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2009/01/15
電車に揺られながら読書していた。
近所の図書館から借りた本。
かつて題名が話題になった小説。
権威ある文学賞も受けている。
夢中になって読んでいたと思う。
その本の見開きに虫がとまった。
蝿でも蚊でもない変な虫だった。
ページの上を六本脚で這う。
地へ下りたり、天へ上ったり。
喉に寄ったり、小口へ迫ったり。
それを見ているとおもしろい。
小さいのによくできている。
主人公の恋人の名を平気で踏む。
ときどき立ち止まったりもする。
この虫も迷っているらしい。
どこかの駅に到着して扉が開く。
扉に近づき、虫に息を吹きかける。
本の端にしがみついて離れない。
三度目でやっと虫は本から消えた。
扉が閉まり、窓の景色が流れた。
キミノ棲ム世界ハソッチダヨ
2009/01/14
腹を空かせた家出少年が
路地裏で見つけたのだ。
空中に浮かぶ穴など
少年は知らなかった。
(食べ物があるかもしれない)
少年はやせた片腕をのばした。
穴の中にはなにもなく
空っぽだった。
腕を引くと
手首から先がなくなっていた。
断面には痛みも出血も
傷跡もなかった。
もともとなかったみたいな感じだった。
少年はわけがわからなかった。
外に置き去りにされたような気が
するばかりだった。
2009/01/13
毎日、少しずつ、床下に穴を掘ったものだ。
それは監獄から脱出するための穴。
よく掘ったものだと、われながら感心する。
苦労の末、ようやく脱獄できたわけだ。
けれど、外に出たら、もう穴を掘る気はしない。
当然だ。
なぜなら、穴を掘る意味がない。
いくら褒めてくれても、できないのはできない。
あの監獄に再び戻るつもりもない。
そんなの不自然だし、インチキだ。
帰ってくれ。
墓穴を掘るつもりはない。
2009/01/12
真夜中に電話の音で起こされた。
暗かった。
寝ぼけていた。
ありもしない目覚まし時計を探した。
なにやらガラスが割れた。
手を切ってしまったらしい。
ぬるりとしたものを手のひらに感じた。
起き上がってみた。
なにかに頭をぶつけた。
ひどく痛かった。
地団駄を踏んだ。
ここはどこだ。
思い出せない。
照明スイッチの場所がわからない。
とりあえず手探りで進むしかない。
ところが、壁に突き指をした。
涙が出た。
泣き始めたら、足を踏み外した。
階段から転げ落ちた。
死んだか、と思った。
どこかの骨が折れたに違いない。
まだ電話は鳴っている。
めまいがする。
真っ暗な廊下を這って進んだ。
ゾウガメになった気分。
なにをしているのだ。
わからない。
ようやく受話器に辿り着いた。
嬉しかった。
苦労して受話器を取った。
「真夜中になにしとる? さっさと寝ろ!」
怒鳴られた。
そのまま電話は切れた。
もう眠ることはできなかった。
2009/01/12
深夜、友人にクルマで送ってもらい
別れてから、駅へ向かって歩き出した。
交差点があり、信号機は青かった。
長い横断歩道を渡り終える直前
青いランプが点滅を始めた。
(ちょうどピッタリ。運がいいな)
ここの交差点は待つと長いのだ。
そのまま駅へ行こうとして、気がついた。
(そうだ。駅へ行くことはなかったんだ)
このまま家まで歩いて帰ればいいのだ。
なにしろ家はすぐそこなのだから。
(なにをやってるんだ)
われながら呆れてしまった。
また交差点を渡らなければならない。
やはり信号機は赤になっていた。
(ちっとも運が良くないじゃないか)
ため息が出てしまった。
赤から青に変わったばかりだから
かなり待たなければならない。
信号機の指示なんか無視したい。
けれども、クルマの流れが途切れず
なかなか向こう側へ渡るチャンスがない。
ヘッドライトがテールライトになり
あわただしく左へ右へ行きすぎてゆく。
(そうだ。あそこに寄ろうかな)
帰り道の途中に、おいしい食堂があるのだ。
けれど、なぜか空腹を感じない。
(昼飯を食べすぎたからかな)
しかし、なにを食べたか思い出せない。
(こんな遅い時間じゃ営業してないか)
手首にはめていたはずの腕時計がない。
(今、何時なんだろう?)
