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  • 化粧台

    2012/02/29

    切ない話

    私の目の前には化粧台がある。


    なかなか立派な代物。

    実際、高かった。


    風水によると、

    「きちんとした化粧台でメイクをしないとブスになる」

    のだそうだ。


    通勤途中の電車内は勿論、

    洗面所なんかで立ったまま
    チャチャっとやってはいけない。


    電車は乗り物。

    洗面所は、
    化粧と汚れと厄を落とす場所。

    どちらも化粧をする場所ではないのだ。


    だから私は
    この立派な化粧台の前で化ける。

    いい女になる。


    でも、哀しいことに

    化粧台の真ん中の大きな鏡は
    ひどく歪んでいるのだ。

    そのため、せっかくの私の顔が
    ひどく歪んで見える。


    まるで男の顔。


    実際、私の体は男なのだから
    仕方ないことではあるけれど・・・・・・


    でも、心は女。


    鏡に向かって問いかける。

    「鏡よ鏡、鏡さん。
     世界で一番美しいのはだあれ?」


    やっぱり鏡は優しくて、
    なんにも答えてくれない。

    けれど、私の心を
    忠実に反射させてくれる。


    歪んだ私の美しい心を

    醜く
    とても醜く

    私に見せつけてくれる。
     

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  • 異境の空

    2012/02/28

    切ない話

    この星の空には鳥がいない。

    まったく一羽もいない。


    その空の下、この地上には
    トカゲみたいな爬虫類タイプの動物がいる。

    一角獣みたいな哺乳類としか思えない動物もいる。

    さらに、海なのか湖なのかわからないが、
    水中にはサカナらしきものが泳いでいる。


    けれど、鳥はいない。
    一羽もいない。

    少なくとも、この星に緊急着陸してから
    我々は一度も見ていない。


    羽のある動物は過去に絶滅したか、
    または進化することがなかったのだろう。

    あるいは、こんな陰鬱な色の空を見上げても、
    なかなか飛びたい気持ちになれなかったのかもしれない。


    それとも、意志のようなものが空にあり、
    生き物の受け入れを頑なに拒んでいるのだろうか。


    その可能性も否定できない。

    なぜなら、この星には
    翅のある虫さえいないのだ。



    「まだ修理できないのか」

    地を這う虫を踏みつけながら、我らが艦長が
    小言のような独り言を呟く。

    「どうもエンジンの奴、動きたくないようですぜ」
    おれは工具で肩を叩く。

    「どっこも悪いとこ、見つからんのですよ」

    「なのに点火しない」
    「ええ。ウンともスンとも」

    「どういうことだ」

    おれは、お手上げのポーズ。


    黙って空を見上げる艦長の横顔が
    ひどく老けたように見えた。

    おれの気のせいだろうか。


    「食事、できたわよ」

    ナンシーが呼んでいる。


    この星の肉も果実も水も
    そんなに悪くないような気がする。

    慣れてしまえば、宇宙食よりマシだ。


    空さえ見上げなければ、
    この星だって、まんざら悪くない。


    この気の滅入るような暗い空さえ見上げなければ・・・・・・
     

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  • 一緒に行こう

    2012/02/27

    切ない話

    「ふふふ。とうとう見つけたぞ」
    「ああ。とうとう見つかっちゃった」

    「さあ。おれと一緒に行こう」
    「いやよ。行かない」

    「どうして?」
    「あんたと一緒に行くのがいやだからに決まってるでしょ」

    「こらこら。わがまま言うんじゃない」
    「なによ。そっちこそ、わがまま言ってるくせに」

    「力ずくでも連れて行くぞ」
    「だから、あんたのそういうところがいやなのよ」

    「来い!」
    「いや!」

    「あっ」
    「痛っ」

    「すまん。腕が・・・・・・」
    「もう。抜けちゃったじゃないの」

    「まさか、腕が抜けるとは・・・・・・」
    「ふん。その腕、あんたにやるわ」

    「えっ?」
    「あたしの身代わりよ」

    「でも・・・・・・」
    「脚も欲しいの?」

    「いや。そういうわけじゃ・・・・・・」
    「この胸も? この腰も? この頭も?」

    「おれは別に・・・・・・」
    「あたしの体、バラバラにして
     みんな力ずくで持て行けばいいわ」

    「おまえ・・・・・・」
    「だけどね、あたしの心だけはね、
     この場所から一歩も動かないからね!」
     

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  • 雨もよい

    2012/02/24

    切ない話

    ありふれた男女の別れ話である。


    「別れよう」
    ついに言ってしまった。

    「そうね」
    彼女も予想していたのだろう。


    一緒に店を出る。

    見上げれば、
    今にも降りそうな空模様。


    「これ返すわ」
    彼女が差し出す。

    それは僕の小指。

    「いいのかい?」
    「私が持っていても仕方ないでしょ」

    「ありがとう」
    僕は受け取る。

    それを左手の所定の位置にはめてみる。

    ちゃんと小指が動いた。


    「大切にしてくれていたんだね」
    「まあね」

    「本当にすまない」
    「大したことないわよ」

    それ以上、僕はなにも言えない。


    「じゃあね」
    彼女が駅へ向かう。

    僕は立ち止まって見送る。


    彼女が人ごみに紛れた。


    ポツリ、ポツリ。

    とうとう雨粒が落ちてきた。
     

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    • Tome館長

      2013/03/17 18:26

      「ゆっくり生きる」haruさんが動画にしてくださいました!

