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2012/01/21
一個のタイヤだけで一軒の家くらいもあるような
大きな大きな大型トラックには、夢がありました。
(ああ。小さなオートバイの姿になって
好きなところを自由奔放に走りまわりたいな)
大型トラックはあんまり図体が大き過ぎたので
石灰岩の採掘場から外に出ることができなかったのです。
ある日、一台のオートバイに乗って
乗り物の神様が大型トラックのところにやってきました。
「大型トラックよ。おまえの夢を叶えてやろう」
大型トラックは大喜び。
「本当ですか? ぼく、オートバイになれるんですか?」
「なに、簡単さ。魂を入れ替えるだけよ。
ちょっとしたタイヤの交換のようなものさ」
乗り物の神様はオートバイのアクセルをふかしました。
「こいつ、大型トラックになりたいんだとよ。
おまえはこいつになり、こいつはおまえになる」
「そいつは素敵ですね!」
商談成立です。
乗り物の神様はオートバイに乗ったまま
大型トラックの車体に触れました。
「さあ。おれの体の中を通って反対側に移れ!」
乗り物の神様の中を高圧電流のようなものが流れました。
さて、それからどうなったのかというと・・・・
オートバイは新しい体に慣れなくて、走り出した途端
乗り物の神様を乗せたまま転んでしまいました。
大型トラックも新しい体に慣れなくて
急に猛スピードで走り出してしまいました。
そして、その一軒の家くらいもある大きなタイヤで
転んだオートバイと乗り物の神様を轢いてしまいました。
さらに大型トラックは、ブレーキ操作がわからなくて
そのまま滅茶苦茶に石灰岩採掘場を走り続け
とうとう採掘口の巨大な穴の崖から落ちてしまいました。
・・・・やれやれ。
こういうこともあるから
乗り物には十分に気をつけないといけませんね。
2012/01/20
わたしのおうちは、お菓子の家。
「おなかすいちゃった!」
板チョコの玄関ドアを食い破って
バームクーヘンの居間に入ると、
クッキーのパパと
ショートケーキのママ。
「わあ、おいしそう!」
わたしが両親のスネをかじり始めると、
金平糖の犬を咥えたまま
カリントウの弟が帰ってきて
どっちがいっぱい食べるか
競争になりました。
さすがに、もうおなかいっぱい。
寝る前にいくら歯を磨いても
口の中が甘ったるくて
なかなか眠れないのでした。
ゲップ!
おしまいの
ごちそうさま。
2012/01/19
妻がとんでもない奇病を患った。
夕飯の食卓で妻が文句を言う。
「あなた。もっとおいしそうに食べてよ」
おれのシメジの佃煮の食べ方に問題があるらしい。
キノコの五目炊き込みご飯、ナメコの味噌汁、
エリンギのメンマ、マッシュルームの卵炒め、
シイタケのオイスター煮、マイタケの照り焼き、・・・・
我が家の食卓は、キノコ料理に完全に占領されていた。
妻の体からキノコが生え始めたのは
あれはたしか、結婚三年目の秋のことだった。
妻は最初、ただの吹き出物かと思ったそうだ。
爪で簡単に削れるが、削っても洗っても
かさぶたのようなものが次から次へと出てくる。
皮膚病を心配して病院で診てもらったところ
皮膚の下までキノコの菌床になっているという診断だった。
若い担当医は笑顔で説明したという。
「ごく普通のキノコの菌ですね。
たから、食べられますよ」
さすがに最初は食べる気になれなかった。
けれども、妻の下腹部から松茸らしきものが生えた時
なんだかもったいない気がして、つい育てて試食してしまった。
それがじつにおいしかったのである。
最高級品の馥郁たる香りがした。
それからなのだ。
完全なキノコの菌床になる決意を妻がしたのは。
夫婦の寝室は妻専用のキノコ栽培室となり
大型の加湿器が置かれるようになった。
妻はまったく外出しなくなり、エアコンつけっぱなし。
一年中ほとんど裸で過ごすようになった。
あの美しかった妻の面影は、もうどこにもない。
というか、もう人間とすら思えない。
図鑑で見たベニテングタケそっくりに見えてきた。
その毒々しくも鮮やかな色彩。
見ていると、なんだか頭がクラクラしてくる。
全身が燃えるように熱くなり、汗が垂れ始めた。
胸が締めつけられる。
こ、呼吸が苦しい。
おれの苦しむ姿を見ながら
目の前の巨大なベニテングタケが小首をかしげた。
「あら? 毒抜きが足らなかったのかしら」
2012/01/18
彼女は 駆け抜ける
さわやかな 一陣の風
小さくて渋いヘルメットの端から
脱色した長い縮れ髪を垂らして
スクーターを乗りまわす少女がいる。
その凛々しい姿を目撃して
スクーターになりたがる大馬鹿野郎も多い。
しかしながら君たち、考えが甘い。
彼女はただの少女ではない。
どういうことかというと、
さぞ柔らかいであろう彼女のお尻は
その下のシートとつながっていて
彼女とスクーターは一体なのである。
つまり、彼女の半分はスクーター。
いわゆる「スクーター少女」なのである。
チョコもケーキもサラダも食べない。
ガソリンをリッターで飲むだけ。
でも、アルコールでちゃんとうがいはする。
「だって女の子なんだもん」
ああ、そうかいそうかい。
一度はねられてみたいもんだね。
2012/01/17
目を覚ましたら真夜中で、窓の外が騒がしい。
「殺されるよー!
