1万8000人の登録クリエイターからお気に入りの作家を検索することができます。
2008/12/23
真夜中に聞こえると言うのですね、
身の毛もよだつような呻き声が。
そうですか。やはり聞こえますか。
隠しておくことはできないものですね。
それに、あなたは娘の命の恩人だ。
秘密にせず、すべて話してしまいましょう。
ご覧のように当家はじつに古い建物ですが、
じつは、この真下に地下牢があるんですよ。
ええ、時代劇に出てくるようなあれです。
私もそれを実際に見たことはなくて
ただ話に聞いているだけなんですけどね。
今でも地下牢は残っているのですが、
誰も地下へ降りることはできません。
あの写真の祖父がまだ生きていた頃、
地下の出入り口を埋めてしまったのでね。
ひどい話ですが、生きてる人を残したまま。
つまりその、生き埋めということですね。
男だけでなく、若い女もいたそうですよ。
あの呻き声は幽霊なんかじゃありません。
まだ生きてるんですよ。嘘じゃありません。
あなた、聞いたことがありませんか、
人魚の肉を食うと不死身になるという話。
あれですよ。あの話は本当なんです。
よっぽど祖父は恨んでいたんでしょうね。
人魚の肉を食わせて死ねない体にさせ、
そうしておいて地下牢に生き埋めにした。
用心して、自力で脱出できないように
丈夫な鎖で幾重にも体を縛り付けてね。
生きながら永遠に苦しみ続けるように
真鍮の棒で串刺しにしたとも聞きます。
だから、いまだに苦しんでいるんですよ。
ええ、私もそう思います。
地下から掘り出してやるべきでしょう。
ですが、あまりにも恐ろしすぎる犯罪ですから
いまさらそれをする勇気が私にはないのです。
あなたは祖父との血の繋がりがない。
当家に婿入りして、やがて私が死んだら
あなたが掘り出してやってください。
頼みますよ。
2008/12/20
いまわの際の枕元に娘を呼んだ。
「もっとこっちへ」
「はい。お父さん」
「なあ、おまえ」
「はい」
「いい女になったな」
「いやだわ。お父さんたら」
「おまえに話しておくことがあるんだ」
「なにかしら。お父さん」
「じつはな」
「はい」
「おまえは、わしの本当の娘ではない」
「・・・・・・」
「わしと血がつながっていないのだ」
「・・・・・・」
「いままで隠しておいて、悪かった」
「お父さん」
「許しておくれ」
咳き込んだ。
舌に腐った血の味がした。
「お父さん」
「もうすぐ、お迎えが来る」
「じつは、私もね」
「うん」
「お父さんに、隠してたことがあるの」
「なんだい」
「ごめんなさい」
「話してごらん」
「あのね、お父さんはね」
「うん」
「じつは、私の本当の父親じゃないの」
「・・・・・・」
「お父さんは、私とね」
「・・・・・・」
「血のつながりがないのよ」
「う、嘘だ!」
2008/12/20
よく切れる剣であった。
竹や木など、風のように切る。
岩や骨なら、水のように切る。
そんな剣が舞い始めた。
畜生も大臣も、おかまいなし。
首がとび、血潮がはねる。
森は荒野、街は屠殺場となる。
「この世に切れぬものなし」
舞いながら、剣は豪語する。
「いや。ひとつだけあるぞ」
両脚を切られた少年が叫ぶ。
「それはなんだ」
「剣である、おまえ自身だ!」
剣は怒り、刃をねじ曲げる。
「うぬ。こうすれば、切れるはず」
パキーン!
ねじ曲げすぎて、刃が折れた。
2008/12/19
麦わら帽子のひさしの下
まっすぐな一本道がどこまでも延びていた。
ひとりの女がすぐ前を歩いていたが
その腰のところに取っ手が付いていたので
つい声をかけてしまった。
「お嬢さん、お持ちしましょうか?」
「あら、すみません。お願いします」
女は地面に四つん這いになった。
プラスチック製のありふれた取っ手を
片手でつかみ、ウンと持ち上げると
女は膝を曲げ、胎児のように丸くなった。
「痛くありませんか?」
「ううん。ちっとも」
「苦しくありませんか?」
「ううん。気持ちいいくらい」
そうであろう。そうでなければ
腰のところに取っ手などあるものではない。
「また随分と軽いのですね」
「ええ。昨日からなにも食べてなくて」
それでも、しばらく歩くと腕が痛くなり
交互に持ち手を替えなければならなかった。
暑い。本当に暑くなってきた。
顎の先からポタポタ汗が垂れ落ち
まっすぐな一本道が少し曲がり始めた。
2008/12/18
高い塔の最上階に三人の泥棒が住んでいました。
階段が壊れていたので誰も訪れず、
また誰も住んでいないものと思われていました。
年若いのに、三人は立派な泥棒でした。
大胆な計画、綿密な準備、巧妙な手口。
盗まれたことを相手に気づかせないほどです。
時には、盗んで感謝されることさえあるのでした。
「僕、侯爵夫人は素敵な方だと思うな」
「でも、あの宝石飾りの帽子は似合わないわ」
「そうそう。せっかくの気品が台なしだ」
「かわいそうだから盗んであげようよ」
「あら、盗むほどのことかしら」
「だから、あの真ん中のルビーだけさ」
「そうか。あの飾りが悪いわけね」
そんな物騒な相談を、三人の泥棒は
仲良くいつまでも高い塔の上でするのでした。
(案外、それほど悪人ではないのかもね)
2008/12/16
あちこちに抜け殻が落ちている。
注意しなければ抜け殻とは気づかない。
壁に向かって立っていたりする。
石段の途中に腰かけていたりする。
まったく動かないのが特徴のひとつだ。
手で触れてみれば誰でも気づく。
紙風船のように簡単につぶれてしまうから。
無邪気な少女の抜け殻を見つけた。
橋の下の川原で逆立ちしていたのだ。
まだ温もりがかすかに残っていた。
抜け出た者がまだ近くにいるはずだ。
少女が似合わなくなったのか。
無邪気でいられなくなったのか。
それとも、どちらも失ってしまったのか。
2008/12/15
近所の池で釣りをしていた。
まったく当たりがなく、
そのまま眠ってしまったらしい。
魚になった夢を見た。
気ままに水中を泳いでいて
うまそうな虫がいたので飲み込んだ。
途端、針が刺さったような鋭い痛み。
そこで目が覚めた。
引いてる。
竿を握り締める。
やっと魚が釣れた。
と思ったら、水死体だった。
どことなく見覚えがある。
そうだ。
こいつは、俺ではないか。
すると、釣っているのは誰だ?
