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2009/01/23
理科室で彼女を待っていた。
理科室は暗かった。やや寒くもあった。
人体の骨格標本が奥に白く立っていた。
外の元気な声は、陸上部の練習だろう。
戸棚には、あやしげな薬瓶と実験器具。
緑色に濁った水槽。空気ポンプの音。
いつまでも彼女の来るのを待っていた。
とうに待ち合わせ時間は過ぎていた。
テーブルの上、出しっぱなしの顕微鏡。
窓辺に運び、暇つぶしに覗いてみた。
「もう。遅かったじゃないの!」
こちらを見上げる彼女の怒った顔。
2009/01/22
お城の近くにおばさんが住んでいました。
ひとり暮らしのおばさんは
なぜか一匹の蛙を飼っていました。
とても醜い蛙でしたが、
それでも喜んで飼っていました。
おばさんは冗談好きでした。
「魔法で蛙にされた王子様なのよ」
もちろん誰も信じてくれませんが、
おばさんは笑っていました。
ある夜、おばさんの夢に蛙が現われました。
「おばさん、キスして。魔法がとけるから」
目覚めると、おばさんは醜い蛙の口に
そっと唇で触れてみました。
すると、おばさんは蛙になりました。
「あなたは蛙の国のお姫様だったのです」
醜い蛙の王子はかしこまり、
うやうやしく蛙の姫に頭を下げました。
2009/01/21
「ほら、見て。この花」
「おっ、赤くなった」
「不思議でしょ」
「どうなってんの?」
「あなた、へんなこと考えたでしょう?」
「えっ。・・・・・・考えてないよ」
「この花、人の心が読めるのよ」
「ほう」
「そして、恥ずかしがると赤くなるの」
「へえ」
「とっても不思議な花なの」
「おっ、今度は青くなった」
「あなた、信じてないわね」
「えっ。・・・・・・信じてるよ」
「だって、この花、怒ると青くなるのよ」
2009/01/20
裏山の畑に妖精が生えた。
トンボの羽、ハチドリの口、リスの尻尾。
妖精でないとしても、野菜でもない。
畝にきちんと並んで生えていた。
ニンジンの種を蒔いたはずなのに。
「どれ。一本、食べてみるか」
引き抜くと、妖精は悲鳴をあげた。
根元から赤い雫が垂れ落ちた。
「あれま。まだ早かったかな」
もとどおりに植えなおしておいた。
村祭りの後、また裏山にのぼった。
畑には妖精の姿はなかった。
畝には穴がきれいに並んでいた。
今度は遅すぎたのだ。
植えなおした一本だけが倒れていた。
すっかり枯れて、見る影もない。
「うまくいかねえもんだな」
畑に腰を下ろし、空を見上げた。
奇妙な鳥の声がこだましていた。
2009/01/19
「食堂に壁画があるな」
「うん、あるね」
「それを昨日、深夜にひとりで見たらな」
「うん。どうしたの」
「あの聖母の目が開いていたんだ」
「うん。それで」
「ちっとも驚かないな」
「どうして驚くわけ?」
「聖母の目が開いていたんだぞ」
「うん。ぱっちり開いてるよね」
「うそだ! いつもは閉じているだろうが」
「なに言ってんの。開いてるよ」
「わからないやつだな」
「そっちこそわかんないね」
「しょうがない。来いよ」
「しょうがない。行くよ」
「な。ちゃんと閉じているだろ」
「どこが。開いているじゃないか」
「おい。ふざけるな」
「そっちこそふざけてるよ」
「じゃ、おまえは狂ってる」
「そっちこそ狂ってる」
「なんだと!」
「これこれ、君たち。そこでなんの口論かね」
「ああ、司教様。よいところへ」
「あの、この壁画についてですが」
「ん? どこに壁画があるのかね」
2009/01/18
最初、ひとりで探していたんだ。
「なにを探してるの?」
「大切なもの。うまく言えないけど」
「それって、見つかりそう?」
「わからない。難しいだろうね」
「ふたりで探したらどうかしら」
「君、一緒に探してくれるの?」
「うん、いいわよ」
それで、ふたりで探し始めたんだ。
でも、なかなか見つからなかった。
「私たち、なにを探しているの?」
「それを見つけたらわかるさ」
「もう疲れちゃった」
「いいよ。ひとりで探すから」
「ねえ、三人ならどうかしら」
「それ、どういう意味?」
「赤ちゃんができたの」
探す暇がなくなってしまった。
娘が生まれ、父親になったから。
「かわいいわね」
「うん、かわいい」
「きっと、この子よ」
「なにが?」
「探していたのは、この子よ」
「そうかな」
「そうよ。そうに決まってるわ」
