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2008/11/07
手作りのかごから抜け出して
あの島へ君は飛んでいった
一枚の羽を残したのは
形見のつもりなのか
しなやかで白くて柔らかい
いかにも君の羽だと思う
あきれるほど青い海の向こう
鳥たちの棲む島へ君は帰ってゆく
さわがしい羽音 さえずる声
手の届かない空に鐘の音が消える
鳥たちの島できっと君は
鳥たちの女王様になれる
君のいないかごの中
遠い海から吹く風に
白い羽がゆれている
2008/11/06
おれは毒入りの瓶だ。
ちゃんと髑髏マークのラベルが貼ってある。
暗い過去を持つ由緒正しき危険物で、
これまで多くの尊い命を奪ってきた。
もしおれの言葉が信用できなければ、
頭の栓を抜き、おれの中身を飲めばいい。
ほんの少し、唇が湿るくらいで十分。
苦しむ暇もなく、すぐに息絶えるはずだ。
中身が全部飲まれてしまったら
ただの空っぽの硝子瓶でしかないが、
幸いにも、まだいくらか毒は残ってる。
その証拠におれを持ち上げて振ってみれば
液体に特有の舌鼓のような音がして、
「こっちゃ来い、こっちゃ来い」
と、聞こえるはずだ。
2008/11/05
ある不毛の大地に一匹のとかげがいる。
とかげの目の前にも一匹のとかげがいる。
すぐ後ろにもやはり一匹のとかげがいる。
このことはどのとかげについても言える。
とかげによるそのような列が実在する。
とかげの列は前方に果てしなく続く。
とかげの列は後方にも果てしなく続く。
どのとかげも身動きせずに並んでいる。
どのとかげも一瞬にしてある決意をする。
とかげは目の前のとかげの尻尾を噛む。
と同時に後ろのとかげに尻尾を噛まれる。
とかげの尻尾は途中でぷつんと切れる。
その尻尾が暴れるために列が乱れる。
暴れる尻尾をとかげは苦労して飲み込む。
尻尾は喉を通り胃袋を通り腸を通る。
さらの尻尾の断面を通って尻尾が生える。
再生した尻尾はぬらぬらと濡れている。
そのためにとかげの抑制がきかなくなる。
とかげは目の前のとかげの尻尾を狙う。
すると自然にとかげの列が再びできる。
不毛の大地に見事なとかげの列ができる。
2008/11/04
高名なる爪彫師に白い手首を贈ります。
細い華奢な指たちが泳いでいます。
いったい誰の髪を撫でたのかしら。
それとも誰の背中を傷つけたの。
ほら、ひどく懐かしい気がしませんか。
思い出の指輪の跡が残っているみたい。
あら、まさか忘れたのかしら。
それとも、忘れたふりかしら。
これもあれも、爪の絵だって消えるもの。
ほら、彫刻刀の先が少し震えませんか。
2008/11/04
こんなとこに夜が隠れている
涙がコロコロ転がるうぶ毛の大地
夕暮れの底に沈んでゆく群衆
きっと僕たちはまちがっている
蝶のことは蝶にまかせておこう
眠ってしまったカタツムリ
見てしまった夢はしかたない
ただつぶやいてみただけ
2008/11/03
濡れた靴下を脱ぎ捨てて
波に揺れる夕暮れの海面を
ひたひたと裸足で歩いていたら
まるで霧に包まれたように
無数の蝶の群に囲まれてしまった。
こんな遥か沖合まで
あたりまえのような顔をして
歩いてきたりしてはいけなかったのだ。
途中で沈むとか溺れるとか
せめて泳いでみるとか
そういうことをすべきだったのだ。
まあ、いまさら遅いけど。
それにしても
こんなふうに蝶の群に歓迎されたら
そんなに悪い気はしない。
このまま夜になってしまえば
きっと蝶の群は蛾の群となるだろう。
やがて水平線から朝日が昇れば
びっしりと海面に敷き詰められた
美しく眩い銀色の絨毯になるはずだ。
