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2012/06/18
ゆっくり壊れる
夜もすがら
なんの恨みもあるまいに
ゆるゆるゆると
ゆるゆると
あやしく乱れる
夜もすがら
なんら手柄になるまいに
あやあやあやと
あやあやと
2012/06/17
よくよく考えてみれば
今、見えるものより
今、見えないものの方が
今、聞こえる声より
今、聞こえない声の方が
はるかに多いはずである。
とすれば、われわれは
今、見えるものより
今、見えないものについて
今、聞こえる声より
今、聞こえない声について
より多く考えるべきであろう。
もし今、余裕があるなら。
2012/06/16
どうして僕たちは
こんな荒野にいるのだろう。
にぎやかなのに
淋しくて
楽しそうでも
つまんない。
なんでもあるのに
なんにもなくて
なにをしたって
なんにもならない。
明るいはずが
真っ暗闇で
手探りしなきゃ
歩けない。
正しいことが集まって
まちがったことになっている。
良いことが寄り添って
最悪なことになっている。
どうして僕たち
こんなふうになってしまったの?
どうして
どうして
どうして
木霊は返ってくるけど
尋ね返されるだけ。
いくら待っても
求める答えは返ってこない。
2012/06/15
地獄は恐ろしいところである。
悪人は死ぬと亡者となり
地獄に落ちて鬼に責められる。
殴られ蹴られ折られ潰され
刺され切られ裂かれ破られ
ねじられ抜かれ曲げられ伸ばされて
冷やされては凍らされ
煮られ蒸され焼かれ炒められて
とんでもないものを飲まされたり
とんでもないものを喰わされたり
逆にとんでもないものに飲まれ喰われては
水中に沈められ
地中に埋められ
火中や溶岩に放り込まれ
恐ろしい病気に感染させられたり
悪化するまま痛むまま
腐るままに放っておかれ
辱められ軽蔑され非難され罵倒され
騙され裏切られ
意志や信念を捻じ曲げられ
背負い切れない責任を背負わされ
返済できない負債が雪だるま式に増え続け
寝る暇も与えられず休みなく働かされては
それまでの苦労が水の泡となり
したくないことをさせられたり
できるはずのないことをさせられたり
反対にまるっきりなにもさせてもらえなかったり
それら情け容赦ない責め苦の数々が
終わりなき永劫の如く続けられる。
どこにも逃げられない。
絶望のあまり死にたくなるが
あいにく、すでに亡者は死んでいる。
どこにも救いはない。
このようなところが地獄である。
2012/06/14
アフリカのサバンナを渡る風のように
アフリカのサバンナを駆けるキリン。
ライオンに追われてるわけじゃない。
ただ駆けたいから駆けるだけ。
背が高い上に首が長いから
草原の遥か遠く彼方まで見渡せる。
こんなふうに爽快に駆けられるのは
キリンとして生まれた幸せ。
アフリカのサバンナを吹き抜ける風のように
アフリカのサバンナを駆け抜けるキリン。
おっと、駆け抜けてはいけないね。
アフリカのサバンナの中で駆けるだけ。
2012/06/13
ポンプの唸る音が念仏のように聞こえる。
天井を這う曲がりくねったプラスチック管。
青と赤の電気コードは静脈と動脈を連想させる。
ここは秘密の実験室。
連日連夜、怪しげな研究が続けられている。
「わたくし、もういやです。
これ以上、とても続けられません」
助手であろう若い女の声は震えている。
ピストル型ガラス瓶に金属管が突き刺さり、
ポタポタと白く濁った液体が垂れ、
垂れ、垂れ、垂れ・・・・・・
「手遅れだ。今更やめるわけにはいかない」
博士であろう初老の男の声も震えている。
「ですが、先生・・・・・・」
「あれを見るのだ」
青白い火花が怪物の影を壁に映し出す。
ガラス瓶の底に亀裂が走る。