そうかもしれない。
そうでないかもしれない。
でも、他に考えられないから
とりあえず、そう思うことにしたんだ。
2009/01/18
廃墟になった原子力発電所に幽霊が出るという。
昔、放射能漏れ事故が発生し、
多くの職員が亡くなった場所だ。
「やっぱり、おまえだったのか」
「ああ・・・・・・」
「どうして幽霊に」
「ああ、被爆して・・・・・・」
「まだ怨んでいるのか」
「ああ・・・・・・」
「おまえ、なんだか幽霊らしくないぞ」
「ああ、やっぱり・・・・・・」
「どうして足があるんだ。幽霊のくせに」
「ああ、だから仲間に笑われる・・・・・・」
「足があるからか」
「ああ・・・・・・」
「でも、どうして」
「ああ、放射能汚染のせいで・・・・・・」
2009/01/18
おれがやったんじゃねえ。信じてくれよ。
いや。全然おれがやってねえ、とは言わねえ。
やったのはおれだが、やるつもりはなかった。
このおれの体が勝手にやったんだ。
つまり、その、反射みたいなやつだな。
ほれ。膝をたたくと足が上がるじゃねえか。
あれだよ、あれ。あんなもんなんだ。うん。
上げないようにしても足が上がっちまうのさ。
だから、そんなふうに膝をたたく方が悪い。
足を上げるのが悪いと言われても困るよな。
だから、おれは悪くないんだ。わかるだろ。
どうして疑うのかな。頼むよ、ほんとに。
あっ、ほら。いわんこっちゃねえだろ。
なぐっちまったじゃねえか、おまえをよ。
おれじゃねえよ。おれの腕が勝手にしたんだ。
おれを信じないからだよ。おまえ、疑ったろ。
だめなんだよ。あっ、またやっちまった。
だから、そんな目でおれを見るなよ。頼むよ。
あっ、蹴っちまった。あっ、なんてことを。
あっ、だめ。あっ、ひどい。あっ、そんな。
あーあ、またやっちまった。しょうがねえなー。
2009/01/17
ねえ、あんた。そう、あんたよ。
あら、逃げなくたっていいじゃない。
ホント、臆病なんだから、もう。
そう、あんたに話があるの。
別にたいしたことじゃないのよ。
あんた、あたしのこと好きでしょ?
なにキョロキョロしてんのよ。
意気地がないんだから、ホントに。
好きなんでしょ? あたしのこと。
ほら、やっぱりね。
あたし、前からわかってたんだ。
バカじゃないんだからね。
だって、いつもコソコソ見てたでしょ?
盗み見るっていうのかしら、あれ。
ピッタリよね。あんたらしいわ。
なんていうか、陰湿な目付きでさ。
そのうち心配になってきちゃうのよね。
あたし見て、なに考えてるのかなって。
いやらしいこと考えてるんだろうなって。
あんた、なに赤くなってんのよ。
もう、恥ずかしいのはこっちなんだから。
でもね、別にいやじゃないわよ。
好かれてるって、悪い気しないし。
あんた、そんなにきらいじゃないし。
もちろん、そんなに好きでもないわよ。
そこんとこ、勘違いしないでね。
でも、きらいじゃないってことは確かよ。
ホントだってば。うん、ホント。
でね、あんたに頼みがあるんだけど。
ねえ、聞いてくれる? どう?
ホント? わあ、嬉しい!
あのね、ちょっと言いにくいんだけど。
ほら、あそこに彼がいるでしょ?
そうそう、彼。あの背の高い子。
あんた、彼の友だちよね?
だって、いつも仲がいいじゃない。
いいのよ、そんなこと、どうだって。
それで、彼にたずねて欲しいの。
あたしのこと、どう思ってるのかって。
そう、なんとなくでいいのよ。
あたしが好きなのかどうか、とか。
質問じゃなくて、暗示みたいにしてさ。
話の途中なんかにさりげなく。
いいでしょ? これくらい。
ねっ、ねっ、お願いだから。
あんたなら、わかるでしょ?
あたしの気持ち、わかるでしょ?
2009/01/16
わたし、プールに飛び込んだら
からだが水に溶けちゃった。
一瞬のできごと。
きっと消毒薬が強すぎたんだ。
それとも水瓶座生まれだから?
あら、そうだっけ?
ああ、よくわかんない。
脳も一緒に溶けちゃったのね。
ゆらゆら水面に浮かぶのは
わたしの花柄のピンクの水着。
男の子が見つけてしまった。
ああ、あんなに喜んでる。
なんかとっても恥ずかしい。
水が赤くなったりしないかしら。
あら、あら、いやだ。
わたしの中で勝手に泳がないで。
バタフライなんて気色悪い。
潜水なんか冗談じゃないわ。
泳いでいいのはあなたとあなた。
他の人たちは早く出なさい。
まあ、この子ったら。
おしっこだけは勘弁してよ。