けのアタックであることに違いはない。
「助けて! 助けて! 助けて!」
ちょっとうるさいな、とは思いながらも
伸ばした俺の手が彼女の手に届いた・・・
と思ったら、目覚まし時計だった。
2012/12/07
夜遅く、迷子になってしまった。
なぜか自分の帰るべき家が見つからない。
新興住宅地に外観の似た家が軒を連ねている
という事情はある。
自分がしたたか酔っている、という事情もある。
しかし、それにしても
なんだかおかしい。
いつものように帰宅して
鍵が掛かっていたので呼び鈴を押すと
見知らぬ奥さんが玄関のドアを開け、
怪訝そうな表情で尋ねるのだった。
「こんな夜遅く、どなた様でしょう?」
おかしな挨拶だと思ったが
べつに皮肉を言ってるわけではなさそうだ。
「ええと、ここは私の家ですよね?」
「はあ?」
「あなた、誰ですか?」
ドアを閉められてしまった。
なんて失礼な女だ。
これ見よがしにシースルーの
色っぽいネグリジェなんか着やがって。
いやいや、そういう問題じゃない。
そういえば、門柱の表札も違う。
あれ、なんだったっけ?
なぜか自分の苗字が思い出せない。
そういえば、自宅があるはずの地名も番地も・・・
あちらこちらの家々から
飼い犬どもの吼え声が
暗く冷たい闇の底に響き始めた。
2012/12/05
生まれも育ちも雪国なので
雪にまつわる思い出など。
日本そして世界有数の豪雪地帯なので
冬になると積もった雪で電線をまたげた。
ブルドーザーが道を作ると
自分の身長の三倍くらいの高さの雪の壁ができた。
その壁に穴を開けて
玄関までトンネルを掘ったりした。
二階から出入りする家もあった。
雪は、子どもにとって遊びの宝庫だった。
「ウルトラマーン、ジュワッキ!」と叫びながら
二階の屋根から雪の小山になった庭へ
飛び込み前転をして遊んだ。
保育所の庭にモグラの通り道のような
雪のトンネルの迷路を掘ったツワモノもいた。
なにかあれば、すぐ雪合戦になった。
キンコロも作った。
踏みつけて硬くした雪面に雪玉を靴底で転がし
「キンコロ」という感じに硬くしたもの。
これを雪合戦に使ったら死ぬかもしれないので
互いのキンコロをぶつけ合って
どちらのキンコロが割れるかを競った。
雪の落とし穴も作った。
雪道の途中にシャベルで穴を掘り
掘った雪の上部を板状にしたもので蓋をして
その跡を軽く雪で隠したもの。
それで誰かがネンザした
という話は聞かない。
雪の彫刻も作った。
スポーツカーの形にして
座席に乗ってドライブ気分。
部活の気に入らない先輩の形にして
蹴り倒して鬱憤を晴らしたりもした。
学校では、同級生たちに手足をつかまれ
二階の教室から雪の裏庭に落とされた。
逆に、スカート制服の女子を
仲間と一緒に落としたこともある。
いじめではなく、純粋に遊びなので
雪を払いながら一階の職員室の窓から中に入り
「すみません。落とされました」と言えば
教師たちも笑って許してくれた。
シミワタリも忘れられない。
普段ならカンジキでも履かなければ歩けないのに
日中の暖かさで解けかかった雪面が
夜間の放射冷却で凍り
朝になると踏んでもへこまないくらいに硬くなり
歩いてどこまでも渡れるようになるのである。
タイヤにチェーンを巻いたオートバイで
この雪原の荒野を飛ばした奴がいる
という噂も聞いた。
当然、スキーやソリも楽しんだ。
近所は山だらけなので
長靴に革ベルトの木製スキーと竹製ストックで
リフトはないが、繰り返し昇り降りしたものだ。
ジャンプして回転して着地するような
尊敬すべき友人もいた。
あまり明るくない灰色の低い空から
次から次へ舞い降りてくる綿雪の群を
ぼんやり眺めていると
これは天から大地に雪が降りてくるのではなく
雪に覆われた大地が天に向かって
ゆっくり昇っているところなのだ
という錯覚に襲われたりする。
身長ほどの氷柱、道なき道の登校、吹雪の下校。
スキーの授業、雪下ろしのアルバイト。
