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2011/09/20
深夜に帰宅すると
妻が一人になっていた。
「あなた、おかえりなさい」
三人の妻の声がひとつに重なって聞こえた。
その女は三人の妻の誰でもなかった。
だが、三人の妻の誰とも似ていた。
「誰だ、おまえは?」
「あなた、また酔ってるのね」
たしかに酒は飲んでいた。
家もぐるぐるまわっている。
「あいつらは、どこだ?」
「もう、いいから早く寝なさい」
知らないうちに寝かされてしまった。
翌朝、その妻の横で目が覚めた。
妻を挟んで、向こう側に男が寝ていた。
なんとなく納得してしまった。
たぶん、もう一人の夫に違いない。
2011/09/19
三角関数は、直角三角形の角の大きさで定まる関数。
三角関係は、三人による恋愛関係。
そして三角関係関数は、三角関係において
関係の深さ、愛情の強さで定まる関数を意味する。
一般化のため、性別は無視する。
三角関係ABCにおいて
∠Cを直角とするΔABCを考える。
ΔABCにおいて、3頂点の角度は愛情を表わし、
3辺の長さは関係距離を表わすものとする。
さて、ΔABCは、∠Cを直角(CはAともBとも恋愛関係)とし、
ABの長さ(関係距離)が1(完全な敵対関係)の直角三角形である。
三角形の内角の和が2直角であるため
∠Aと∠Bの内角の和は、∠Cの直角に等しい。
すると、∠Aの角度(AとCの愛情)により
∠Bの角度(BとCの愛情)が定まり、
ACおよびBCの長さ(AおよびBとのCの関係距離)が定まる。
逆もまた同様である。
もし、ACが接近すれば(関係が深くなれば)
∠A(AとCの愛情)が大きくなり、
逆に∠B(BとCの愛情)は小さくなる。
このため、BCは離れる(忘れられる)。
逆もまた同様である。
愛情が偏っては問題なので
∠Aと∠Bがほぼ等しいままACとBCの長さ(関係距離)を
0(理想としての一心同体)に近づけようとすれば
ABの長さである1(無関係または完全な敵対関係)が邪魔をして
せいぜい2の平方根の半分くらいまでしか近づけない。
それでも無理に双方への接近を続ければ
やがて想定される臨界点を超え、周辺の座標平面を巻き込み、
ΔABCは大崩壊してしまうであろう。
2011/09/18
あいつが立ち上がる。
いかにも帰りたそうな顔してる。
「待ってよ」
あわてて戸口を立ち塞ぐ。
「まだ帰らなくたっていいじゃない」
「いや。もう帰ってもいいはずだよ」
どうしてこんなに意見が合わないのかな。
みっともないほどあせってる、私。
「子どもの頃の写真、まだ見せてなかったよね」
「いや。見たよ」
こんなに記憶まで食い違うなんて。
もう服を脱ぐしかない、と思った。
下着が汚れてなければいいけど。
「ほら、ここんとこ。手術の跡がまだ残ってる」
「ほう。それは知らなかったね」
いけない。そうだった。
この傷は秘密にしてたんだ。
だけど、
なんて冷たい目をするんだろう。
もう終わりなんだ、と
さすがにわかってしまった。
糸の切れた操り人形みたいに
私は床に崩れる。
あいつ、
手を差し伸べてもくれない。
うしろで扉の開く音がする。
あいつの最後の言葉が聞こえる。
「さよなら。お幸せに」
2011/09/17
楽な商売は少ないだろうが、交換屋も楽じゃない。
交換できそうもないものを交換するのが仕事だ。
今日もまた、どんどん難しい注文が入ってくる。
「古女房を新しいのと換えてくれ」
「カモシカのような脚にしたいのだけれど」
「家の方角が悪いから、直してよ」
こんな注文は、まだいい方だ。
といあえず不可能ではないのだから。
とにかく非常識な注文が多すぎる。
「やばくて、指紋を取り換えないと。あっ、性別と人種も」
「うちのバカ息子の脳を、天才児の脳にしてちょうだい」
「こんな星、いいかげん住み飽きたからさ」
「宇宙の切れ目をつまんで、次元の表裏を交換しろ」
まったくもう、こっちこそ商売を交換したいよ。
2011/09/16
いかにも手強そうな相手だ。
目付きも体付きも只者じゃない。
まともなやり方では太刀打ちできまい。
先手必勝を狙うしかなさそうだ。
真上に跳び上がり、下半身を水平に保ち、
両脚を開いてから、鋏のように交差させる。
両脚の交差地点に相手の頭部があれば
鼻を境に額と顎とが左右にずれるはずだ。
いわゆる「空中蟹バサミ」である。
じつに恐ろしい必殺技である。
ただし問題は、頭部を挟めるかどうか。
躊躇したため、相手に先を越されてしまった。
