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2012/09/13
つづら折れの坂道を上ると
そこは深い山の中。
セミや鳥が鳴き騒ぐ。
木々が肩組み、立ち並ぶ。
空は青く、葉は緑。
雲は横に、樹皮は縦。
やがて坂道はゆるやかに
とぐろを巻き始め
目がまわる頃、山頂に着く。
そこは空の上。
道は下へと続く。
ただし、その道
今はもう、そこにあらじ。
はるか遠き
思い出の道ゆえ。
たとえ、よく似た道
まだそこに残るとしても。
2012/01/23
雑木林を抜けると、ちょっとした広場があった。
近所の子どもたちの遊び場だった。
寺の裏山なので、墓場から続く小道もあった。
この広場の端に小さな家を建てた。
丸太や枯れ枝で組んだ掘っ立て小屋だった。
ささやかながらも、秘密基地なのだった。
あれは梅雨の時期だったろうか。
突然、にわか雨が降り出したのだ。
あわてて秘密基地の中に駆け込む。
「えらいわ。ぜんぜん雨がもらない」
すぐ耳もとで声がした。
同じ小学校に通う女の子だった。
「うん。屋根に葉っぱ、いっぱい重ねたからね」
ちょっと自慢だった。
屋根や地面を叩く雨音が、僕への拍手のようだった。
その時だった。
「ほら、見て。あれ」
「なに?」
それは、ヘビだった。
太くて黒い大蛇が這っていた。
大粒の雨に濡れた皮が、ぬらぬら光っていた。
すぐ目の前の地面をゆっくりと横切ってゆく。
こっちなんか見向きもしない。
「立派ね。すごいわ」
彼女は興奮していた。
小さく拍手さえしていた。
僕は怯えていた。
だから、なんにも言えなかった。
その黒い尻尾が草かげに隠れてしまうまで。
2011/12/28
ほんの宝探しごっこのつもりだった。
そんなふうに冒険したい年頃だったのだ。
近所の山の崖崩れがあったみたいなところに
洞窟の穴があった。
その入り口は鉄の扉で塞がれていた。
丈夫そうな錠前も掛かってはいたが
扉の蝶番は錆びて壊れていた。
というか、誰か壊したに違いない。
そういうわけで僕は
夏休みのある日、
懐中電灯だけ持って
ひとり洞窟の中に入ったのだ。
しゃがんで歩けるくらいの高さで
狭い通路がまっすぐ奥へと延びていた。
しばらく進むと
両側に横穴のある場所に出た。
やはり噂は本当だったのだ。
戦時中、この洞窟は
防空壕としても使われていたそうだが
その昔は隠れキリシタンの教会だったという。
だから、通路が途中でクロスして
それぞれ行き止まりになり、
全体で十字架の形になっているというのだ。
とにかく、そのまま前に進む。
だんだん天井が高くなってきて
やがて中腰なら立って歩けるようになった。
残念ながら、そこから先はよく憶えていない。
懐中電灯の電池が切れかけた記憶もあるから、
おそらく途中で
怖くなって引き返してしまったのだろう。
それとも・・・・・・
いやいや、そんなことはあるまい。
なぜなら現在、
僕はキリシタンでもクリスチャンでもないのだから。
2011/11/25
小学生の夏休み。
うるさいほどのセミの声。
段数を数えながら
神社の石段をのぼる。
いつも多かったり少なかったり。
鳥居には縄が巻いてある。
頂上には古い社が建っている。
その社の床下にもぐる。
床は高く、造作もない。
隙間だらけ、暗くもない。
アリジゴクの巣がいくつもある。
それを観察。
夏休みの自由研究。
アリが這っている。
いくら待っても這うばかり。
その一匹つかまえ、
巣に落とす。
滑る砂のすり鉢。
必死にもがく働きアリ。
ウスバカゲロウの幼虫、あらわれた。
食べるものと
食べられるもの。
それを眺めるもの。
夢中になって見下ろしていたら
よだれが垂れ、巣が壊れてしまった。
つまんない。
もう家に帰ろう。
床下から這い出て、立ち上がる。
林に囲まれた境内は
すり鉢そっくり。
空を見上げる。
黒い雲。
狛犬の眼が
ちょっと怖かった。
2011/11/23
場面は夜の病室なのだった。
家に帰らず看病していたとすると、
おそらく身内の者が入院していたのだろう。
それが誰だったのか思い出せないが、
きっと大切な人だったはずだ。
病室にはベッドがいくつか並んでいた。
つまり個室ではなかったわけだ。
小さな照明はあったが、暗かった。
就寝時間らしい。
深夜だろうか。
なぜか僕は病室の床に座っていた。
毛布を敷いていたかもしれない。
壁にもたれていたような気もする。
とにかくベッドの陰になる場所だった。
ひとりの看護婦が目の前に立っていた。
ベッドの患者を見下ろすようにして
なにか調べているような仕草だった。
体温とか脈拍とか、そんなものだと思う。
彼女は僕に気づいていなかった。
なのに嬉しそうに微笑んだりする。
僕は瞬きもせずに彼女を見つめていた。
彼女はなにか悩んでる様子だった。
ちょっと考えてから彼女は決めた。
なにか自分の手のひらに書いたのだ。
あれはボールペンだったと思う。
温度とか脈拍数のようなものを
メモ代わりに手のひらに書いたのだ。
白くて柔らかであろう手のひらに。
それから彼女は病室を出ていった。
僕と僕の視線に最後まで気づきもしないで。
2011/11/09
二十歳の頃、大発見をしたような気がして
眠れないほど興奮したことがある。
昆虫は変態成長をする。
