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2011/12/20
あんまり暇で死にそうだから
暇つぶしをすることにした。
外に出て魅力的な女を見つけたら、
その女を尾行するのだ。
ストーカーではないか、と言われそうだが、
気づかれなければ迷惑にはなるまい。
さっそく家を出る。
駅前商店街へ向かう。
あっさりターゲット発見!
ロックオン!
まだ若い女だ。
学生かもしれない。
休日だから私服なのだろう。
歩く後姿が見飽きない。
コンビニに入った。
ス−パーでないところが、さすが。
我慢して外で待機。
顔を覚えられたら尾行に気づかれる。
コンビニから出てきた。
来た道を戻る。
危ない危ない。
道路を挟んで監視していて正解だ。
横顔もなかなか魅力的。
尾行を続ける。
我が家と同じ方向だ。
案外、近所の子かもしれない。
おやっ? 角を曲がった。
その先は・・・・・・
しまった。
女が振り向いた。
「あら、おじいちゃん。どうしたの?」
どういうことだ。
信じられん。
実の孫娘なのだった。
2011/12/19
兵士となって戦場へ向かう恋人。
それを見送る娘。
「必ず帰ってきてね」
「うん。必ず帰ってくる」
だから、恋人は帰ってきた。
娘との約束を守るため。
ただし、幽霊となって。
「私、悲しいけど、嬉しいわ」
「僕もだよ」
娘は幽霊の恋人と暮ら始めたが、
幽霊なのでつかみどころがない。
娘は生身の恋人が欲しくなってきた。
「もう戻っていいわよ」
「戻るところなんかないよ」
しかし、幽霊の恋人がいたのでは
生身の恋人が寄ってこない。
娘は幽霊の恋人を心霊スポットに誘い、
女の幽霊と見合いさせてみた。
「君はゾクゾクするほど素敵だ」
「あなたこそビクビクしちゃいそう」
あっさりまとまってしまった。
さすがにショックを受けたのか、
その帰り道、娘は交通事故を起こした。
「やっぱり帰ってきてよ」
死んで幽霊になった娘。
2011/12/18
都会に出たばかりの僕は田舎者なので
すっかり迷子になってしまった。
僕が困っていると、それを見かねたのか
呼び止める声がした。
「ちょいと、そこのお兄さん」
とても綺麗な女の人だった。
「こっちへいらっしゃい」
彼女に誘われ、ついてゆく。
とても優しくされた。
僕は彼女と楽しい時をすごした。
でも、こんなことばかりもしていられない。
別れ話をすると、彼女はとても怒った。
それでも別れなければならない。
僕は彼女から逃げようとした。
彼女、僕の腕をつかんで離してくれない。
そのため、僕の左腕は肩からもげてしまった。
あまりの痛さに僕がひとり泣いていると、
優しそうな声がした。
「おや、お兄さん。泣いているのかい」
とても綺麗な女の人だった。
「慰めてあげるわ。こっちへいらっしゃい」
僕は、真っ暗な闇の中で
手の鳴る音を聞いたような気がした。
2011/12/18
「いけないことよ」
「そんなのわかってる」
「ああ、駄目だったら」
「我慢できないんだ」
「そんなことしたら」
「ごめん。許してくれ」
「まあ、信じられない」
「やってしまった」
「もう、どうするつもり」
「自首するしかないさ」
「ちょっと待って」
「他に方法はないよ」
「ここをこうして」
「おい。なにやってんだ」
「遺伝子配列を換えてるだけ」
「なんだって」
「これで正当防衛が成立するわ」
「意味わかんないんだけど」
「あら、全然かまわないわ」
「だって・・・・・・」
「さあ、続きをやるわよ」
「・・・・・・」
2011/12/11
交差点の横断歩道の前で信号が変わるのを待っていると、
たまに声がすることがある。
「なんで待つのよ」
ビルの屋上とか高いところにいると、
やはり声が聞こえることがある。
「ちょっと落ちてみたら」
ある日、踏切の前で電車が通過するのを待っていたら、
やはり声がした。
「遮断機をくぐって行けばいいのに」
振り向くと、幼い女の子と目が合った。
手をつないでいる母親らしき女の人が注意する。
「ヨミちゃん。そんなこと言っちゃ、ダメよ」
それからなのだ。
あの声を僕が
「黄泉の声」と呼ぶようになったのは。
2011/12/10
病室の窓から
大きなイチョウの木が見える。
窓辺に座ってスケッチブックを開き、
鉛筆で写生を始める。
太い幹を描く。
細い枝を描く。
一枚一枚、葉を描く。
それから水彩絵の具で彩色する。
幹を塗る。
枝を塗る。
一枚一枚、葉を塗る。
まだ秋になったばかりなので、葉は緑色。
そのうち秋が深まると、葉は黄色。
やがて冬になり、葉は散る。
最後の一枚を彩色する前に
最後の一葉が散ってしまった。
だから、
スケッチブックのイチョウの木は
下の葉は緑色で
途中から黄緑色になり、
上の葉は黄色に塗られていて
最後の一葉は
白いまま。
2011/12/09
「SBY48のハチコを誘拐した」
電話の声に心当たりはなかった。
「あの、もしもし」
「無事に帰して欲しければ身代金を用意しろ」
「あの、間違い電話では」
電話の声はかまわず喋り続け、
俺の月収に相当するほどの金額を要求した。
「あの、なんといいますか」
「おまえがハチコのファンであることは調査済みだ」