まだ信号機の指示は変わらない。
落ち着かない不安な色、赤いランプのまま。
(このまま変わらなかったりして)
深夜だから、冗談ではなく心配になる。
空を見上げる。まったくなにも見えない。
(最近、こんな夜が多いな)
いつまでもいつまでも、赤いランプのまま。
2009/01/12
昔、あるところに、爺と婆がいた。
爺は山で柴を刈っていた。
「さて、そろそろ昼飯にしようか」
爺が湧き水で手を洗うと、たくさん泡が出てきた。
そして、爺の手はとてもきれいになった。
妙なこともあるものだ、と爺は思った。
この湧き水は谷に流れ、川になっている。
婆は川で洗濯をしていた。
そこへ川上から泡が流れてきた。
その泡で洗うと着物がきれいになった。
妙なこともあるものだ、と婆は思った。
夕方、家に帰った爺の背中を婆が洗った。
すると、爺の背中からたくさん泡が出てきた。
そして泡から産声がして、赤ん坊があらわれた。
ふたりは驚いた。
「これはまた、妙なことがあるものだ」
でも、ふたりとも子どもが欲しかったので大喜び。
女の子だったので、泡姫と名づけた。
やがて、泡姫は美しい少女に育った。
美しいだけでなく、とても清潔好きだった。
泡姫が爺と婆の背中を洗うと、たくさんの泡が出た。
きれいになるだけでなく、気持ちよかった。
そのせいか爺も婆も若返ったように見えた。
これが村の評判となり、隣村でも噂された。
泡姫に洗ってもらおうと、若者が詰めかけた。
やさしい泡姫は、皆の背中を洗ってやった。
爺と婆は、お礼に野菜や米をもらった。
さらに、噂は若い殿様の知るところとなった。
城に招かれ、泡姫は殿様の背中を洗った。
泡に包まれ、殿様は大いなる幸せを感じた。
と、殿様の背中から赤ん坊があらわれた。
殿様に顔がそっくりな男の子だった。
「あっぱれ。でかしたぞ」
殿様は喜び、そのまま泡姫を正室とした。
赤ん坊は泡太郎と命名され、やがて世継ぎとなった。
まさに泡のような昔々の話である。
めでたし、めでたし。
2009/01/11
犬のたまごを買ってきた。
一晩抱いて暖めたら、生まれた。
かわいらしい小犬だった。
水を飲ませたら、大きくなった。
顔をベロベロなめられた。
朝から晩まで一緒に遊んだ。
なのに翌朝、犬は死んでいた。
床は水びたしだった。
説明書どおり。悲しかった。
誰か、なぐさめてくれないかな。
たまご屋へ、また行かなくちゃ。
なにを買うか、もう決まってる。
そう、おねえさんのたまご。
2009/01/11
緑豊かな森の風景を想い描く。
森閑とした空気。
揺れる木漏れ日。
蛇のような細い道はけもの道。
ひとりで私が森の中を歩いている。
それだけ。
なんということもない。
あるいは幼い頃の記憶かもしれない。
ところで、
誰かが幼い私を見ている。
そんな記憶はまるでないが、
幼い私を見る者が仮にいたとする。
そいつは木立に隠れて見つめている。
身動きせず、
じっと黙って覗いている。
その視線に幼い私は気づきもしない。
繰り返すが、
そんな記憶は全然ない。
しかし、
それにしてもである。
そいつはいったい何者なのだろう。
2009/01/10
さあ、過去に戻ったよ。
そろそろ着くからね。
もうかなり移動したよ。
意外だったかな。
ほら、どんどん過去に移動しているね。
驚いたかい?
でも、すでに移動しているんだよ。
信じられないのかい。
本当さ。嘘じゃない。
誰でも自由に時間を移動することができる。
大丈夫だよ。
君も一緒に移動するんだ。
さあ、過去へ時間を移動してみよう。
ここから上へ上へと、さかのぼってごらん。
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2009/01/09
さびしい辺境の惑星にひとり暮らし。
夜空に撒き散らされた星くず模様が
まるで部屋の壁紙のように見えるのは
孤独のために感覚が歪んでいるからだ。
にぎやかな鳥のさえずりさえ聞こえる。
きっと幻聴だろう。
この星に生き物はいないのだから。
突然、玄関のチャイムが鳴る。
勿論、ドアを開けたりはしない。
「はい、なんでしょう?」
「星くず新聞ですが」
「新聞はとりません」
「今なら、ビール券を差し上げてますが」
「新聞は読まないと決めているので」
「そうですか。失礼しました」
やれやれ。
あっさり引き下がってくれた。
いつもこれくらいなら
深刻に悩む必要もなくて、助かる。
みだりにドアを開けてしまって
もし新聞の勧誘員の姿が見えたりしたら
きっと断るのが大変だったはずだ。