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2009/01/08
美しい顔を歪め、派出所に女が駆け込む。
「た、助けてください」
真夜中の派出所には、若い警官がひとり。
「どうなされました?」
「お、追われているんです」
歩道に出て、警官はあたりを見まわす。
「誰に?」
人気のない寂しい通り。
「鏡に、追われているんです」
「ははあ、鏡ですか」
「そうです。鏡です」
ため息をつき、警官は胸のボタンをはずす。
「その鏡というのは」
たくましい胸に埋められたもの。
「こんな鏡ですか?」
警官の胸に映る、女の歪んだ顔。
2009/01/07
とりあえず拾ってきちゃった。
「ほら、なんか喋ってごらん」
「おねえさん、きれいだね」
へえ、よくしつけられてるじゃない。
「おまえ、捨てられたの? 飼い主は?」
「・・・・死んじゃった」
いいねいいね。泣かせるね。
「おまえ、おなかすいてる?」
「うん」
「これ、食べる?」
「いらない」
「どうして?」
「だって、へんなにおいがするんだもん」
もちろん、すぐに捨てたわよ。
2009/01/06
どこにも敵はいないのだった。
のどかな小さな村があるばかり。
そよ風とうららかな日差しがふさわしかった。
それでも、なぜか軍隊があるのだった。
百人の兵士と十台の戦車を有する
なかなかたいした軍隊であった。
ところが、敵がいないのだった。
どうにも格好がつかないのだった。
「敵を探せ!」
隊長の命令は絶対だった。
百人の兵士たちは必死に敵を探した。
「納屋の奥にムカデが一匹いました」
「やっつけろ!」
さっそく十台の戦車が出動した。
ムカデはともかく、納屋は完全につぶれた。
「ムカデの基地を壊滅しました」
「ご苦労であった」
村人たちは迷惑でしかたないのだった。
敵は、むしろ軍隊なのだった。
2009/01/05
彼女、死んだ真似がとてもうまい。
白目むいて、公園で倒れていたりする。
わざと服装を乱して、下着とか見せて。
または、街路樹の枝で首を吊るとか。
遺書まで用意して、足下に置いたりする。
真に迫っていて、誰でも騙されてしまう。
慌てる人々の反応をこっそり楽しむのだ。
それが彼女の趣味。迷惑この上ない。
町内では知らない人がいないほど有名。
まだ若いけど、彼女は主婦をやってる。
さすがに彼女の家族はもう慣れっこだ。
最近、家で死んだ真似をしなくなった。
「あっ、ママがまた死んでる」
反応が冷たいからだ。
死に甲斐がない。
本当に死んでやろうか、と思ったりする。
だけど、それだけはできないな、と思う。
「あっ、失敗して本当に死んじゃった」
そして、死ぬほど笑われるのだ。
2009/01/04
霊柩車が黒猫を轢くと
車中の仏が生き返る。
水中に潜って呼吸を止めていると
あまり長生きできない。
貧乏人に情けをかけると
借金を申し込まれる。
朝、クモを見て殺さないと
夜、クモの巣が張られている。
同一人物が出会ったら
先に目をそらした方が消える。
ひどいことをした仕返しに殺されそうになったら
そこで殺せば正当防衛が成立する。
右頬を叩かれたら
左頬も叩かれないと顔がゆがむ。
もの凄い勢いで男女が正面衝突すると
互いの意識が入れ替わる。
生前に親の首を絞めると
親の死に目に会える。
夢から目覚める夢を見ると
永遠に夢から目覚める夢を見続ける。
2009/01/04
特殊光学ガラスが開発されました。
光の透過速度が極端に遅い特殊ガラスです。
入った光がなかなか出てこないのです。
これは画期的な発明です。
ガラスの前に立ち、急いで裏側にまわると
誰もいないはずの向こう側に人の姿が見えます。
こちら側にまわり込む前にいた自分の姿です。
よりガラスが厚ければ
向こう側に立つ場面から見ることも可能でしょう。
鏡に加工すれば、一枚でも時間差で
自分の後頭部を見ることができます。
両目を閉じた自分の顔も見ることができます。