たとえば蝶なら、卵、幼虫、サナギ、成虫となる。
これが植物の生長とそっくりなことに気づいたのだ。
被子植物の生長点部分は、種子、芽、つぼみ、花となる。
形態も機能も似すぎている。
考えてみると、蜂の巣は花や果実のようであり
蟻の巣は根や地下茎みたいである。
植物に擬態する昆虫は多いが
ここまで擬態する意味があるのだろうか。
調べてみると、昆虫のホルモンやフェロモンには
昆虫自身で生合成できない成分があるそうだ。
その場合、食物の成分を使うしかない。
ミツバチの社会では
雌の幼虫は働き蜂の唾液腺から分泌されるローヤルゼリーで養われる。
そのままなら、やがて女王蜂になる。
ところが途中で、植物の蜜と花粉の混合食物に替えると
働き蜂になってしまう。
十数年も地中で暮らし
地上に出て成虫になったら数日で死んでしまうセミの奇妙な生態も
根から養分を吸っていたため、木の生長に合ってしまったのではないか。
植物の進化と分類と生長は
それを食べる昆虫の進化と分類と成長に重なりそうだ。
稲(単子葉類)の籾殻と蛾の繭とか、無関係とは思えない。
調べれば調べるほど、昆虫と植物の関係はあやしすぎる。
そんなこと誰からも教わってなかったので、嬉しくて眠れなくなった。
論文と呼べないようなとりとめのない文章を書いて
動物関係の科学専門雑誌へ投稿したりもした。
無理もないが、ていねいな掲載お断りの手紙をいただいた。
生物分類学や進化論にとって興味深い切り口だとは思う。
けれど、たとえそれが認められたとしても
世の中が変わりそうもない話であることも事実だ。
甘い汁ばっかり吸って社会とかシステムとかに寄生ばかりしていると
そこに組み込まれて抜け出せなくなる、という教訓になるくらいか。
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2009/04/07
毛糸の帽子をかぶり
毛糸のマフラーを首に巻く。
寒い冬の晩だった。
猫になって家を出て
犬になって夜道を歩いた。
途中、路上駐車のクルマから小銭を盗んだ。
深い意味はない。
盗めるから盗んでみただけ。
やがて、家のシルエットが見えてきた。
同じ中学に通う女の子の家。
垣根はなく、わけなく庭に忍び込めた。
裏庭に立ち、二階の窓明かりを見上げる。
カーテンに人影らしきものが映っていた。
いくら待ってもほとんど動かなかった。
あれは彼女の影ではなかったかもしれない。
人影ですらなかったかもしれない。
そもそも彼女の部屋がどこなのか
僕は知らなかった。
でも、その動かない影を
いつまでも見続けた。
雪が降り始めても
寒さは感じなかった。
もう二度と見ることはないだろう。
あんなに夢中になった影絵。
2009/04/06
彼女は美人だった。九つ年下だった。
スタイル良くて、背が高くて、胸は大きかった。
本物のモデルさんみたいだった。
聞き飽きてるだろうとは思ったけど
まるでモデルみたいだね、って言ってやった。
ちょっとおかしなコだった。
ううん。すごくおかしなコだった。
あの日、初回だけ無料のチラシに釣られて
道楽でやっていた僕の店に来てくれた。
知人にそそのかされて始めた碁会所。
囲碁のゲームセンター。
ただし、将棋もチェスもオセロもできる。
ハーフサイズのビリヤード台まであるのだった。
彼女、遊ぶのが好きで、毎日来てくれた。
お金がなくて、もう来れないと言うから
君ならタダでいいよ、とあわてて伝えた。
ホントは、こっちから払ってでも
お願いしたいくらいだったけど。
碁を教えてやった。
あまり上達しなかったけど、諦めなかった。
オセロもやった。トランプもやった。
ビリヤードだってやった。
一緒に飲んだりした。
彼女は、すぐに酔っ払って眠ってしまう。
頬を叩いても覚めなかった。
スキだらけだった。信じられなかった。
似顔絵を描いてやった。
マッサージもしてやった。
そのまま眠ってもやめなかった。
おもしろくて楽しくて嬉しくて
やめたくなかったのだ。
彼女は子どもの頃、お嬢さんで
ピアノなんか習っていたらしい。
「エリーゼにために」をシンセサイザーで
弾いてくれた。上手だった。
でも、カラオケ屋に行くと
彼女はわかりやすい音痴だった。
暑い日、冷麦を作ってきてくれた。
おいしかった。嬉しかった。
手の形があまりきれいでなかった。
それを彼女は気にしてた。
脚は長いのに、彼女はスカートがきらいで
破れたGパンばかりはいていた。
いつか頼んでおいたら
仕事の帰りにスカート姿で来店してくれた。
スカートは似合わない、とぼやいてたけど
たしかに平凡だった。
パソコンが生きがいだ、って言ってた。
ケータイがきらいだった。
彼女は高校を中退して、大検を取っていた。
意外に、少し人見知りをした。
彼女とワインの口移しなんかした。
ふたりとも裸になるまで野球拳をした。
一緒に市民プールで泳いだ思い出。
なんと彼女、スクール水着だった。
七夕には、彼女のクルマに乗り、
一緒にササを採り、一緒に店に飾った。
自宅に来てもらったり、
彼女のアパートに行ったりもした。
時々、彼女は派遣の仕事をした。
ラーメン屋の手伝いもした。
子どもの頃の写真を見せてくれた。
家族の写真も見せてくれた。
ある日、大勢で来店してくれて
妹さんの家族を紹介された。
どうして?
