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2008/10/18
貴婦人が鏡の回廊を渡っておられました。
鏡の回廊の左右の壁には珍しい鏡が
いくつもいくつも飾ってありました。
ある鏡には、上品なドレス姿の貴婦人が
その麗しき横顔とともに映りました。
別の鏡には、夢見る表情の貴婦人が
裸で歩いておられる姿が映りました。
また別の鏡には、床に跪いた貴婦人が
背徳の儀式に耽る姿が映るのでした。
じつに色々な鏡があるのでした。
美しい少女が映る鏡もありました。
醜い老婆が映る鏡もありました。
まったくなにも映らない鏡もありました。
わずかに傾いた合わせ鏡のように
どこまでも鏡の回廊は続いているのでした。
2008/10/17
海よりも深い夜にあなたの寝室に忍び込み
トカゲのようにあなたのベッドに近づいて
あなたの無邪気な寝顔を見下ろしながら
さてどうしてやろうかやるまいか
このにくたらしい鼻の頭を削ってやろうか
このいじらしい耳たぶを切ってやろうか
あれやこれやと随分悩んだ末に
毛布からはみ出ていたあなたの尻尾を
いけないことだとは思いながらも
ハサミで切り落として持ち去ったのは
じつはわたくし怪盗ネチネです。
2008/10/16
ようこそ 船酔いお嬢さん
錨を上げたら 水兵さん
両手もあげてもらおうか
そうとも そうよ ご覧の通り
恐れ多くも 俺たちゃ海賊
片目は義眼 片足ゃ義足
五つの大陸 六人の女
七つの海に 八つの災い
殴って泣かせ 奪って殺す
海に捨てりゃ 鮫の野郎が喜ぶぜ
髑髏の旗は 血に飢えて
よだれ垂らして舌なめずり
俺たちの羅針盤に 天国はねえ
面舵いっぱい 進路は地獄よ!
2008/10/15
意地悪な砂男は
砂に埋もれて
眠ってしまった
眠れ 眠れ
深く 眠れ
羊たちも眠くって
柵にもたれて
眠ってしまった
眠れ 眠れ
静かに 眠れ
眠り姫も眠くって
夢の中でまた
眠ってしまった
眠れ 眠れ
やすらかに眠れ
2008/10/15
わたしはおもちゃ
遊んでもらうためにつくられた
わたしを使ってたのしんで
なんでもいいの
どうでもいいの
見つめられたらほほえむわ
さわられたら感じちゃう
こわれるくらいはげしくね
よろこんでもらえたらうれしいわ
ねえ 教えて
どんなことするの
あんなことするかしら
こんなこともするかしら
そんなことまでするなんて
でもいいの
なんだっていいの
どうだっていいの
飽きられたら
なんにもできない役立たず
おもちゃ箱の暗い底
ほこりにまみれて泣くばかり
2008/10/14
屁をひらせては並ぶ者のない女がいた。
その音色の妙なること
その香りの芳しきこと
まさに神技とまで称えられた。
全国から挑戦者が跡を絶たなかったが
放つ音の大きさはともかく
調べに趣のないこと甚だしく
香りにおいては比ぶるべくもない。
おなら姫の名で人々に愛でられたが
歌詠みとしても名高く
香るような名歌を数多く残している。
ぺぺぱぽぽ ぱぴぷ ぴぴぱぽ ぷぷぷぷぷ
ぺぽぽぽ ぺぽぽ ぶぴぺぺ ぱほへ
2008/10/14
ほら ここんとこをね
いいかい こうやって
えいって むいちゃうんだ
で こいつをつまんで
ほら みてごらん
どうだい すごいだろ
でも まだまだ
こんなもんじゃないよ
もっと すごいんだから
ううん だいじょうぶ
そんなことないから
しんぱいないって
なんというかな ええと
ちょっと ややこしいんだけど
つまり こつがあってね
ここを こうやって
それから ぐっと こうする
そう おもいっきりね
ほら ここだよ ここ
ここんとこがね
いちばん おいしいとこ
2008/10/13
僕たちは そういうふうにできている
君ときたら あんなだし
僕にしても こんなだし
僕たちは そうなるようになっている
2008/10/13
さりげなく空は晴れていた。
それらしい校舎の前にはグラウンドがあり、
運動着姿の少年少女たちがいる。
運動会であることを疑う理由はない。
「みんな呼んでる。早く行こう」
ひとりの少年が走り出した。
それを同級生たちが追いかけてゆく。
ひとりぼっちになっていた。
ひとり遅れてグラウンドの土を踏む。
グラウンドの両サイドには人垣があった。
こちら側は赤い帽子を全員かぶっている。
おそらく赤組という集団であろう。
向こう側の白っぽい人垣は白組に違いない。
赤組のすぐ近くの芝生に腰をおろす。
ブルマー姿の少女たちが立っている。
見覚えのある少女が話しかけてきた。
「いままでどこにいたの?」
そういえば、どこにいたのだろう。
「さあ、思い出せない」
少女は呆れて、少女らしい呆れ顔をする。
まわりの少女たちも寄ってきた。
「どうしたの?」
「こいつ、おかしいんだよ」
「あら、もともとじゃない」
「ひどい。それって」
少女たちは笑う。
みんなとてもかわいいな、と思う。
でも、一番好きな少女の姿はない。
あの子は白組にいるのかもしれない。
もっとも彼女は話しかけてくれない。
こちらからも話しかけたりしない。
黙って芝生に寝転ぶ。
空を見上げれば、白い雲が浮いている。
そのまま目を閉じる。
まぶたの裏側は、燃えてるみたいに赤い。
子どもたちの声援が、随分と遠くに聞こえる。
このままではいけないような気がする。
こんなに運動しない運動会なんて。
2008/10/13
僕は彼女が好きだったけど
彼女が僕に好意があるとは思えなかった。
彼女に告白する勇気のなかった僕は
僕が彼女を好きだという噂を流したんだ。
火のないところに煙は立たないというけど
煙が立ってから火がつくことだってある。
僕が彼女を好きだという噂を聞いて
彼女が僕を好きになるかもしれないのだ。
ところが、その噂がみんなにひろがった頃、
僕は彼女なんか好きでなくなっていた。
せっかく芽が出てきたというのに
その草に僕は水をやらなかったわけだ。
しっかり根も葉もある噂だったけど
花も実もつけることなく枯れてしまった。