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2009/04/02
まだ上京したばかりの頃、
週に土日の二日間だけ
浅草の遊園地「花やしき」でアルバイトをしていた。
その日は「バスケットボール」の担当だった。
三個のボールをゴールに投げ込むと
ゴールした数により賞品がもらえる。
あまり人気のないコーナーだった。
幼い姉妹が近寄ってきた。
「これ、どうやって遊ぶの?」
質問に対して親切に教えてやった。
なにしろ暇なのだ。
「ふーん」
どうやらゲーム券を持っていないらしい。
「いいよ。ただでやらせてあげる」
「ほんと?」
「うん、本当」
なにしろ、他に客がいないのだ。
ボールを渡してやると、妹が礼を言う。
「おじさん、ありがとう」
さすがにショックだった。
とりあえず、まだ十代の青年だったから。
そんなこと気にもせず
姉妹はボールを投げ始める。
こっちは床に落ちたボールを拾い、
それを彼女たちに一個ずつ差し出す。
なかなかゴールに入らなかった。
「あっ、入った!」
「あっ、また入った!」
やがて偶然ながら
三個投げて二個入った。
二等賞のマスコット人形を差し出す。
「おめでとう」
「えっ、これ、もらっていいの?」
「うん、いいよ」
なにしろ自分が損するわけじゃない。
「おじさん、ありがとう」
すぐに姉がフォローしてくれた。
「おじさんじゃなくて、おにいさんよ」
さすが年上だけのことはある。
「おもしろかった」
「よかったね」
「じゃあね、バイバイ」
「バイバイ」
姉妹は向こうへ行ってしまった。
なかなか楽しかったな
と思う。
それに、なかなかかわいらしい姉妹だった。
ふたりが大人になったら
どんなふうになるんだろう。
今のことを覚えていてくれるかな。
そんなことをぼんやり考えていた。
なにしろ暇だったから。
しばらくすると
女の人がやってきた。
「どうもありがとうございました」
なんだろうと思ったら
ちょっと離れたところに
あの姉妹の姿があった。
どうやらふたりの母親らしい。
「これ、どうぞ飲んでください」
缶ジュースを差し出すのだった。
「どうもすみません。いただきます」
姉妹に手を振ってやる。
笑ってる。
缶ジュースをしみじみと味わって飲んだ。
なんということもない話だけど
自分にとっても
彼女たちにとっても
良い思い出になったのではないかな
と思う。
2009/04/01
深夜、こっそり家を抜け出た。
中学の同級生数人と待ち合わせ、
みんなで地元の高原に登った。
仲間のひとりが見慣れぬ避妊具を持っていた。
夜の高原で女の子に出会うかもしれない。
そんなことを想像していたらしい。
高原へ続く真っ暗な山道は、当然ながら
女の子どころか、雌犬一匹さえいなかった。
歩きながら、色々なことを語った。
教室では話せない話題だったはずだが
どんな内容か、もう忘れてしまった。
高原の上、展望台の下で、焚火をした。
焚火を囲み、やはり色々なことを喋った。
当時の流行歌とか合唱したかもしれない。
その時、まったく突然、焚火が爆発した。
みんな驚いた。
わけがわからなかった。
けが人はいなかったが、危なかった。
見ると、ズボンに穴が空いていた。
学生服は石炭からできているんだよな、
などと思ったことを憶えている。
調べてみると、どうやら焚火の熱で
乾電池が爆発したらしい。
それらしき破片があった。
なぜ乾電池が焚き火の中に入っていたのか、
いくら考えてもわからなかった。
仲間の誰かが捨てたのかもしれないが
あの時、誰も名乗り出なかった。
みんな軽薄で危険な年頃だったのだ。
あの高原での爆発だって、花火みたいで
いくつもの楽しい思い出のひとつだ。
2009/03/31
昔 サーカスが町にやってきた
大きなポスターが 町中に貼られ
大きなテントが 丘の上の公園に張られ
にぎやかな音楽が あちらこちらに響いて
トラの火の輪くぐり
お姉さんの空中ブランコ
巨大鉄球内を走りまわるオートバイ
ゾウはいたのだろうか
体の柔らかい美少女とか
いなかったはずのないピエロさえ
今はもう 思い出せない
昔 サーカスが町にやってきた
2009/03/30
少年時代の終わりの夏だった。
ひとり、城跡へと続く山道を歩いていた。
城跡と言っても、山頂には形跡すらない。
立て札がなければ誰も気づかないだろう。
山頂に着いたら裸になるつもりだった。
きっと素晴らしい解放感だろう。
山菜採りの季節でもなければ人はいないのだ。
身軽でいたいので、荷物は縦笛一本だけ。
城跡で吹いてやろう、と思っていた。
つまらないことが楽しみな年頃だったのだ。
そろそろ山頂が見えてくる場所だった。
林を抜けると、日差しがまぶしかった。
そう。
麦わら帽子をかぶっていた。
その時、なぜか、ふと立ち止まった。
何かに驚いて、あたりを見まわした。
草木が茂り、緑豊かな大地。
見上げれば、どこまでも青い空。
そして、自分がここにいる。
今、気づいた。
感動して、ぼろぼろ涙があふれた。
ひざまずき、地面を叩き、草をつかんだ。
信じられないくらい嬉しかった。
何か大声で叫んだ記憶も残っている。
ときどき、あの時のことを思い出す。
断言できる。
素晴らしい体験だった。
なのに、どうしても思い出せないのだ。
あの時、何に気づき、何に感動したのか。
2009/03/29
大事な試合に負け、その帰り道。
体がだるく、とにかく疲れていた。
頭痛もひどかった。
それにしても情けない試合だった。
(くそっ!)