なんだか不思議な気がした。
キリがないけど、彼女のおかげで
本当にいろんなことがあった。
誰にも言えないようなことも
誰にでも言いたいようなことも。
楽しかった。本当に楽しかった。
永遠に続くみたいだった。
でも、最後には、彼女を悲しませ、
カレシを怒らせてしまった。
そう。彼女にはカレシがいた。
同棲していた。はじめからそうだった。
はじめから彼女でもなんでもなかった。
夢を見ていただけだったのだ。
とりあえず母親の家へ身を寄せる、と
彼女は小声で言った。
父親ではない男がいる家。
彼女が望んだ結末ではなかった。
電話番号を教えてもらったけど
もうそこにいるはずもない。
それに、こちらから彼女に
電話できるわけがなかった。
あんなひどいことをしたんだから。
人格疑われるから誰にも言えないけど。
でも、悔やんでなんかないけど。
もう会えないだろうけど
これだけはぜひ言いたい。
彼女は本当に美人だった。
本当に、それこそ本当に
本物のモデルさんみたいだった。
2009/04/04
昔、小学校で映画の鑑賞会があった。
錦鯉の話で、粗筋は以下の通り。
主人公の少年の家は錦鯉を養殖していた。
稚魚が成長して美しい模様を備えれば
錦鯉として高く売れる。
しかし、つまらない模様の鯉は
「テンプラ」と呼ばれ、
売れないので天ぷらにされて食べられてしまう。
黒くてつまらない小さな鯉が
テンプラにされそうになった時、
「責任持って飼うから、自分にくれ」
と少年は父親にせがむ。
そして、その日から少年は
この落ちこぼれの黒い鯉を飼うことになる。
途中、育てるための様々な苦労があるのだが・・・・・・
ある日のこと、かなり大きくなった黒い鯉の背中に
一本の赤い筋が走っているのに少年は気づく。
暗闇を鋭いナイフで切り裂いたような真紅の一筋。
このテンプラになるはずだった黒い鯉は
やがて錦鯉の大きな品評会に出され、
最優秀の評価を得ることになる。
詳細は忘れてしまったが、
いい話だなあ、と今でも思う。
(追記:最近になって知った。この映画の舞台は
中越地震で甚大な被害を受けた旧「山古志村」とのこと)
2009/04/03
小学生にとって楽しいはずの夏休みの日々は
つまらないラジオ体操から始まるのだった。
朝早く起こされ、近所の広場に集められ、
ラジオから流れる演奏と掛け声にあわせ、
体を動かして、なにが楽しいのか。
カードにスタンプもらって、なにが嬉しいのか。
それはともかく、
忘れられない奇妙な思い出がひとつだけある。
ラジオ体操が始まる少し前、
僕たちは農協のシャッターを背に立っていた。
目の前には田園風景が広がっていた。
その上には空があった。
空にはいくつかの雲が浮かび、
そのひとつの雲が太陽を隠していた。
太陽が徐々に昇り、雲の上から顔を出すか
という瞬間、太陽が炎となって燃え上がった。
丸めたティッシュペーパーに点火した感じ。
太陽の直径の倍くらいの高さまで炎が上がり、
メラメラと聖火台の聖火さながらだった。
みんな、ワアワア騒いだ。
直射日光が焼けるような熱さで顔面を照らし、
本当にやけどしそうだった。
時間にして、わずか数秒くらいだったと思う。
すぐに太陽はありふれた朝日になり、
僕たちはラジオ体操なんか始めてしまい、
「なんだか変な夢見ちゃったな」と
小学生のありきたりな夏休みの一日に
溶け込んでしまったのだった。
あれは、なんだったのだろう。
気象に詳しい方なら
なにか心当たりあるのではなかろうか。