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2011/10/11
夜明け前に帰宅できた。
呼吸を整え、なんとか鼓動を鎮める。
ゆっくりと汗が冷えてゆく。
「とうとう、やってしまった」
計画通り。
完全犯罪の達成だ。
目撃者は皆無。
アリバイは完璧。
指紋を残すようなばかじゃねえ。
盗みじゃねえ。
そんな安っぽいもんじゃねえ。
ばかにするな。
そうさ、殺しさ。殺人だ。
とうとう恨みを晴らしてやったぞ。
あいつ、おれをばかにやがって。
ばかにされて生かしておけるか。
いいや。おれは絶対に許さねえ。
この手で殺すしかなかったのだ。
この手で、あいつの・・・・・・
そこで、気がついた。
凶器がない。捨てた記憶もない。
なんということだ。
失敗か。
いやいや。
違う、違う。
思い出したぞ。
凶器を用意するのを忘れたのだ。
凶器がないから、あわてて・・・・・・
おれは頭を抱えてしまった。
とんでもないミスを犯していたのだ。
完全犯罪ではなかったのだ。
いや。犯罪ですらなかった。
「おれは、本当にばかだ」
あいつを殺すのを忘れていた。
2011/10/10
僕は、ひとりの友人と一緒に道を歩いていた。
あたりに人家はなく、荒野が広がっていた。
かなり前から、僕たちは空腹を感じていた。
重い足を引きずりながら、食堂を探していた。
道端には、たくさんの豚の死体が捨ててあった。
それらは鼻の先から尻尾まで
ペンキでも塗ったように鮮やかなピンク色だった。
丸々と太り、ぬいぐるみのようにも見えた。
悪い疫病でも流行っているのだろうか。
僕たちは不安そうに顔を見合わせたものだ。
もし運良く食堂が見つかったとしても
豚肉を出されたら、きっと困るに違いない。
やがて前方に大きな川が見えてきた。
橋を渡る途中、何気なく欄干から見下ろすと
川底にたくさんの豚の死体が沈んでいた。
はっきり見えなかったが、どれも痩せていて
どの死体の肌も白に近い灰色に見えた。
水の中ではピンクに見えないのだろうか。
それとも、ピンクの色素が流されたのだろうか。
仲良くめまいがして、僕たちは背中を合わせ
橋の真ん中で座り込んでしまった。
結局、僕たちは食堂を探し出せそうもない。
そんな気がする。
死ぬほど空腹なのに、少しホッとしていた。
2011/10/08
私がこうして書いていて
あなたがそうして読んでいる。
どうしてこんなことが
そんなことになるのか
なんだか不思議な気がする。
もし私がこうしなくて
もしあなたがそうしなかったら
そこにはきっと
また別の世界が広がっていたはずなのだ。
そんなふうに
いくつもいくつも
形にならなかった可能性たちの
屍の海。
2011/10/07
あらゆる人の顔が動物の顔に見えてしまう。
キリンであったり、キツツキであったり。
熱帯の珍しいカエルの顔さえ見たことがある。
あまりに奇妙な顔が多いので
分厚い動物図鑑を購入してしまったほどだ。
もちろん最初は驚いた。
信じられなかった。
ある朝、目覚めたら妻の顔が黒猫だったのだ。
夜だったら、気絶していたかもしれない。
なにかの冗談か、と寝ぼけ頭で考えた。
「あなた、顔色が悪いわよ」
猫の鳴き声ではなかった。
妻の声だ。
冗談にしては中途半端な気がした。
「君ほどじゃないさ」
黒猫の顔が妙な表情になった。
ともかく、寝ぼけたまま家を出て
冗談ではないことに出勤途中で気づいた。
なにしろ、会う人会う人
すべて動物の顔だったのだから。
カバの学生とか、深海魚のOLとか。
警察官は犬。
タクシー運転手はラクダ。
ミニスカートのペンギンにはめまいがした。
人の顔はどこにも見当たらない。
選挙ポスターまで動物の顔だった。
さすがに怖くなってきた。
駅の改札を走り抜け、
構内トイレに駆け込んだ。
そこの壁にある大きな鏡の前に立った。
思わずため息が出た。
心配する必要などなかったのだ。
とりあえず、それは
かわいらしいアライグマの顔だった。
2011/10/06
無理やり引き剥がすように起床した。
完全に目覚めた状態ではなかった。
口の中が気持ち悪い。
歯をみがきたい。
なんとか浴室の洗面台にたどり着く。
練り歯みがき?