自己嫌悪で気が滅入る。
出るのは溜息ばかり。
見上げると、空模様まであやしい。
ポツリ。
冷たいものが額に当たった。
手にも頬にも鼻にも次々と当たった。
稲妻が走り、雷鳴が轟いた。
雷雨だ。
傘など持ってない。
まだ家は遠い。
とことん運が悪い。
まさに土砂降りになった。
(そういえば、そんな天気予報だったな)
しかし、そんなのどうでもいい。
濡れるしかないなら、濡れるしかない。
瞬く間に髪も服も靴もびしょ濡れになった。
激しい雨音と雨の感触を全身に感じる。
こんなの久しぶり。
懐かしいくらいだ。
なぜだろう。
なんだか楽しい。
不思議だ。
わくわくしてくる。
頭痛も消えてしまった。
思わず笑ってしまう。
歌ってしまう。
これだな、と思った。
生きてる感触って。
なんだか嬉しかった。
まだ家が遠くて。
2009/03/29
近所の神社を囲むように竹やぶがある。
市の保護指定を受けているだけあって
さすがに並の竹やぶではない。
竹の柵に続いて
竹で組まれた門がある。
そこから中に入ると
別世界が広がる。
雑木林と違い
寒いくらい静かだ。
重なり合った細い葉で日光が濾過され
幻想的な照明が淡く注がれている。
厚い落葉で地面は白っぽく覆われ
今にも竹が輝き
かぐや姫が現れそうだ。
竹取の翁のつもりになって
竹やぶを歩く。
時間を止め、
さ迷い続けていたくなる。
できれば竹の花が咲くのを見てみたい。
数十年ほど待たねばならないだろうが・・・・・・
正直、ここから出たくなかった。
だが、それは許されるはずもない。
竹の茎に触れ
服の袖が白く汚れた。
この表面の白い粉はなんなのだろう。
昔話の浦島太郎じゃないけれど
頭が触れたら
白髪になったりして・・・・・・
少し怖くなって
すぐに竹やぶを出た。
2009/03/28
まだ少年だった頃、
自転車で砂利の坂道を下るのが好きだった。
車軸潰しの激しい振動がたまらなかった。
急カーブでもブレーキは使いたくなかった。
それが自分で決めたルールだった。
いつ転んでもおかしくなかった。
あの日も自転車に乗っていた。
坂道を上るのは苦にならなかった。
上りの辛さは、下りの楽しみ。
いかにも山道らしい風景も悪くなかった。
トンネルの入口、黒い半円が見えてきた。
長くないトンネル、そこが峠でもあった。
ほとんど誰も通らないのだった。
入口の脇に自転車を置き、奥へ歩いた。
靴音が反響する。
照明などなかった。
真夏でもひんやりと涼しかった。
トンネルの真ん中で歌ってみた。
(なんていい声に聞えるんだろう!)