・・・・あれこれ思い出せば、キリがない。
まるで夢のような世界だった
と今さら気づく。
地球温暖化のためか
上京した頃から雪が少なくなった。
正月に帰省しても
屋根の雪下ろしや家の前の雪掻きなど
ほとんど手伝う必要がないくらい。
ところが、ここ数年、中越地震の後くらいから
また大雪の豪雪地帯に戻ってしまった。
太陽黒点の影響か、あるいは
氷河期に入る前兆なのかもしれない。
2012/12/05
警察官らしからぬ男だった。
そいつには顔がなかった。
長い髪に隠れて見えなかったのだ。
「無駄な抵抗はよせ。おまえを逮捕する」
手錠をはめられた。
「はて? 罪状はなんでしょうか」
とりあえず質問してみた。
「罪状を知らぬとは重罪だ。連行する」
そのまま見慣れた繁華街を歩かされた。
途中、顔見知りの太鼓持ちに出会った。
「旦那、本日はお日柄もよく、どちらまで?」
「それがな、わしにもよくわからんのだよ」
「それはまた、なんとも大変でげすね」
「ああ。やっぱり、おまえもそう思うんだね」
太鼓持ちはヘラヘラ笑いながら
腰の太鼓を叩き始めた。
顔のない男は太鼓の音を無視した。
まるで耳もないと言わんばかりに。
やがて、見知らぬ街角を曲がった。
それは警察署らしからぬ建物だった。
なぜか割れたメロンの断面を連想させるのだった。
犬の番兵が立つ玄関は狭苦しく、
牛の首が転がる廊下は歩きにくかった。
天井には斜め逆さにロウソクが灯され、
溶けたロウが床の上に垂れていた。
うっかり靴底を滑らせて転ばぬよう
我々は注意して歩かなければならなかった。
通路は迷路のように複雑に曲がりながら
急な階段を上り下りするのだった。
やがて辿り着いた地下の奥の空間は
誰がどう見ても賭場になっていた。
繁華街よりにぎやかだった。
「あの、博打は法律にふれんのですか?」
当然のように、その質問は無視された。
「ちょいと軽く首を絞めただけですよ」
ぬいぐるみの鶏が弁明していた。
その首は今にも千切れそうに折れていた。
「ふん。みんな三つ指の亭主が悪いのさ」
酔っぱらいの女が愚痴をこぼしていた。
その開いた手の指は七本あった。
やっと手錠がはずされた。
「さあ、ここで何か賭けてみろ」
顔のない男が、そっと耳元で囁くのだった。
「もしも賭ける値打ちがあるなら」
2012/12/04
去年、
君を突き落とした岬の崖に
今年、
風力発電所が建つという。
波力発電所でなくて
本当に良かった。
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2012/12/03
下宿の廊下の奥に灰色の猫がいる。
暗くてはっきり見えないが
ふたつの小さな眼が金色に光っている。
あいつに入られたら、追い出すのは大変だ。
引き戸を開けると同時に部屋に滑り込み、
すばやく戸をピシャリと閉める。
けれど、あまりにも建物が古かった。
引き戸と柱の合わせ目に大きな隙間があり、
そこから廊下がよく見えるのだ。
やはり灰色猫の姿が闇に浮かぶ。
目を凝らすと、灰色の鼠のように見える。
こんなに小さくては、戸の隙間から
部屋の中に入られてしまうに違いない。
なんとかしなければならない。
あせってしまい、とりあえず
近くにあった本で隙間を埋めようとする。
すると灰色鼠は
こちらの動きに興味を持ったらしい。
いそいそと戸の隙間に近寄ってきた。
ところが、それは鼠でもないようなのだ。
顔が細長くて、馬のように見える。
しかも灰色ではなく、白と黒の縞模様。
白黒の縞の馬ならゼブラである。
どうも怒っているらしい。
その証拠に、いなないている。
ただし、なぜか声は聞こえない。
こんな小さなゼブラが部屋に入ろうとするのを
どうやって阻止できよう。
こんな薄い本では役に立たない。
しかし、もっと厚い本を取ろうと移動すれば
きっと怒れるゼブラが部屋に侵入する。
さらに悪いことには、どういうつもりなのか
戸の隙間が徐々に拡がっているのだ。