そんな優雅な絨毯の上で
ゆらゆら波に揺られてのんびりと
いつまでも眠っていられたら
ちょっと素敵な気がする。
2008/11/03
赤々と燃える暖炉の前、
男の子と女の子が遊んでいます。
「シュッシュ、ポッポ、シュッシュー」
「ああ、やっと汽車が入ってきたわ」
「プシュー、プシュー」
「さあ、これから遠くへ旅立つのだわ」
「お嬢さん。お荷物をお持ちしましょう」
「あら、素敵な方。どうもありがとう」
「いいえ、どういたしまして」
「あなたもひとり旅ですの?」
「そうかもしれません。そうでないかも」
「どちらまで?」
「お嬢さんと同じところまで」
「あたくしの行く先をご存じなの?」
「知りません。でも同じなのです」
「あたくしは終着駅まで行くわ」
「では、僕も終着駅まで」
「そこからバスに乗るの」
「だったら、僕もバスに乗る」
「残念ながら、ひとり乗りのバスなの」
「ひとり乗りのバスなんてないよ」
「世界に一台だけ、そこにあるの」
「そのバスの運転手、じつは僕なんだ」
「ああ、そうくるわけね」
「お嬢さん。そろそろ出発しますよ」
「すると、この汽車の運転手もあなたね」
「シュッ、シュッ、シュッシュッシュッシュッ」
「あたくし、次の駅で降りますわ」
「ポッポー!」
2008/11/02
深夜、ひとり居間で
その家の娘が脱皮をしていた。
蛍光灯に照らされ、
娘の体は小刻みに震えていた。
白い背中がめりっと縦に裂け、
割れ目から新しい皮膚が覗いている。
娘の脱皮に気づいた父親は
入口の前で立ち尽くしてしまう。
娘は裸のまま泣いているようであった。
折れそうなほど背骨を曲げなければ
古い皮を脱ぐことはできないのだ。
親は娘の脱皮を手助けしてはならない。
それが暗黙の決まりになっていた。
新しい皮膚は血のように赤く生々しく、
見るからに痛々しい感じがするのだった。
娘の自慢の黒髪が汗で濡れ、
悩ましく揺れていた。
かすかに軋む音を耳にして
あわてて娘が振り向く。
「・・・・・・誰?」
いつしか父親は柱にしがみつき、
醜いサナギになっていた。
2008/11/02
じつに立派な大砲である。
太くて長くて黒々と光っている。
大砲は二つの車輪の上に乗っており、
牛馬で引いて移動することができる。
その大きな二つの車輪のどちらにも
頭と手足が正五角形になるような状態で
若い女が鎖で縛りつけられている。
敵国の皇族の姉妹だということだが
破れた皮衣を着せられているだけで
その白い両脚はむき出しになっている。
今は車輪の上の位置に彼女たちの頭があり、
豊かで長い髪が垂れ下がっているために
彼女たちの顔を見ることはできない。
だが、弾丸が発射されると
その反動で大砲が後退し、
いくらか車輪が回転するため
彼女たちの美しい顔を見ることができる。
そうやって顔を見ることはできるが
いくら続けて弾丸が発射されても
彼女たちの悲鳴を聞くことはできない。
それが彼女たちに残された唯一の抵抗、
あるいは誇りであるらしい。
2008/11/01
とある家庭の台所の風景である。
異国の人形を大きくしたような少女が
手前の調理台の上に仰向けに寝かされ、
サラダ油か桃の缶詰の汁かわからないが
びしょ濡れで天井を見上げて泣いている。
その奥にはステンレスの流し台があり、
まだ洗ってない食器が山盛りになっている。
さらに奥にある明り取りの窓からは
恐ろしい顔の鬼が台所の中を覗いている。
調理台の真下の汚れた床の上には
料理の道具ではないような気がするが
殴られたら死にそうな金棒が転がっている。
ハエが一匹、少女の上を飛んでいるが
あまりたくさんのハエが飛んでいないのは
おそらく鬼の顔が怖いからだろう。