恥ずかしい言葉だって大声で言える。
笑い出したら止まらなくなった。
裸になって踊りたい気分だった。
誰もいないから問題ないはず。
そして、あっと言う間に時が過ぎた。
そろそろ坂道を下り、家に帰らなければ。
向こう側の出口に小さく自転車が見えた。
けれど、なんとなく振り返ってみた。
反対側の出口にも自転車が置いてあった。
どちらも自分の自転車に見えた。
冷たい水滴がひとつ、首筋に落ちた。
2009/03/26
信濃川のすぐ近く、
水力発電所の貯水池に鴨の群があった。
適当な間隔を置いて水面に浮かんでいる。
少なくとも一千羽はいるものと思われた。
私は欄干にもたれ、鴨の群を眺めていた。
やがて、灰色の空から雪が降ってきた。
持参の折りたたみ傘を私は差した。
白く冷たい雪に包まれながら
鴨の群は白い水面に枯葉色に浮かんている。
まるで絵のようだ、と思った。
ときおり鴨が鳴く。
意味はわからないが
その鳴き声を口真似してみる。
なかなか似ているような気がして
ちょっと嬉しくなる。
いつしか、雪は雨に変わった。
冬の雨は雪より冷たいように感じられる。
さすがに鴨たちも冷たかろう。
そろそろ帰ろうかと思っていたら
不意に西日が射した。
ひょっとして、と期待したその時、
貯水池の向こうの空に虹が架かった。
その外側にも二番目の虹が薄く見えた。
まるで絵のようだ、と再び思った。
それでも鴨の群は動かないのだった。
鴨は二重の虹なんかに興味はないらしい。
もう一回、鴨の鳴き声を口真似してから
私は貯水池の鴨の群に背を向けた。
2009/03/24
僕が通った小学校は
木造二階建ての古い校舎。
その端の一階に音楽室、
その真上に図書室があった。
図書係をやっていた僕。
その日、当番だったので
遅くまで図書室にひとり残っていた。
いつの間にか窓の外は
すっかり暗くなっていた。
もう帰るつもりで本を本棚に戻していたら
かすかにピアノの音が聞こえてきた。
床下から響いてくるような気がした。
(音楽室からだ。いったい誰だろ?)
僕はあわててカバンを背負い、
図書室の照明を消してから階段を下りた。
階段のすぐ横に音楽室の入口がある。
音楽室には明かりがついていなかった。
ドアに近づいてもなんの音もしなかった。
なんだか僕は怖くなってしまった。
玄関へ続く暗い廊下をドタドタと走った。
それだけ。
つまらない昔話である。
僕たちが卒業して、
やがて小学校は鉄筋の新校舎になった。
あれは、昼間の音楽の時間のピアノの音が
音楽室の天井に吸い込まれ、
夜になって図書室の床から抜け出し、
やっと僕の耳に届いたのではないか。
最近、そんなことを考えてみたりする。
なにしろ、とても古い校舎だったから。
2009/03/23
とある朝、
駅から会社への出勤途中でのこと。
上半身裸の男が
歩道にあぐらをかいて座っていた。
ボサボサの長髪、
垢だらけの日焼けした背中。
いわゆる「浮浪者」に違いない
と思った。
広いとは言え
わざわざ歩道の真ん中。
通勤通学の人通りが激しいというのに
まるで無視。
こういう人にかかわってはいけない
と思った。
その浮浪者の脇を素通りしようとしながら
チラリと見て
思わず立ち止まりそうになった。
歩道の浮浪者は食事中であった。
茶碗と箸を使い、
朝ご飯を食べていた。
炊き立てらしく
湯気が見える。
手前には炭火コンロというのか
七輪が置かれ、
載せた金網の上で魚を焼いていた。
青い煙が昇り、
うまそうな匂いもする。
味噌汁の椀などもあったかもしれないが
それを確認するほど心の余裕はなかった。
本当に驚いてしまった。
まわりの通行人たちも呆れ顔である。
その浮浪者の横顔はまだ若そうだった。
とりあえず会社に着いてしまった。
同僚に確認せずにいられない。
「あれ、見たか?」
「うん。見た見た」
「なんだろうな、あれ」
「さあ、わからんな」
「われ思うに、あれは哲人ではないかな」
「浮浪者の哲人か」
「うん。ちょっと哲学をやりすぎた方なんだよ」
「なるほど」
あの歩道の先には
有名な国立大学があった。
あるいは
現役の哲学科の学生かもしれない。
「おれなんか、今朝は立ち食いソバだ」
「おれなんか、朝食抜きだよ」
そして
同僚と顔を見合わせ、
いかにも俗人らしく
ため息をついたのだった。
【補足】
1983年前後。
東京都文京区湯島一丁目、東京医科歯科大学の前、
御茶ノ水橋から東京大学へ向かう外堀通りの外堀側の歩道にて。