    • Tome館長

      2012/03/10 15:11

      「こえ部」で朗読していただきました!

  • 許してあげない

    2012/02/23

    切ない話

    私はあなたを許しません。


    あなたにとって
    それは信じられない事かもしれませんが

    どうしても私には許せないのです。


    私が顔を汚してしまった時、
    あなたは私の顔を拭いてくれましたね。

    別に立派な事をしたつもりはなく、
    あなたとしては至極当然の事をしたまで。

    そう思った事でしょう。

    そして、おそらく満足した事でしょう。


    けれど、あなたが
    私の汚れた顔を拭くために使ったタオル、

    あのタオルがひどく汚れていた事、
    あなたはご存知でしたか?

    いいえ。
    知っていたはずありませんよね。

    もしあなたが知っていたのなら、
    そんなもので拭くはずありませんから。


    でも、実際のところ、
    あのタオルはひどく汚れていたのです。

    そのため、
    私の顔はきれいになりませんでした。

    いえ。むしろ
    もっと汚れてしまったくらいです。


    なんだ、そんな些細な事に腹を立てていたのか。

    と、あなたは呆れるかもしれません。

    しかし、この出来事は象徴に過ぎません。

    一事が万事です。


    自分の手が汚れているというのに
    それに気づきもせず、また気づこうともせず、

    あなたは平気で
    あなたのまわりにあるものに素手で触るのです。


    法を犯す警察官では社会秩序が保てない。

    それと同じです。


    私の顔は汚れたまま。

    だから逆に、あなたの手を汚しもしたでしょう。


    あなたの手を今さら洗おうとする私の手が
    汚れていない、とは言えません。

    それもこれも、みんなあなたのせいだ、と
    言いたい気持ちもあります。


    けれど、それでは
    お互いますます汚れるばかりです。

    とにかく、
    まず自分の手を洗うしかないでしょう。


    ですから、あなたも
    まず自分の手を洗ってください。

    その手がきれいになるまでは
    まわりのものに触れないでください。


    私は許せないのです。

    その汚れた手のまま触れるあなたを
    私は決して許すことができないでしょう。
     

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  • 高原の歌姫

    2012/02/13

    切ない話

    私は「核の申し子」なのだそうだ。


    この高原には、あの大国の
    核廃棄物の処理場が多く点在している。

    私が生まれ育った土地の近くにもそれがあり、
    私の声が人と違うのは、そのせいだと言うのだ。

    甲状腺異常だ、と。


    子どもが大気中の放射性ヨウ素を吸い込むと
    甲状腺の異常が多発するらしい。


    甲状腺は喉のあたりにあり、
    蝶が翅を広げたような形をしている。

    甲状腺では、ヨウ素を材料として
    発育や新陳代謝などに欠かせない甲状腺ホルモンを作る。

    そして、成長期にある子どもの甲状腺は
    特にヨウ素を吸収しやすい、という。


    近くの核廃棄物の処理場から実際に
    放射性ヨウ素が大気中へ放出されたのかどうか、

    私は知らない。


    でも、私の声が人並みでないのは、事実だ。


    私の声は、この世界最大の高原の端から端まで届く。

    世界一高い山脈を越えて渡るアネハヅルの群を
    呼び寄せることだってできる。

    私の歌声だけで
    大規模な暴動を治めたことさえある。


    神はいないかもしれない。

    でも、核はある。


    ならば、核の申し子として死ぬまで
    私は歌い続けたい、と思う。
     

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  • 待ちくたびれて

    2012/01/29

    切ない話

    いつまで待っても
    あの人は来ないのだった。

    行く行く、と言ってたくせに
    まったく来る気配がないのだった。


    ただ待っていても仕方がない。
    世間で流行のゲームをやってみた。

    ある目的を達成すれば勝ち。
    できなければ負け。

    なかなか面白かった。

    だが、もともと大した目的ではなく、
    勝っても負けても深い意味はないのだった。

    やがて目も頭も腕も腰も痛くなり、
    疲労と空しさを感じ始めた。

    とうとうゲームはやめてしまった。


    あの人はまだ来ない。


    ふと気まぐれに
    ペットを飼ってみた。

    小さくて、なかなか可愛らしい。

    あの人のことを忘れてしまうくらい
    しばらく夢中になった。

    けれど、やがて大きくなり、
    なんだか可愛らしくなくなってきた。

    餌もやらずに放っておいたら
    そのうち行方不明になってしまった。

    そんなもんか、と思った。


