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2008/11/05
ある不毛の大地に一匹のとかげがいる。
とかげの目の前にも一匹のとかげがいる。
すぐ後ろにもやはり一匹のとかげがいる。
このことはどのとかげについても言える。
とかげによるそのような列が実在する。
とかげの列は前方に果てしなく続く。
とかげの列は後方にも果てしなく続く。
どのとかげも身動きせずに並んでいる。
どのとかげも一瞬にしてある決意をする。
とかげは目の前のとかげの尻尾を噛む。
と同時に後ろのとかげに尻尾を噛まれる。
とかげの尻尾は途中でぷつんと切れる。
その尻尾が暴れるために列が乱れる。
暴れる尻尾をとかげは苦労して飲み込む。
尻尾は喉を通り胃袋を通り腸を通る。
さらの尻尾の断面を通って尻尾が生える。
再生した尻尾はぬらぬらと濡れている。
そのためにとかげの抑制がきかなくなる。
とかげは目の前のとかげの尻尾を狙う。
すると自然にとかげの列が再びできる。
不毛の大地に見事なとかげの列ができる。
2008/11/03
濡れた靴下を脱ぎ捨てて
波に揺れる夕暮れの海面を
ひたひたと裸足で歩いていたら
まるで霧に包まれたように
無数の蝶の群に囲まれてしまった。
こんな遥か沖合まで
あたりまえのような顔をして
歩いてきたりしてはいけなかったのだ。
途中で沈むとか溺れるとか
せめて泳いでみるとか
そういうことをすべきだったのだ。
まあ、いまさら遅いけど。
それにしても
こんなふうに蝶の群に歓迎されたら
そんなに悪い気はしない。
このまま夜になってしまえば
きっと蝶の群は蛾の群となるだろう。
やがて水平線から朝日が昇れば
びっしりと海面に敷き詰められた
美しく眩い銀色の絨毯になるはずだ。
そんな優雅な絨毯の上で
ゆらゆら波に揺られてのんびりと
いつまでも眠っていられたら
ちょっと素敵な気がする。
2008/10/29
まず最初に、水面があった。
それは厚さのない鏡であった。
水面には表裏の区別はなく、
そこに姿を映す者はいなかった。
音も光もなんにも存在しないので
やがて水面はいたたまれなくなった。
わだかまりが生まれ、
悶え、歪み、乱れ、
ついに水面に波紋が広がった。
限界を超えた水面は千切れ、
あるいは泡、あるいは雫となった。
表裏の区別がないため
泡と雫の区別もなかった。
それらは光となり、
また闇となった。
やがて光は星屑となり、
闇は神話となったのである。
2008/10/22
なんと美しい宝石でしょう。
ほら、よくごらんなさい。
小さな魚が泳いでいますね。
石の中に閉じ込められた魚です。
もちろん生きています。
優雅な姿ではありませんか。
もっとよくごらんなさい。
この魚の眼は石なのです。
美しいではありませんか。
これより美しい石ですか?
さらによくごらんなさい。
石の中の魚の石の眼の奥。
あなたの瞳が映りますね。
その石のように冷たい瞳。
2008/10/18
貴婦人が鏡の回廊を渡っておられました。
鏡の回廊の左右の壁には珍しい鏡が
いくつもいくつも飾ってありました。
ある鏡には、上品なドレス姿の貴婦人が
その麗しき横顔とともに映りました。
別の鏡には、夢見る表情の貴婦人が
裸で歩いておられる姿が映りました。
また別の鏡には、床に跪いた貴婦人が
背徳の儀式に耽る姿が映るのでした。
じつに色々な鏡があるのでした。
美しい少女が映る鏡もありました。
醜い老婆が映る鏡もありました。
まったくなにも映らない鏡もありました。
わずかに傾いた合わせ鏡のように
どこまでも鏡の回廊は続いているのでした。
2008/08/11
弓なりに月が裂け、ニヤリと夜が笑う。
鳴く猫の気持ちが今宵は犬にもわかる。
闇に浮かぶ街灯の下、少女が泣いている。
鬼に見つけてもらえなかったかくれんぼ。
靴を片方なくして少女は家に帰れない。
街灯に群がる蛾の羽ばたきを真似、
路地裏の闇から手品師が手招きする。
少女の耳の中、羅針盤が音を立てて壊れ、
幼くて小さな頭が麟粉の波に揺れる。
フクロウのふりをしてカラスが鳴く。
尻尾と片目のない白猫が黒猫に化ける。
頭をなくした鶏が交差点を横切る。
門を閉ざされた夜の公園の奥深く、
美しい貴婦人が立ち木に縛られている。
血の匂いのする風が上から下へ流れ、
長い髪は垂れて地面に溶けている。
乱れた夜会服から零れ出た乳房。
その乳首を少年の青白い指がつまむ。
半ズボンを穿き、三日月に似た口の穴。
「いけないのはあなた。ぼくじゃない」
白い光を月が垂らし、ニヤリと夜が笑う。
吠える犬の気持ちが今宵は猫にもわかる。
2008/07/09
だから僕は反対したんだ。
月夜に兎狩りだなんて
まさに狂気の沙汰だよってね。
それなのに無鉄砲な君は
猟銃なんか担いじゃって
平気な顔をして家を出たんだ。
藍色の嘘っぽい夜空に
山より大きな三日月が昇って
ゲラゲラゲラゲラ笑ってたっけ。
君は月の光にあてられてね
猟銃を捨てて裸になってね
センザンコウを家来にしたんだ。
それで兎は捕まったのかって?
ああ、そりゃ捕まったさ。
君が耳をつかんでるじゃないか!
2008/07/05
湖に浮かんでいたら
雪が降ってきちゃった
白くて
ふわふわしていて
夢みたいで
とってもきれいだった
あんなに濁った空
なのに
こんなに白い雪
湖に浮かんでいても
あったかいよ