どうも、まだ眠っているらしい。
2008/12/14
廃墟を走っている。
荒涼としたモノクロの迷路。
崩落したアリの巣を連想させる。
働きアリはどんな気持ちで走るのか。
そんなつまらない疑問が浮かぶ。
きっと走るしかないから走るのだろう。
ともかく、廃墟を走っている。
生き残るために競走している。
ある定められた過酷なコースを
速く走り抜け、
早くゴールインすることで
生きるか死ぬか決まってしまう。
途中、競争者を蹴落としてもかまわない。
実際、あちこちから石が飛んでくる。
腹が立ち、あちこちへ石を投げ返す。
石はいたるところに落ちている。
いにしえの建物から崩落したものだ。
やがて、走るどころではなくなる。
殺し合いになる。
珍しくもない。
いつものパターンだ。
ゴールがあることなど忘れてしまう。
つまるところ
競走者がいなくなればいいのだ。
とりあえず、それで問題は解決する。
それが主催者側の望む結果でもある。
あるいは、これは夢かもしれない。
うすうす気づいてはいるのだが・・・・・・
しかし、今すぐに目を覚ましてはいけない。
なぜなら、このまま目を覚ますと
意識が現実へ去った抜け殻の自分が
競走者の手で殺されてしまうから。
なぜか、それはどうしても
避けなければならないことのような気がする。
悪夢のような廃墟を走りながら
手ごろな石が落ちてないか必死に探す。
不思議なことに
あえて探そうとすると
なかなか手ごろな石は見つからないものだ。
2008/12/13
「おとなり、息子さんがいたでしょ?」
「ええ、タカシ君だっけ」
「昨日、ノラ娘に襲われたんですって」
「まあ、怖い」
「お尻を噛まれたらしいの」
「それだけで済んだの?」
「教えてくれないの。恥ずかしいんでしょ」
「最近、多いわね。ノラ娘の被害」
「だって、裸で歩きまわるんですものね」
「うちの子も心配だわ」
「まだケン君は小さいじゃないの」
「ううん。エリコの方よ」
「エリちゃんがノラ娘に?」
「そう」
「まさか」
「本当よ。あれ、生えてきたみたいなの」
「尻尾が? 見たの?」
「見てないけど、下着姿でわかるの」
「まあ、大変」
「だからもう、心配で心配で」
「保健所には連絡したの?」
「まさか」
「手遅れになったら、悲惨よ」
「だって、殺されちゃうかもしれないし」
「それは最悪の場合よ」
「でもね、親としてはどうも」
「いやなら、私が連絡してあげるわよ」
「あら、本当?」
「しかたないじゃない。お互い様よ」
「うれしい。助かるわ」
2008/12/12
体調が悪い。
だるくてしかたない。
歩くことすら困難に感じられる。
ふと、なにか落ちたような音がした。
歩道には枯葉がたくさん落ちている。
よく見ると、小さな歯車が転がっていた。
なかなか精巧な歯車だが、錆びている。
それを拾い、ポケットに押し込んだ。
再び歩く。
ますます調子が悪い。
歩道がねじれて見える。
宙を舞う枯葉。
犬が空を飛んでる。
街路樹が歩いてる。
またまた、なにか落ちた音がした。
なぜか歩道は頭の高さにあった。
見上げると、小さな歯車が転がってる。
やはり精巧な錆びた歯車。
やれやれ、なんなんだ。
これも拾って、ポケットに押し込んだ。
さらに歩こうとしたのだが、もう歩けない。
歩道がカーブを描いて脇腹に刺さっている。
あわててポケットから歯車を取り出した。
二個だけではない。
いくつも出てくる。
それら歯車を錠剤のように飲み込む。
いくらか調子が戻ったように感じられた。
天へ垂直に立つ歩道。
枯葉が滑り落ちる。
空が細い川になって両足の間を流れてる。
またもや、なにか落ちた音がした。
うんざりしながら足もとを見下ろす。
今度は歯車ではなかった。
やや安心する。
やはり錆びてはいるが、精巧なバネだった。