ううん、困った。
じつにまったく困ってしまった。
廊下の奥の部屋、つまり隣の空き部屋に
誰かいるような気配がする。
大家から話を聞いていないが
新しい住人でも入ったのだろうか。
その時、隣の部屋の引き戸が開き、
白熱電球の明かりが廊下にあふれた。
2012/12/02
おもいで川は
いつも暗く深く澱んでいる。
土手に立ち、
ぼんやり眺めていると
壊れた人形や別れた知人が流されてくる。
川面にはいつも
濃い霧が立ち込めている。
そのため向こう岸の風景は
ほとんど何も見えない。
おもいで川の途中には
とても古い橋が架かっている。
これを忘れ橋と人は呼ぶ。
この橋を渡ると
こちら側の記憶を失ってしまう。
かすかに憶えている場合もあるが
それはたまたま風が霧を払ったからだろう。
忘れ橋からおもいで川に身を投げると
二度と再び岸に上がれないという。
おもいで川に流されると
いつか死の海に注ぎ、
やがて皆から忘れ去られてしまう。
だから、忘れ橋をひとりで渡る時は
決して欄干に近づいたりしないことだ。
いつしか、まわりの親しい人たちが
みんな記憶をなくしてゆく。
一緒に旅した土地を忘れ、
一緒に口ずさんだ歌を忘れ、
昨日のことを忘れ、
今日のことさえ忘れてしまう。
「忘れないで」
「・・・・・・」
「私たち、約束したじゃない」
「・・・あんた、誰?」
2012/12/01
図書館を連想させる広い部屋には
幼くてかわいらしい二人の姉妹。
なぜか私は家庭教師の立場にあるのだが
彼女たちは扱いやすい生徒とは言えない。
なんでも勝手に二人で始めてしまうのだ。
「さあ、シーソーを作りましょう!」
唐突に提案しながら
姉が柱のような角材を部屋に持ち込む。
妹は支点となる三角ブロックを運ぶ。
机や本棚を部屋の隅に寄せ、
あっと言う間にシーソーを組み立てる。
姉妹はシーソーの左右の端に別れて乗り、
すぐに独特の上下運動を始める。
だが、支点の位置が低いため
動きに迫力が足りない。
「先生、どうしたらいいの?」
妹が解決を求めてきた。
教師としての力量を試される瞬間だ。
「支点を高いところに置けばよかろう」
なんとか二人は感心してくれたようだ。
部屋の隅に寄せてあった机や本棚を
中央に移動させ、高く積み上げる。
見上げる位置に支点のブロックを置き、
私も手伝ってシーソーのアームを載せる。
姉が腕を組む。
「さて、問題はこれからよ」
妹が首をかしげる。
「これ、どうやって乗るの?」
姉が断言する。
「まさに、そこが問題なのよ」
結局、私が支点付近でシーソーを押さえ、
アームが上下に揺れないようにする。
そこへ中央から上ってアームの左右へ
姉妹が乗り移ることになった。
本棚と机の上に登る。
高い。グラグラする。
いくらしっかりシーソーを押さえていても
押さえる私の足場が揺れていては心もとない。
妹が私の背中から肩へと這い上がる。
それから、アームの片側へと移動を始める。
とんでもなく重い。
体が浮きそうになる。
妹は軽くても、てこの原理というものがある。
それに重心がずれ、今にも足場が崩れそうだ。
「待て! ちょっと待て! 止まれ!」
妹をそのままにして、姉にも乗ってもらう。
重さが偏らないようにしながら
二人を同時にゆっくり左右に移動させる。
緊張の連続で、汗びっしょりになる。
時間はかかったが、なんとか位置についた。
「よし。シーソーを始めていいぞ」
とにかく早く終わって欲しかった。
二人とも足が床に届かないので
あの独特の上下運動がなかなか始まらない。
姉妹がどうするのか見ものであった。
やがて姉がのけぞり、妹がおじぎをする。
重心を移動させる理想的な方法だ。
こうして私の教育は見事な成果を上げ、
シーソーは姉の側へ大きく傾いた。
しかしながら、姉の足はなかなか床に届かず、
そのままシーソーは止まらずに傾き続ける。
そして、ついに支点や姉妹や私や悲鳴もろとも
ドドッと床めがけて崩れ落ちていった。