原理からすると、将来的には
より透過速度の遅いものが作られるそうです。
光の透過に半日かかる窓ガラスが開発できれば
家の中から見える外の景色が昼夜逆転します。
想像するだけでも楽しいですね。
さらに開発は進められており、
より広範な応用が期待されています。
過ぎ去った歴史的場面を
窓ガラス越しに見ることも
あながち夢ではないかもしれません。
2009/01/03
水着に着替えてからドアを開けると
海水が家の奥まで押し寄せてきた。
「わあ、冷たい!」
まるで入り江になったみたいだ。
でも、家の中で泳ぐ気はしない。
膝くらいの深さしかないし、
泥に濁った海水だから、なおさらだ。
玄関を出ると
庭は海面の下に沈んでいた。
チュ−リップの花が溺れかけてるけど
あれは造花だから別に気の毒じゃない。
たくさんの船の横顔が垣根越しに見える。
道路が狭くてすれすれを通るから
見上げるくらい大きくて迫力がある。
オートバイに乗った友だちが手を振る。
「おはよう。元気かい」
「やあ、すてきなバイクだね」
水陸両用の最新型だ。
「折りたたみ式テントが内蔵されているんだよ」
「それはすごいね」
なんとなく感心したけど、
でも、どこにテントを張るつもりなんだろう。
「さあ、急ごう」
とりあえず、変な位置の補助席に乗り込む。
「みんな、待ってるかな」
「もちろん、みんな待ってるとも」
手馴れた仕草でビーチパラソルを開く。
真夏の日差しと風を受け、
最新式の乗り物が海へと動き始めた。
もっとも近頃、どこもかしこも海なんだけど。
2009/01/03
大きな家に、かわいらしい坊やがいた。
ある日、ひとり土蔵で遊んでいたら
鬼の面を見つけた。
鬼の面があるという話は聞いていた。
家宝として秘蔵されている、と。
これをかぶると人の心が読める、と。
さっそく鬼の面をかぶるや、坊やは
そのまま家を出て、近所を歩きまわった。
人の心がおもしろいように読める。
鬼の面に驚く人などいなかった。
かぶっていても誰も気づかないのだ。
坊やの心に大人の心が入ってきた。
家に帰っても面をはずさなかった。
おもしろくてはずせなかったのだ。
そして、坊やは知ってしまった。
坊やが知ってはいけなかったことを。
坊やの顔を見て、母親が悲鳴をあげた。
驚いて、坊やは走って逃げた。
鬼の面をはずすと、鏡の前に立った。
夕陽が坊やの顔を赤く照らす。
坊やの顔は鬼になっていた。
2009/01/02
僕がのぼっているのは
おそろしく急な斜面。
途中、
斜面に寝転ぶ人の姿が目につく。
器用なものだ
と感心する。
寝ぼけて転がり落ちるのでは
と心配もする。
やがて
これより上がない場所に着く。
この辺りがきっと
斜面の頂上なのだろう。
それでは
これより斜面をくだることにする。
かなり危険だが
それがまた楽しみだ。
野生の叫び声をあげながら
左へ右へと大きくジャンプして
走ったり、蹴ったり、
滑ったり、転がったり、
岩が落ちるように元気におりて行く。
斜面の途中に寝転ぶ人たちには
まことに申しわけないと思うけれども
ひとりふたり、
もしかしたら三人くらいは
突き飛ばしてしまうかもしれない。
2009/01/01
散歩していると、美しい風景に出会う。
たとえば、橋の上から眺める夕焼け。
おもむろに鞄からハサミを取り出し、
折らなくても鞄に入るサイズで
その美しい場面を急いで切り抜く。
瞬時に切り抜かなければならず、
どうしても切り跡が雑になりやすい。
だから帰宅したら、仕上げが必要。
定規とカッターで長方形にカットする。
それから、分類してファイリング。
もうかなりファイルが溜まった。
だから、うるさくてかなわない。
本日の収穫は、下校途中の女学生。
ただし、スカートを少し切ってしまった。
「ひどい! どうして!?」
切り抜かれた少女が怒ってる。
「ごめん、ごめん」
謝りながら、僕はつい笑ってしまう。
「だって、急に風が吹いたんだもん」