1万8000人の登録クリエイターからお気に入りの作家を検索することができます。
2012/01/02
ひとりでは怖いけど
ふたりなら、そんなに怖くない。
僕たちは互いに手と手をつなぎ、
一緒に森の奥へ奥へと分け入ったのだ。
昼なお暗き魔物の棲み家。
夜こそ深き謎の迷宮。
数々の冒険の末、
僕たちは伝説の光る石を見つけた。
でも、その石はひとつだけ。
それを与えられるのも、ひとりだけ。
光る石はふたつに割れない。
でも僕たちは、もともとふたつ。
いつまでもひとつのままではいられない。
僕たちは目と目を合わせ、
つないだ手と手を離した。
すると僕たちは僕と君とになり、
ふたりはもう敵同士。
剣が舞い、楯が鳴る。
息が切れ、血が流れ、
憎しみ生まれ、愛が消える。
そうして僕は
君を永遠に失ったのだ。
墓は建てぬ。
涙もいらぬ。
光る石は手に入れた。
さあ、呪われた森を出よう。
君がいなくて
ひとりぼっちで怖いけど。
2011/12/18
都会に出たばかりの僕は田舎者なので
すっかり迷子になってしまった。
僕が困っていると、それを見かねたのか
呼び止める声がした。
「ちょいと、そこのお兄さん」
とても綺麗な女の人だった。
「こっちへいらっしゃい」
彼女に誘われ、ついてゆく。
とても優しくされた。
僕は彼女と楽しい時をすごした。
でも、こんなことばかりもしていられない。
別れ話をすると、彼女はとても怒った。
それでも別れなければならない。
僕は彼女から逃げようとした。
彼女、僕の腕をつかんで離してくれない。
そのため、僕の左腕は肩からもげてしまった。
あまりの痛さに僕がひとり泣いていると、
優しそうな声がした。
「おや、お兄さん。泣いているのかい」
とても綺麗な女の人だった。
「慰めてあげるわ。こっちへいらっしゃい」
僕は、真っ暗な闇の中で
手の鳴る音を聞いたような気がした。
2011/12/05
焦土の街に雪が降り始めた。
こげ茶色の汚れた悲惨な街が
真っ白で綺麗な美しい街に変わる。
「ほら、おいしいよ」
雪をすくって舐める少女。
「どれどれ」
男の子も真似てみる。
遠くで鐘が鳴る。
「街全体を地面ごと持ち上げてみせようか」
「なにそれ?」
「こんなふうに雪が降る日はね、魔法が使えるんだよ」
「ふ〜ん」
「降る雪をね、ぼおーっとしたまま眺めるの」
「ぼおーっと」
「そう。だらしない顔して、ぼおーっと」
「それから?」
「それだけ」
「それだけ?」
「うん。簡単なの」
「ふ〜ん」
焦土の街に雪は降り続く。
「あっ」
「持ち上がった?」
「うん。昇ってる」
「街全体が昇ってるみたいでしょ」
「うんうん。おっもしろい」
ふたたび遠く、鐘の音。
「さて、どうしようか」
「おなかすいた」
「あたしも」
「このまま天まで届けばいいのにな」
「・・・・・・そうだね」
いつまでもいつまでも
昇り続ける白い街。
2011/11/28
手のひらが血まみれだった。
どうやら頭を割られたらしい。
まだ生きているのが不思議だった。
いったい、ここはどこだろう。
あたりを見まわしてみた。
いたるところに死体が転がっている。
真っ黒に焼けて、性別さえわからない。
からだを動かそうとすると、あちこち痛む。
なんとか苦労して立ち上がった。
弱々しい声がする。
耳を澄ましてみた。
猫の鳴き声のようにも聞こえる。
裂けた木材のかたわらに子どもがいた。
子どもが赤ん坊を産んでいた。
小さくて信じられない。
まるで猫の子だ。
それを舐める子どもと目が合った。
「大丈夫か?」
「ううう・・・・・・」
「それ、どうするんだ?」
「わかんない。でも、食べさせない」
「ばか」
「ばかだよ。でも、どうしようもない」
