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2012/10/06
僕はなんだか
飛べそうな予感がする。
ほとんど走るような調子で歩き出すと
前方へ落ちるように傾いた地面から
徐々に足が離れてゆくのがわかる。
飛行機の翼みたいに両腕を横へ拡げ、
両脚をまっすぐ後方へ伸ばしてみる。
落ちもせず
転びもせず
膝を擦りむくこともなく
そのまま地面すれすれに浮いたまま
空中を滑るように
僕は飛ぶ。
地面の傾斜が緩やかになる地点で
まとまった大きな向かい風に乗り上げ
少しずつ少しずつ
確実に上昇を始める。
前進するスピードに衰える気配はなく
さらに昇ってゆくのが
しごく自然なことであるような気がする。
馬鹿みたいに口を開けたまま
地上から見上げるだけの友人たちに
僕は手を振る。
(やつら、きっと泣くほど羨ましがるぞ)
広がりつつある大地を見下ろしながら
このままなんにも考えず
鳥みたいに
どこまでもどこまでも
飛んでゆこう
と僕は思う。
2012/10/04
ひとりの旅の僧侶が吹雪の山を歩いていた。
昼なお暗く、天狗や山姥が棲むという。
冬ならば、雪女が袖を引くという。
「お待ちなされ。そこなお坊様」
背中を凍らせるような冷たい声がした。
振り返ると、白装束の女の姿があった。
その美しさに僧侶は身動きできなくなった。
「お山へ、なんの用かえ」
女の吐いた白い息で、僧侶の足は凍りついた。
「私は、雪女に会いに来たのです」
「おやおや。なんでまた会いたいと」
女の白い手が触れ、僧侶の腕と肩は凍った。
「わたくしの、母上だからです」
女は吹雪のような白い息を吐いた。
その瞬間、僧侶は気を失った。
吹雪は止み、澄んだ月夜であった。
まわりの雪がとけ、僧侶は土の上にいた。
僧侶は生きていた。
雪女の姿はなかった。
僧侶の腹の上に、濡れた白装束があるばかり。
「やっと会えたというのに」
梢の雪を落とし、風が吹き抜けていった。
2012/10/03
どうだ、おまえ。
こんな酒、見たことなかろ。
なんでも火の国の地酒なんだと。
羨ましいか。すげえうめえらしいぞ。
のん兵衛にはこたえられん酒なんだと。
飲めるんなら、火の中でも飛び込むとか。
だから、一口でも飲んだら危険なんだと。
もう飲むことしか考えられなくなってな。
たとえば、殺人だってやりかねないと。
なんてね、酒屋の親父が言ってた。
もちろん、冗談だろうけどさ。
おい、なんだその眼は。
なんか燃えてるぞ。
まさか、おまえ。
2012/10/02
ナイフの刃を喉に当てられている。
身動きできない。
動けば殺される。
「あんた、私が怖いのかしら」
正直なところ怖い。
もう失禁してる。
だが今、彼女に嫌われるのは
もっと怖い。
退屈な奴と思われるくらいなら
死んだ方がマシだ。
「怖くないと言っても、信じないくせに」
声が震えていた。
仕方あるまい。
笑う彼女。
軽く見られたかもしれない。
「信じてあげてもいいわよ」
どうすれば彼女を満足させられるのか。
意識をめぐらすのだ。
手段はあるはずだ。
「君の鼓動が聴こえるよ」
彼女の胸に押し当てた耳たぶ。
心に余裕があるように思われて欲しい。
「それ、自分の鼓動じゃないの?」
驚いた。
指摘されるとそんな気もする。
しかし、簡単に認めてはいけない。
「たぶん、君と同じリズムなんだ」
強がりか。
馴れ馴れしかったか。
「あら、それは光栄ね」
皮肉に違いない。
彼女の声は正直だ。
ナイフの刃先が喉に突き刺さる。
鼓動が弱まる。
意識が遠のいてゆく。
2012/10/02
胸の内に入りて
臓腑を喰い破るもの
頭の内に潜り
脳を腐らせるもの
腰を折り
背骨を曲げ
四肢を萎えさせ
首を項垂らせんとする
ああ 汝の名は
言うも 憂鬱
2012/10/01
君と来た道
遠い道
小川のせせらぎ
今はなく
山並みどこへ
消えたやら
君と来た道
遠い道