    あの人はまだ姿を現さない。


    港に客船が入る。

    駅に列車が到着する。
    バス停にバスが止まる。

    自動車が家の前に停車する。

    あの人が乗っているかもしれない。
    乗っていないかもしれない。

    どちらにしても、あの人は
    もう降りてくることはないような気がする。


    もう待つのはやめようか。
    そんな気持ちにもなってくる。

    あるいは、あの人は私のことなんか
    もうとっくに忘れているのかもしれない。


    とにかく私、すっかり
    待ちくたびれてしまった。
     

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    • Tome館長

      2013/03/01 23:43

      「こえ部」で朗読していただきました!

    • Tome館長

      2012/02/10 18:10

      「ゆっくり生きる」haruさんが動画にしてくださいました!

  • 辿り着けない場所

    2012/01/28

    切ない話

    その輝ける場所は 
    同じ志を持つ者にとって栄光である。

    その聖なる場所は 
    同じ夢を抱く者にとって希望である。


    「また負けたよ」
    「そうか。おまえもか」

    「どうしても勝てねえ」
    「まったく、強い奴が多すぎるよな」

    「くそっ。もう諦めようかな、おれ」
    「おまえ、この前もおんなじこと言ってたぞ」

    「子どもの頃、天才とか博士とか言われてたのによ」
    「おれだって、田舎じゃ神様扱いされてたぜ」

    「そんなのばっかりだもんな、ここは」
    「ホント、凡人もいいところだ」

    「いまさら帰れねえしな」
    「ああ。恥ずかしいよな。馬鹿みたいだし」

    「・・・・おれ、死ぬ気になって頑張ったんだけどな」
    「ふん。本当に死んだ奴だっていたぞ」

    「ああ、知ってる。いたな」
    「ひどい負け方したから、絶望したんだろ」

    「かもな。・・・・死んだ方が楽かもな」
    「へっ。・・・・くそっ!」


    その場所に辿り着くためには 
    累々たる屍を踏み越ねばならない。

    また、奇跡的に辿り着けたとしても 
    そこにいられるのは、わずか一瞬である。
     

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  • 戻れない

    2012/01/16

    切ない話

    全員が渡り終えると、綱は切られた。
    吊り橋とともに敵の幾人かが奈落の底に落ちてゆく。

    「もう戻れない。我々は前に進むしかないのだ」
    崖に背を向け、長老は厳かに言った。

    だが、長老は一歩も進むことができなかった。

    深いしわが刻まれた顔をゆがめ、口から血を吐き 
    そのまま前のめりに倒れたのだ。

    その背に矢が刺さっていた。


    別天地での最初の仕事が墓掘りとは不吉である。
    だが、深く掘ってやる余裕はなかった。

    新しい長老には私が選ばれた。
    他は若者と子どもばかりである。

    私は皆に言わなければならない。
    できるだけ厳かに聞こえるよう、願いながら。

    「もう戻れない。我々は前に進むしかないのだ」
     

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    • Tome館長

      2014/10/12 09:48

      「こえ部」で朗読していただきました!

    • Tome館長

      2012/01/17 23:36

      「ゆっくり生きる」haruさんが動画にしてくださいました!

  • 遥かなる空

    2012/01/11

    切ない話

    私は囚人。
    今、独房の中にいる。

    昔から囚人で、これからも囚人だろう。

    どんな罪を犯したのか
    もう忘れてしまった。


    独房は殺風景な部屋。

    寝台があり、
    便器があるばかり。

    唯一の扉には監視窓と受け渡し口がある。

    定期的に監視され、
    飲食物を手渡される。


    扉の向かい側の壁には
    鉄格子の嵌った小さな窓がある。

    そこから切り分けられた小さな空が見える。


    あの空を飛ぶことはもうできそうもない。

    けれども、目を閉じて見える空なら
    飛ぶことができる。

    飛行機を操縦するか、鳥になればいい。

    どんなに高く飛んでも平気だ。
    滑空も急旋回も自由自在。


    たとえ旅客機に乗って空を飛んでいても

    座席で眠っていたら
    飛んでないのと同じ。

    たとえ独房に囚われ、
    寝台の上で目を閉じていても

    鳥になって空を飛ぶ気分になれたら
    飛んでるのと同じ。


    ああ。
    そうなのだけれど・・・・・・

    あまりにも遠く、
    遥かなる空。
     

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