誰か助けてよー!」
そんな老女の叫び声がする。
またか、と思う。
どこの家か特定できないが
この近所の家では喧嘩が絶えない。
ときどき物騒な怒声が聞こえる。
たまに物の壊れる音もする。
印象としては
中年の息子とその老母ではなかろうか。
(ああ、家庭とはいやなものだ。
望まぬ同居はいやだ。貧乏はいやだ)
そんな心の声がする。
きれい事をいくら言ったって
実際にきれいになるわけじゃない。
(殺されればいいんじゃないの。
他人に頼るな。近所迷惑なんだよ!)
そう言いたくもなる。
実際問題として
垂れ流しの優しさなんざ、やってられない。
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2012/01/16
全員が渡り終えると、綱は切られた。
吊り橋とともに敵の幾人かが奈落の底に落ちてゆく。
「もう戻れない。我々は前に進むしかないのだ」
崖に背を向け、長老は厳かに言った。
だが、長老は一歩も進むことができなかった。
深いしわが刻まれた顔をゆがめ、口から血を吐き
そのまま前のめりに倒れたのだ。
その背に矢が刺さっていた。
別天地での最初の仕事が墓掘りとは不吉である。
だが、深く掘ってやる余裕はなかった。
新しい長老には私が選ばれた。
他は若者と子どもばかりである。
私は皆に言わなければならない。
できるだけ厳かに聞こえるよう、願いながら。
「もう戻れない。我々は前に進むしかないのだ」
2012/01/15
ひとり田舎道を歩いていたら
向こうから一頭の牛がやってきた。
大きな牛で、しかも金色に輝いている。
思わず話しかけてしまった。
「おまえ、高そうな牛だな」
「ああ、わしは高いよ」
なぜか牛が返事をした。
「やっぱりな。なんせ黄金色だもんな」
「しかし、あんたはまた随分と安そうな人間だな」
これには、さすがにムッと来た。
「ボロは着てても、心は錦だ」
「あんた、わしを売ってみねえか」
妙なことを言う牛だ。
「おれがおまえを誰かに売っていいのか」
「ああ、かまわんよ。
どうせ腹減ってるから誰かの世話にならにゃいかん」
「牛なら、道草でも食えばいいじゃねえか」
「いやいや。わし、ご飯しか食べられんのよ」
「・・・・・・なるほど」
さすが、高そうな牛だけのことはある。
2012/01/14
一頭のゾウが歩いていた。
歩きながら足もとを見下ろしたゾウは
アリが地面にいるのに気づいた。
(アリを踏んだら、かわいそう)
やさしいゾウは足の下ろす位置を変えることにした。
すると、そこにカタツムリがいるのに気づいた。
(カタツムリを踏んだら、かわいそう)
ゾウはさらに足を下ろす位置を変えた。
ところが、そこにはネズミがいた。
(ネズミを踏んだら、かわいそう)
ゾウは足を下ろす位置をもっと変えなければならなかった。
そのため、ゾウはからだのバランスを崩し
ひっくり返るように倒れてしまった。
地面にいたアリとカタツムリとネズミを下敷きにして。
2012/01/13
老犬が猫のところにやって来た。
「わしに遊びの極意を教えてくれんかの」
猫は日向ぼっこをしていた。
「さてね。これでなかなか
遊びというのは奥が深くてね」
老犬は猫の隣に座った。
「わしは番犬を長年やっておってな、
つくづくいやんなっちまった」
猫はあくびをする。
「まあ、わからんでもないがね」
老犬はため息をつく。
「ご主人を遊ばせるのが、わしの仕事だったとはの」
猫は目を閉じる。
「遊びたかったら、まず夢を見なくちゃ」
老犬も目を閉じる。
「わしが見るのは、いつも番犬の夢じゃよ」
猫は眠ってしまった。
老犬は眠れなかった。
それで仕方なく
眠る猫の隣で番をするのだった。
「やれやれ」
2012/01/12
おれは踊りに夢中になっていた。
こんなに盆踊りが楽しいものとは知らなかった。
笛や太鼓の音に合わせ、体が軽々と動く。
(これなら毎年踊るんだったな)
今さら後悔しきり。
なぜか今年、踊る人数がやたらと多い。
毎年、青年団とか少数の踊る阿呆が櫓の周りをまわり
その周りを大勢の見る阿呆が囲むのだ。
どっちも阿呆だからと、おれは大抵、家で留守番だった。
だが、今年の盆踊りは見物人がいない。
みんな踊ってる。
(どういう風の吹きまわしだ?)
やがて、おれは奇妙なことに気づいた。
(あいつは、又四郎んとこの倅じゃねえか)
バイク事故で死んだはずの若者が元気に踊っている。
(あれは、安左衛門さんとこの爺さんだ)
近所の、老衰で死んだはずの老人が達者に踊っている。
知らない顔がほとんどだが
おれが知ってる顔で死んでない踊り手はいない。
いや。ひとり見つけた。
「おい。磯七」
おれはそいつを屋号で呼んだ。
本名は思い出せない。
「おお。伊佐次郎か」
そいつもおれを屋号で呼び返した。
おれは踊りながら尋ねる。
「ここで生きてんのは、おれとおめえだけか?」
「いや。おめえも死んでるぞ」
磯七は踊りながら教えてくれる。
「おりゃ、おめえの葬式に出たんだからな」
(ああ、そう言えば・・・・)
なんか、そんな気がしてきた。
磯七は平気で踊り続ける。
「よく覚えてねえが、多分おれも死んだんだろうよ」
そうかもしれない。
それなら全部の理屈が合う。
きっと磯七はおれが死んだ後に亡くなったのだろう。
だから、踊る阿呆になってしまったんだ。
いや。踊る亡霊か。
ふん。
もう、どうでもいいや。
「ホレ、踊れや踊れ!」
おれは大声で合いの手を入れた。