なかなか賢そうな顔をしている。
だが、あまりにやせすぎていた。
「お乳は出るか?」
子どもは首を横にふる。
ばかな質問をしたものだ。
近寄っても、子どもは逃げようとしなかった。
逃げる体力が残ってないのかもしれない。
しゃがんだら、額から血が垂れてきた。
割れた頭に手を触れてみる。
・・・・・・痛い。
まだ血は乾いていない。
真っ赤な手。
その手をおそるおそる赤ん坊に伸ばす。
指先で小さな口に触れてみる。
血がついて、口紅を塗ったみたいになった。
しばらく黙って赤ん坊を見守った。
「・・・・・・だめか」
「この子、まだ生きてる」
「そうじゃなくて、死に化粧じゃなくて」
「なに?」
「やっぱり、舐めないな」
「ばか」
めまいがした。
地面が顔に近づく。
なにも見えなくなる。
力が入らない。
意識が薄れてゆくのがわかる。
これがどうやら死ぬということらしい。
もともと生きているのが不思議だったのだ。
ゆっくり落ちてゆく。
どこか暗いところへ、ゆっくり落ちてゆく。
「あっ、舐めた」
どこか遠くで子どもの声がする。
そして、赤ん坊の泣き声・・・・・・
2011/11/10
暗い洞窟のような場所である。
土に埋もれた鉄橋の下を連想させる。
なにかを求めてここまで来たはずだ。
しかし、思い出せない。
ガラクタと呼ぶべきものが散乱している。
食べ物であれば完全に腐っている。
道具や機械であれば使い物にならない。
仲間も一緒だが、ろくな奴らではない。
耳障りな舌打ち、失望のため息ばかり。
突然、暗闇の奥に光の穴が開く。
その穴から、土を削る腕が見え隠れする。
誰だろう。
仲間でないことだけは確かだ。
敵だろうか。
だとすれば殺される。
抵抗する気力が自分にあるだろうか。
わからない。
判断力も失われている。
このまま生き続けることに意味があるのか。
なんの意味もないような気がする。
暗闇でガラクタを漁るだけではないか。
広がった光の穴から何者かが侵入してくる。
黒いシルエットが大きくなってゆく。
視線をそらす。
敵意を見せてはいけない。
侵入者の太ももの放射熱を背中に感じる。
ガラクタを蹴散らし踏み潰す靴音。
それだけ。
仲間の声も聞こえない。
みんな、背中を丸め、暗闇の隅に屈んで
侵入者の目から隠れたつもりなのだろう。
やがて、侵入者は光の穴から出てゆく。
まるでガラクタしかなかったかのように
耳障りな舌打ちと失望のため息を残して。
2011/10/21
物語が始まる。
さあ、急ごう。
美しい女と危険な男たち。
男たちに見つめられ、
美しい女は誇りに思う。
もっと美しい女になりたい。
もっと男たちに見つめられたい。
女を振り向かせるため、
どんな危険もかえりみない男たち。
もっと危険な男になりたい。
もっと女を振り向かせたい。
美しい女と危険な男たち。
ああ。
だけど、待ってくれ。
そんなに急いだら
物語が終わってしまう。
2011/10/04
あいつは臭い。
あいつは汚い。
あいつは村一番の嫌われ者。
村の者、鎮守の神よりあいつを恐れる。
年頃の娘は無論、古女房まで家に隠す。
老婆や幼女、さらには雌犬や雌鶏まで隠す。
あいつは村の恥。
あいつは村の鼻つまみ。
あいつが歩けば、野に枯れ草の道できる。
あいつが歩けば、空から渡り鳥落ちてくる。
ともかく、あいつは臭いのだ。
馬糞が腐ったより臭い。
鼻まがる。
村の子どもが手をつないで倒れたりする。
あんまり臭くて
手を離す暇もなかったのだ。
ある日、不思議なものが空から落ちてきた。
しかも、ちょうどあいつの頭の上に。
木の上の猿やリスなら珍しくもない。
巨大な亀の甲羅のように見える銀色の塊。