不意に相手は、真上に跳び上がったのだ。
下半身を水平に保ち、両脚を開いた。
なんと、これは空中蟹バサミではないか。
あわてて俺は空中に浮かぶ相手の鼻をつかむ。
鼻を引っ張って、頭部を手前に持ってくる。
目の前で相手の両脚が交差した。
なんとも無残な光景であった。
必殺技の切れ味が鋭すぎたのだ。
鼻だけ残して相手の頭部は千切れていた。
やはり、空中蟹バサミは危険な技だ。
なにしろ、足が地に着いていないのだから。
2011/09/15
こめかみあたりに吹き出物ができた。
と思ったら、芽になって花が咲いた。
「でも、きれいな花で良かったわね」
花が咲いた朝の、妻の慰めの言葉だ。
髪の薄い中年オヤジの額に咲いた一輪の花。
(まるで慰めになってないぞ)
だが、花を摘むわけにはいかんのだ。
ひとつ花を摘めば、ふたつ芽が出る。
ふたつ芽を摘めば、四つ芽が出る。
四つ花を摘めば、八つ芽が出る。
八つ芽を摘めば、・・・・・・切りがない。
それが、この寄生花の怖いところ。
菊人形みたいになった奴を知っている。
まるで、歩く花壇だった。
股間にまで花が咲いていた。
美しいものであったが、苦しそうだった。
髪飾りの花、と諦めるしかなさそうだ。
額に咲いた花の香りに誘われ、
やがて蝶や蜂が集まってきた。
こいつらを追い払ってはいけない。
うまく受粉してもらえたら、しめたもの。
やがて、花は枯れ、実がなるのだ。
この実を食べれば、もう花は咲かない。
ただし、実の中には
小さな種がたくさん入っている。
種まで飲み込むと、大変なことになる。
飲み込んだ種の数だけ、花が咲くのだ。
ところで、寄生花の実は
とてもおいしいのだそうだ。
そのあまりの旨さに
理性を失ってしまうほどに。
2011/09/14
帰国して帰宅したら
家はクモの巣だらけだった。
玄関ドアの鍵穴を見つけるのに苦労した。
鍵穴から鍵を抜くと、クモの子が散った。
真昼なのに、家の中は暗かった。
天井から床までクモの巣に覆われていた。
留守中になにが起こったのだろう。
「どなた?」
声がして、奥の居間から女が現れた。
「あら。あなた、誰?」
美人だが、見知らぬ女だった。
「この家の持ち主だ。おまえこそ、誰だ?」
よく見ると、女はほとんど裸だった。
銀色のクモの巣を身にまとっているだけ。
「嬉しいわ。あたし、あなたを待っていたの」
じつに妖しく、そして魅力的な瞳だった。
「だって、こんなに落ち着く家は珍しいもの」
背伸びする女の腕と脚は異様に長く見えた。
「あなたとなら、一緒に暮らせそうな気がする」
その長い腕を絡ませ、女が抱きついてきた。
「ふざけるな。出てゆけ!」
声はかすれていたが、なんとか怒鳴ってやった。
女は不思議そうな顔をするのだった。
「あら、それは残念ね」
女を突き放そうとしたが、体が動かなかった。
いつの間にか、すっかりクモの糸に縛られている。
「本当に残念だわ」
女は見せつけるように舌を出して唇を舐めた。
じつに怪しく、
そして怖いほどに魅力的な唇だった。
2011/09/13
女たちが 恋占いをする
女たちが クスクス笑う
女たちが 爪を伸ばす
女たちが 唇を舐める
女たちが 嘘泣きをする
女たちが 知らんぷりする
女たちが 髪をかきあげる
女たちが けだるく頬杖をつく
女たちが 入念に化粧する
女たちが キョトンとする
女たちが 目を閉じる
女たちが 謎をかける
2011/09/12
ある山の麓に森があって、
滅多にないことだが
お山の方角から風が吹くと、
美しい笛の音が聞こえる。
それゆえ村の者は、その森を
「笛吹きの森」と呼ぶ。
笛の音が聞こえたからといって、
べつになにか恐ろしいことや
めでたいことが起こるわけでもないが、
そのままなにもしないというのも
なんとなく申し訳ないような気がして、
村の者は、皆きょろきょろして、
棒を見つければ
それで石ころを叩き、
箸を持っていれば
それで茶碗を叩き、
それぞれ適当に
笛の音に合わせて拍子をとる。
まったくもって
人が好いというか、なんというか。
2011/09/09
ナースの肩に触れただけ。
振り向いた唇を奪っただけ。
「こら、なにやっとるか!」
怒鳴りながら駆け寄るポリス。
警棒が頭蓋骨にめり込む。
まだ樹木だった頃の警棒の記憶。
唇と唇の継ぎ目が消えた。
「それ以上くっつくと撃つぞ!」
ポリスの銃口が鼓膜で塞がれる。
まだ溶岩だった頃の拳銃の記憶。
やがて額と額が重なり合う。
まだ少女だった頃の彼女の記憶。
そして、轟音とともに記憶が弾けた。