不可解な曲線を描き続けるオシロスコープ。
「投与をやめたら、一晩に一つ、瘤が増えるだけだ」
稲妻が走り、ほぼ同時に雷鳴が轟く。
助手の女は両手で耳を塞ぎ、床に崩れる。
「いや! いや! いや!」
鬼の角に似た二本の試験管の中で
ポコポコポコと
気泡が割れ続けている。
2012/06/12
奇妙な難破船だった。
その形状はともかく、
置かれた位置が不可解だった。
海底に沈んでいたわけではない。
海から遠く、大陸の奥深く、
砂漠のド真ん中で座礁していたのだ。
ただし、それを座礁と呼べるとするならば
ではあるが。
「こりゃ、かなり古いな」
調査団の団長が呟く。
「中世の大型帆船みたいですね」
と、若い調査員。
「まったく、信じられん話だ」
「あの旗は?」
「ああ。マンガとしか思えん」
黒地に頭蓋骨および交差した二本の大腿骨。
あまりに典型的な海賊旗である。
舷側には砲門まである。
海賊船と認めるしかあるまい。
「しかし、なんでまた・・・・・・」
団長は途方に暮れる。
「昔、ここが海底だったとか」
「・・・・・・十億年ほど前なら、あるいはな」
砂漠のド真ん中に難破船があるばかり。
「誰か、俺たちの反応を見物して
どこかで笑ってる奴がいそうだな」
団長は、疑わしそうに辺りを見まわすのだった。
2012/06/11
忍者の戦いは静かである。
物音を立ててはならぬ。
沈黙を旨とする。
「忍法、火遁の術!」
「十字手裏剣、乱れ撃ち!」
などと派手に叫び
これから己が何をするつもりなのか
わざわざ敵に教えてやったりする事はない。
気配を消し
巧妙に罠を張り
石の如く黙して待つ。
闇に紛れ
草木に隠れ
素性知られることなく
ひっそりと世に忍ぶが任務。
死して名を残す者なし。
それゆえ
その本分を全うした忍者の仕事は
ひとつとして今に伝わってはいない。
まことに残念ではあるけれど。
2012/06/10
そのピアノの鍵盤は氷なのだった。
とても冷たいのだった。
ピアニストの指先から熱を奪い、
心凍らせる音色、響かせる。
蓋を開いて覗いてみると、
銀色の弦が液体窒素に浸されていた。
道理で、寒々しいどころか
冷え冷えとしているわけだ。
ピアノ・コンチェルト「氷河期」序曲。
凍えるように演奏が始まった。
遥かなる氷原の上、
聴いているのかいないのか
皇帝ペンギンが一羽だけ、
じっと黙ったまま
直立している。
2012/06/09
暑い。
喉が渇く。
もう歩き疲れた。
苦しいばかりである。
どうして俺は旅を続けるのか。
時々、自分でも分からなくなる。
それにしても・・・・・・
ここは、まったく妙な町だ。
町中、至るところに自動販売機、
いわゆる自販機が置いてある。
ポケットの中にいくらかコインがあった。
それで、この町に入ってからずっと
俺は飲み物の自販機を探し続けている。
ジュースでもコーヒーでもビールでも
飲めるならなんでも構わない。
しかし、なぜだろう。
ひとつも見つからないのだ。
ペット専用下着の自販機。
義足および義手の自販機。
捕虫網の自販機。
スコップの自販機。
葬儀用遺影の自販機。
ブロック塀の自販機。
変態判定薬の自販機。
腐女子向け防腐剤の自販機。
おかしな自販機ばかりだ。
自販機の自販機まである。
とんでもなく大きい。
興味ないこともないものもあるのだが、
なにせ高額なので手が出ない。
というか、それどころではない。
喉が渇いてかわいてかわいて
今にも死にそうなのだ。
もう歩けない。
俺は、倒れるように地面に寝転んだ。
静かだ。
誰もいない。
通行人もクルマも通らない。
町なのに建物さえない。
自販機しかない町。
自販機のうなる音しか聞こえない町。
寝転んだ場所のすぐ近くに
背の低い横長の自販機が置いてあった。
俺は苦笑する。
それは、ミイラの自販機なのだった。