割れ目から中が見えた。
たくさんの天狗。
やけに鼻が高い。
人ではない。
見るからに凶悪そうな顔してる。
でも、みんな死んでた。
あいつのせいだ。
でも、下敷きになって、あいつも死んだ。
あいつがいなくなり、村人たちは大喜び。
でも、都の偉い学者の言うことにゃ、
あいつがこの世を救ったんだと。
われらが救世主なんだと。
尊敬してやれと。
そうかい、そうかい。
おら、知らね。
2011/09/29
ひとり、炎天下を歩いていた。
地上には夏がのさばっていた。
熱気のために風景は歪んで見えた。
木々は枝を垂れ、葉は焦げ臭かった。
猫が倒れていた。死んでいた。
犬が倒れていた。死んでいた。
人が倒れていた。やはり死んでいた。
まだ生きているだけ幸運なのだろうか。
それを喜ぶ気持ちにはなれないけれど・・・・・・
正気を失っていたのかもしれない。
あるいは蜃気楼だったのだろうか。
向こうから少女が歩いてきた。
白いワンピースを着た少女。
時間が止まったような気がした。
すれ違い、少女は歩み去った。
つまり時間は流れていたわけだ。
夏はだめだ、と思った。
ただ苦しいだけの夏はだめだ。
もし涼しくなったら、
この夏が終わり、涼しくなったら・・・・・・
だが、それはいつになるのだろう。
昔、夏にも終わりがあったという。
忘れられた寒い季節もあったという。
死にたくなるほど蒸し暑くもなく、
裸でなくても我慢できた時代。
まだ空が青かった頃の昔話。
今では、季節はふたつしかない。
正気でいられないほど暑い夏と
生きていられないほど暑い夏。
なのに服を着て笑顔でいられる少女。
あの子にまた会えるだろうか。
この夏を、もしも生き延びられたなら・・・・・・
2011/09/18
あいつが立ち上がる。
いかにも帰りたそうな顔してる。
「待ってよ」
あわてて戸口を立ち塞ぐ。
「まだ帰らなくたっていいじゃない」
「いや。もう帰ってもいいはずだよ」
どうしてこんなに意見が合わないのかな。
みっともないほどあせってる、私。
「子どもの頃の写真、まだ見せてなかったよね」
「いや。見たよ」
こんなに記憶まで食い違うなんて。
もう服を脱ぐしかない、と思った。
下着が汚れてなければいいけど。
「ほら、ここんとこ。手術の跡がまだ残ってる」
「ほう。それは知らなかったね」
いけない。そうだった。
この傷は秘密にしてたんだ。
だけど、
なんて冷たい目をするんだろう。
もう終わりなんだ、と
さすがにわかってしまった。
糸の切れた操り人形みたいに
私は床に崩れる。
あいつ、
手を差し伸べてもくれない。
うしろで扉の開く音がする。
あいつの最後の言葉が聞こえる。
「さよなら。お幸せに」
2011/09/05
僕が彼女と一緒に帰宅すると、
家にはすでに彼女がいた。
家にいる彼女を見つめる。
どう考えても僕の彼女だ。
すぐ横にいる彼女を見つめる。
まぎれもなく僕の彼女だ。
「この女は誰?」
やはり彼女は問い詰める。
嘘をついてもしかたない。
「僕の彼女だよ」
「この女は誰?」
やはり彼女も問い詰める。
嘘をついてもしかたない。
「僕の彼女だよ」
彼女と彼女が見つめ合う。
とりあえず僕は家に入る。
死ぬほど喉が渇いていた。
冷蔵庫から瓶ビールを出す。
ビールをグラスに注ぐと、
彼女が駆け足でやってきた。
ビール入りグラスを奪うと、
窓から裏庭に投げ捨てた。
もったいないとは思うが、
文句を言える立場ではない。
「もう許せない!」
彼女は僕の腕を引っ張る。
「もう許せない!」
彼女も僕の腕を引っ張る。
痛い。信じられない力。
「やめろ! 僕の彼女なら」
僕は彼女と彼女に引っ張られ、
僕と僕とに裂けてしまった。