「あの、そうですけど」
「ファンなら、彼女にもしものことがあってはなるまい」
「あの、それはそうですけど」
「だったら指示に従え」
身代金の受け渡し日時と場所を指定され、
俺はあわててメモを取った。
「他のファンに喋ったら、ハチコの命は保証しない」
そして、電話は切れた。
等身大ポスターのハチコが、目の前で微笑んでいた。
確かに俺は彼女の熱烈なファンだ。
しかし、関係ないだろ。
しかも、この微妙な金額はなんだ。
もし無視したらどうなる。
もし無事に彼女が保護されたらどうなる。
預金通帳を見下ろし、
俺はすっかり考え込んでしまった。
2011/12/08
趣味の山歩きをしている途中、
赤い蝶を見つけた。
美しく羽ばたく真っ赤な蝶。
「私を捕まえて」
そんな声が聞こえたような気がした。
もともと昆虫採集の趣味はなく、
捕虫網など持っていない。
けれど、あの蝶だけは欲しくなった。
なんとか自分のものにしたい。
「私を捕まえて」
あまりにも頼りなげな飛び方。
素手でも捕まえられそうな気がした。
それでも、じつに巧みに逃げる。
赤い蝶を追いかけるのに夢中で
いつの間にか山道を外れてしまった。
どうにか山道に出たところで
あの美しい蝶を見失ってしまった。
その山道の先に家が建っていた。
山小屋らしくない。
小さいが、なかなか立派な洋館。
おそらく山歩きの休憩所だろう。
外国語の洒落た看板がある。
レストランのようだ。
ドアを開けると、すぐにカウンター。
「いらっしゃいませ」
カウンターの向こうに美女がいた。
なぜ美女かというと、
その唇に赤い蝶がとまっていたから。
2011/12/07
「待ってくれーっ!」
叫びに叫び、走りに走ったが間に合わなかった。
バスの後姿はバス停から遠く離れ
見えないくらい小さくなってしまった。
あれが始発バスだと聞いていたのに
時刻表を見ると、最終バスでもあった。
なんと、この村には
一日一本しかバスが通っていないのだ。
よんどころない事情があり
今朝まで世話になった家に戻るわけにもいかない。
私は諦め、バスを追うように歩き始めた。
ともかく村を出る道は、この一本道しかないのだ。
喉が渇き、腹が減り、やがて足まで痛くなってきた。
湧き水も川もなく、弁当も水筒も持っておらず
ときどき道端に腰を下ろして休憩するのが関の山だった。
そろそろ日暮れ近く
歩いていた一本道が唐突に途切れてしまった。
道の先が崖で途切れていたのだ。
バスはどうしたのだと不審に思って崖を見下ろすと
薄暗いがバスらしきものの影が崖下に見える。
突然の崖崩れかとも考えたが
崖の淵からの急な斜面には草木が生い茂り
たとえ崩れたとしても、まず最近のこととはとても思えない。
すると、もともとあそこがバスの終点ということか。
他に考えられない。
他に進むべき道とてない。
私は決意すると、崖下のバスらしきものめがけ
道の端から思い切って飛び降りた。
2011/12/06
砂浜は漂流物に覆われ
異臭が漂っていた。
海原は赤茶けた色に染まり
けだるげに淀んでいた。
波打ち際に
父親とその息子らしき姿があった。
男の子がつぶやく。
「この海、もうダメだね」
男がこたえる。
「ああ、もうダメだな」
「でも、海は広いよね」
「ああ、広いな」
「この海とは別の海ともつながってるんでしょ」
「ああ、つながってるはずだ」
「ということは、全部の海がダメなの?」
「ああ、そうらしいな」
男の子は黙ってしまう。
男がコートのポケットから瓶を取り出す。
それがいつものウイスキーの瓶でないことに
男の子は気づく。
「なにそれ?」
「なんだと思う?」
「お酒?」
「おれはもう、酒はやめたよ」
「じゃ、なんなの?」
「これはな、汚れたものをきれいにする薬さ」
「・・・・・・」
「本当だって」
「洗剤?」
「洗剤じゃない。触媒って言うんだ」
「薬局から盗んできたの?」
「まさか。おれが作ったのさ」
「それ、どうするの?」
「こうする」
男は栓を抜くと、そのまま瓶を海に投げ捨てた。
すると、瓶が落ちたところから見る見る海面が輝き
その金色の光が波紋のように広がってゆくのだった。
「わあーっ、まぶしい!」
男の子が叫ぶ。
しばらくすると、その光はドーナツ状の光の輪となり
内側が輝きを消すと、青い海面が残された。
「どうだ、すごいだろ?」
「すっごーい!」
「あれ作るの、苦労したんだ」
「ウソみたい」
男の子は海原と男の顔を交互に見比べる。
「さあ、用は済んだ。帰るぞ」
「えっ? あれ、どうなるの?」
「あの光の輪がどこまでも広がってゆくばかりさ」
「それじゃ、海がきれいになるの?」
「ああ、全部の海がきれいになる」
「すっごーい!」
「海だけじゃないぞ。
海の蒸気が雲になって、雨が降れば、地面だってきれいになる」
「わーっ、すっごーい!」
「ただしな」
「うん」
「人間もきれいになるんだ」
「美人とかハンサムに?」
「違う、違う」
「いい人になるの?」
「まさか・・・・いや、そういうことかな」
「ねえ、どうなるの?」
「つまりな、人間から汚れを消すとな」
「うん」
「生きていけなくなるのさ」
「・・・・・・」
男の子は海を振り返る。
青い海原の向こう、金色の水平線が輝いていた。