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2012/01/11
私は囚人。
今、独房の中にいる。
昔から囚人で、これからも囚人だろう。
どんな罪を犯したのか
もう忘れてしまった。
独房は殺風景な部屋。
寝台があり、
便器があるばかり。
唯一の扉には監視窓と受け渡し口がある。
定期的に監視され、
飲食物を手渡される。
扉の向かい側の壁には
鉄格子の嵌った小さな窓がある。
そこから切り分けられた小さな空が見える。
あの空を飛ぶことはもうできそうもない。
けれども、目を閉じて見える空なら
飛ぶことができる。
飛行機を操縦するか、鳥になればいい。
どんなに高く飛んでも平気だ。
滑空も急旋回も自由自在。
たとえ旅客機に乗って空を飛んでいても
座席で眠っていたら
飛んでないのと同じ。
たとえ独房に囚われ、
寝台の上で目を閉じていても
鳥になって空を飛ぶ気分になれたら
飛んでるのと同じ。
ああ。
そうなのだけれど・・・・・・
あまりにも遠く、
遥かなる空。
2012/01/10
春になって気候も暖かくなった。
すると、冬眠から覚めたばかりの蛇が
彼女の腹からウジャウジャ這い出てきた。
「うわーっ! 凄いね、これ。何匹いるの?」
そんな無邪気な質問に答える余裕などない。
爬虫類ぎらいの俺は
テーブルの上にあわてて避難した。
「おい。なんとかしてくれよ」
「んなこと言ったって、出てきちゃうんだもん」
ところが、冬眠明けは蛇だけではなかった。
彼女の腹のどこに潜んでいたのだろう?
クマまで出てきた。
クマは寝ぼけて
俺ごとテーブルを引っくり返した。
朝食の皿やカップやスプーンと一緒に
俺の体は蛇だらけの床にぶちまけられてしまった。
その打撲の痛みを感じている余裕はない。
さらに彼女の腹から
もっと大きなものが出ようとしているのが見えた。
まだ出てくる途中ではあるが
想像するに
あれはきっと
恐竜の足ではないかと思う。
2012/01/09
ぼんやり夜空を見上げていたら
天の川が流れていることに気づいた。
本物の川の水のように
星が天の川を流れているのが見えるのだ。
「大変! 銀河系が狂っちゃった」
天の川は銀河系内の星の集団。
北斗七星やオリオン座など
銀河系外の星は所定の位置から動いていない。
ということは、銀河系だけ勝手に動いてることになる。
しかも、物理学的に非常識なスピードで。
「・・・・信じられない」
とんでもないことが宇宙で起こっている。
寒さのせいもあるが、体が震えてきた。
「あっ!」
天の川が決壊した。
天空から降り注ぐ
光り輝く滝のような流れ星。
2012/01/08
お使いの帰りに寄り道して
すっかり遅くなってしまった。
母さんから頼まれたお使いは
隣の村の本家の家まで行って
約束のものを預かって戻ること。
その約束のものは風呂敷に包まれてるから
決して中を覗いてはいけないよ、とのこと。
そんなこと言われたら絶対に
中を覗かないと気が済まなくなることくらい
どうして大人はわかんないのかな。
あたいは村の境の橋の上で風呂敷包みを開け、
その中身を見てしまった。
それで死ぬほど驚いて橋から転げ落ちて
そのまま川に流されて
ちょっとばかり気を失ったけど、
すぐに目がさめて土手に這い上がった。
けれども、風呂敷の中身は川に流されてしまって
ああ、あんなものは流された方がいいんだ。
誰も見てはなんねえもんだ、と思って
あたいはその辺の畑のナスとかキュウリとか千切って
濡れた風呂敷に包んで誤魔化すことにしたんだ。
だけど、こんなに帰りの時刻が遅くなって
両手で持ってる風呂敷包みも重たくって
あたい、なんだかもう家に帰りたくない。
2012/01/07
お昼寝をしていたら
あたりが真っ青になって
お部屋の窓を開けたら
おうちが空を飛んでいたので
あたしはびっくりして
よろめいたり転がったりしなから
なんとか玄関まで歩いて
とびらを開いてみたら
庭に変なおじさんがいて
変なダンスをおどっていたので
あたしはこわくなって
いそいでお部屋にもどって
どうしようもないので
お昼寝の続きをしました。
おしまい。
2012/01/06
クラリオン星の友人が地球にやって来た。
「やあ。久しぶり」
「会いたかったよ。元気そうだね」
クラリオン星は五次元世界の惑星なのだそうだ。