そんなの使わん。
水だけで十分だ。
文句あるか。
で、目を閉じたまま歯をみがき始めた。
けれど、どうも様子がおかしいのだ。
いやいや薄目を開け、見下ろす。
洗面台が真っ赤に染まっている。
舌には生々しい血の味がする。
一瞬、歯槽膿漏だろうか、と思った。
その瞬間、歯ぐきに鋭い痛みが走った。
あまりにも寝ぼけていたのだ。
手に持っていたのは歯ブラシではなかった。
カミソリだったのだ。
2011/10/05
長方形の砂浜
隣接する
人工芝の美しい公園
晴れた休日のひと時を楽しむ人々
ピクニック気分で海草を食べる家族連れ
スイカの隣で頭を割られたお父さん
迷子の坊やをやさしく波がさらってゆく
手首を残して砂に埋められた少年
砂がつかないように白い靴下を脱ぐ少女
海と空の間で青く染まったカモメが哀しむ
時は春
いまだ遊泳禁止は解かれていない
2011/10/04
あいつは臭い。
あいつは汚い。
あいつは村一番の嫌われ者。
村の者、鎮守の神よりあいつを恐れる。
年頃の娘は無論、古女房まで家に隠す。
老婆や幼女、さらには雌犬や雌鶏まで隠す。
あいつは村の恥。
あいつは村の鼻つまみ。
あいつが歩けば、野に枯れ草の道できる。
あいつが歩けば、空から渡り鳥落ちてくる。
ともかく、あいつは臭いのだ。
馬糞が腐ったより臭い。
鼻まがる。
村の子どもが手をつないで倒れたりする。
あんまり臭くて
手を離す暇もなかったのだ。
ある日、不思議なものが空から落ちてきた。
しかも、ちょうどあいつの頭の上に。
木の上の猿やリスなら珍しくもない。
巨大な亀の甲羅のように見える銀色の塊。
割れ目から中が見えた。
たくさんの天狗。
やけに鼻が高い。
人ではない。
見るからに凶悪そうな顔してる。
でも、みんな死んでた。
あいつのせいだ。
でも、下敷きになって、あいつも死んだ。
あいつがいなくなり、村人たちは大喜び。
でも、都の偉い学者の言うことにゃ、
あいつがこの世を救ったんだと。
われらが救世主なんだと。
尊敬してやれと。
そうかい、そうかい。
おら、知らね。
2011/10/03
真夏の真夜中、灯りもつけず書斎にひとり。
昼寝をすると眠れなくなるのは知っていた。
それでも、暑くて明るすぎる昼は眠い。
それで、こんな真夜中に目が冴えてしまう。
あれこれ、色々なことを考えていた。
そのうち、裸で散歩したい気分になってきた。
裸で人通りの絶えた月明かりの夜道を歩く。
近所の誰かに見られてしまうかもしれない。
あるいは誰にも見られないかもしれない。
いずれにせよ、スリルがあって面白そうだ。
さっそく下着を脱いで裸になる。
もともと下着しか身に着けてなかったのだ。
静かに書斎を出て、音を立てずに廊下を進む。
眠っているはずの妻と娘を起こすべきではない。
玄関でそっとサンダルを引っかける。
裸足が理想だが、足の裏が痛そうだ。
勇気を出して玄関の扉を開けた。
そこに妻が裸で立っていた。
「あら、おでかけ?」
2011/10/02
バスに乗っている。
もうすぐ終点に着くはずである。
降車するなら前から三番目の席が良い。
そのことは過去の経験から知っていた。
だが、前から三番目の席は塞がっている。
過去の経験を活かせないとは残念だ。
前方より大型トラックが突っ込んでくる。
バスの運転手は素早くハンドルを左に切り、
サイドミラーを失いながらもやり過ごす。
ところが、バスは右に傾き、そのまま横転する。
バスが停止する時は傾かなければならない。
そのことは過去の経験から知っていたので
私はあまり驚かなくて済んだのだが
ほとんどの乗客は戸惑いの表情である。
やがてバスは起き上がり、時刻表を守り、
終点のバス停に着くと、さらに横転する。
私は運転手と抱き合って歩道に投げ出される。
模範的な停車であるとは認めにくい。
乗客の一人、老人が怒って文句を言う。
「もっと受身を習いなさい」
ごく常識的な忠告ではないかと思うのだが
運転手の頬は涙で濡れている。
2011/10/01
「これは大変だ」
「博士。どうしました?」
「どうにもこうにも動けないのだ」
「すると、研究は失敗ですか?」
「いや、成功だ。だから、大変なのだ」
「超高性能爆薬は完成したんですね」
「そうだ。惑星なんか一瞬で消滅する」
「すごい。博士、おめでとうございます」
「喜ぶな。爆薬はこの中にあるんだ」
「手に持ってるのは、試験管ですね」
「そうだ。見てわからんか」
「ほう、液体ですか。きれいな色ですね」
「わあっ、触るな。爆発するぞ」
「爆発! なんですって?」
「大声を出すな。音波でも危険なんだ」
「博士、それは大変ではありませんか」
「大変だ。だから動けないのだ」