太陽を挟んで地球と点対称の独立した軌道をとっている。
太陽が邪魔して、地球から見ることはできない。
クラリオン星人の外見は、ほとんど地球人と変わらない。
ただ、地球人よりほんのちょっと進化しているらしい。
偉そうな学者たちがそう言うのだから
とりあえず信じてあげてもいいかな、と僕は思っている。
「最近、そっちで流行ってるゲームはなんだい?」
「そうだね、地球侵略モノかな」
「流行ってる食べ物は?」
「地球人の踊り喰い」
「ははは。冗談きついな」
「まあね。ほんのクラリオン・ジョークさ」
彼・・・・と言っても、半霊半物質体で両性具有なんだけど
その彼を観光案内したり、一緒に食事したり寝たりして
僕はできるだけもてなしてやった。
彼がクラリオン星に帰る日が来た。
「また、いつでもおいでよね」
「ありがとう。楽しかったよ」
僕は彼に手を振った。
彼は僕に足を振った。
僕たちは笑った。
なに、ほんのちょっとしたクラリオン・ジョークさ。
2012/01/05
「ごめんください」
「へい。いらっしゃい」
「歯の治療を受けたいのですが」
「こちら、カウンター席にどうぞ」
「あの、もしかして、ここ、寿司屋ですか?」
「まさか。ご冗談を」
「歯医者さんですよね」
「見てわかりませんか?」
「ええ。ちょっと、あんまり」
「とりあえず、なにから握りますか?」
「やっぱり寿司屋さん?」
「いやだな、お客さん。違いますって」
「あっ。どこ握ってるんですか」
「失礼しました。つい癖で」
「歯を見てくださいよ」
「では、アーンして」
「アーン」
「なるほど。これが歯ですか」
「あれふ」
「まさしく歯ですね」
「あにふるんれふあ?」
「なにするって、歯の治療ですよ」
「あんれふあ? ほれあ」
「なんですって、刺身包丁ですけど」
「あああああ」
「活きがいいですね」
「うぐ、うげ、うご」
「はい。お口直しをしてください」
「がらがらがら、ペッ!」
「お客さん。うがいをしてはいけませんね」
「これ、お茶ですけど」
「醤油にしましょうか?」
「いやいや。そういう問題ではなくて」
「お勘定にしますか?」
「そうですね。ぜひ、そうしてください」
「ワサビは付けますか?」
「いりません」
「暖簾に腕押しですね」
「意味わかんないんですけど」
「毎度ありがとうございました」
2012/01/04
普段おとなしい人が怒ると怖い、という。
怒り慣れてないくせに
我慢の限界を超えて無理に怒るものだから
つい羽目をはずしてしまうのだろう。
うちのお父さんが怒った時は
ひとりで黙って家を出て
かなり遠くにある川原まで行って
大きな石ころをいくつも拾ってきて
それを転がしも放り投げもせず
私の部屋の床にそっと並べるように置いて
裏返った声の変なアクセントで私に言ったのだ。
「おまえ、いい加減にしろよ」
うん。確かに怖いものはあった。
2012/01/03
おしまいだった。
突然、なんの前触れもなく
終わってしまった。
「なんだなんだ?」
「いったい、どうなってんの?」
皆の混乱と動揺が伝わってくる。
それはそうであろう。
無理もない。
「この先は?」
「続きがあるはずだ」
ところが、先もなければ続きもないのだった。
完璧におしまいだった。
「冗談じゃない!」
「ふざけるな!」
いくら罵声を浴びようとも
ないものは仕方ない。
「しかし・・・・・・」
「あっ、待っ・・・・・・」
ついに、声まで途切れてしまった。
そういうふうにして世界は
2012/01/02
ひとりでは怖いけど
ふたりなら、そんなに怖くない。
僕たちは互いに手と手をつなぎ、
一緒に森の奥へ奥へと分け入ったのだ。
昼なお暗き魔物の棲み家。
夜こそ深き謎の迷宮。
数々の冒険の末、
僕たちは伝説の光る石を見つけた。
でも、その石はひとつだけ。
それを与えられるのも、ひとりだけ。
光る石はふたつに割れない。
でも僕たちは、もともとふたつ。
いつまでもひとつのままではいられない。
僕たちは目と目を合わせ、
つないだ手と手を離した。
すると僕たちは僕と君とになり、
ふたりはもう敵同士。
剣が舞い、楯が鳴る。
息が切れ、血が流れ、
憎しみ生まれ、愛が消える。
そうして僕は
君を永遠に失ったのだ。
墓は建てぬ。
涙もいらぬ。
光る石は手に入れた。
さあ、呪われた森を出よう。
君がいなくて
ひとりぼっちで怖いけど。