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  • 恋 文

    2012/06/02

    切ない話

    これより私は
    あなたへの恋心を

    できるだけ素直に
    綴ってみようかと思います。


    正直なところ、

    私はあなたのことを
    あまりよく知らないのです。


    よく知らないから
    気になるのでしょうか。


    いいえ。

    知らなくても一向に気にならない人は
    たくさんいます。

    なのに、なぜか私は
    あなたのことが気になるのです。


    あなたのこと
    そんなに知らないわけじゃないのに

    もっと知りたいと思うのです。


    こんなふうに
    もっと知りたいと思う気持ちが

    つまり
    恋心なのでしょうね。


    あなたは
    まるで風のような人だから

    吹かれていると
    とても心地好いのです。


    けれど、

    もし私が
    あなたと一緒になって

    ともに動いてしまったら
    どうでしょう?


    もう風は
    風でなくなって

    まるで

    動かない空気のように
    感じてしまうかもしれませんね。


    それどころか、

    やがて感じることさえ省略され、
    気にもかけなくなることでしょう。


    情けない話ですけど、

    実際のところ
    そんなものなんだろうな

    と思います。


    しかし、これでは、とても
    恋文になりませんね。


      恋心 ひた隠さねば 恋ならず



    どうも失礼いたしました。
     

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    • Tome館長

      2013/05/04 03:26

      「こえ部」で朗読していただきました!

    • Tome館長

      2012/06/17 11:08

      「ゆっくり生きる」haruさんが動画にしてくださいました!

  • 翼のある少年

    2012/05/20

    切ない話

    少年はいつも車椅子に乗っていた。
    彼には両足がなかったのだ。

    「生まれた時からなかったんだ」
    少年は僕に話してくれた。

    「でも、かわりに翼がある」

    それらしきものは見えなかった。

    「そう。見えない翼なんだ」
    少年の瞳はきらきら輝いていた。

    (ないのは、足だけではないかも)
    僕は、そう思ったものだ。


    この少年と別れて、もう随分立つ。

    ところが今日、僕宛に手紙が届いた。
    あの足のない少年からだった。

    もっとも、僕と同じくらい
    今では彼も大人になっているはずだが。

    その手紙の中で彼は書いている。
    「君にも翼が見えたよね」

    あっ、と僕は驚いた。


      僕は空を見上げている。

      背に翼のある男が僕に手を振る。
      なんだか、とても懐かしい。

      空を飛ぶ男に僕は呼びかける。
      「やあ、元気そうだね!」


    そんな場面を思い出したのだ。

    ほんの最近、僕が見た夢。
    すっかり忘れていた。

    そういえば、男には足がなかったかもしれない。

    (あの男は、あの少年だったんだ!)
    僕は嬉しくなって跳びはねる。

    でも、ほんのちょっとしか浮けない。

    (でも、君は本当に空を飛べるんだね)
    すごい、と僕は思った。

    たとえ、それが僕たちの
    心の中にしかない空だとしても。
     

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  • 観葉植物

    2012/05/10

    切ない話

    近所のホームセンターで女子高生の球根を買った。
    ほんの冗談のつもりだった。

    だから、バケツに水を入れて球根を固定しておいたら
    本当に女子高生が生えてきたのには驚いてしまった。


    水栽培のヒト型観葉植物である。


    品種改良とか遺伝子組み換えとか
    いわゆるバイオテクノロジーの進歩は凄まじい。

    それらしい葉っぱの組み合わせなのだが
    有名な私立高校の制服まで身に着けている。


    さすがに喋ることはできない。
    外観が少女に似ている植物に過ぎないのだ。

    ただし、触れると多少は動く。

    たとえば、両腕に相当する部分が正面に寄ってくる。
    顔の部分も微妙に動いて、表情が変わる。

    オジキソウと同じ原理らしい。


    生長しても等身大までにはならず、
    せいぜい半身大よりちょっと高くなる程度。

    もともとはタマネギだったかキャベツだったか
    とにかく野菜なので、食べることもできる。


    しかし、さすがにここまで育ててしまうと
    愛着が湧き、とても食用にはできない。

    かと言って、そのうち枯れるだろうし、
    いつまでも愛らしい形を留めているわけでもない。


    鑑賞しながら、ため息が出る。

    恥ずかしくて、とても公表できないが
    もう命名までしてある。


    まったく悩ましいものを買ってしまったものだ。
     

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  • ざまあみろ

    2012/04/23

    切ない話

    女が眠らない夜は
    男が眠れない夜。

    あるいはその逆か。

    は。

    まあ、どっちでもいいけどさ。


    約束してたのに
    女に逢えなかった。

    若くもないくせに
    まだわかってない。

    約束なんかするから
    破られる。

    信じたりするから
    裏切られる。
     
    そういうもんだよ、
    世の中は。

    酔っ払いだし、
    この俺は。

    はっは。


    それにしてもネオンが眩しい。

    誰だ、せっかくの闇を隠すのは。

    なにを脅えているのだ。

    吐いてしまえ。
    喉の奥に指突っ込んで。

    ううう。


    路地裏の女が
    リンゴの皮をむいている。

    いくら眺めても
    あの女ではない。

    それはわかりきったこと。


    明け方、
    一羽のカラスが鳴く。

    夜を切り抜いたような
    黒い鳥。

    逢えなかったあの女は

    とうとう
    カラスになってしまったのだ。


    とりあえず
    そういうことにしておいてやる。

    はっはっは。

    ざまあみろだ。
     

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  • 静かな海

    2012/04/04

    切ない話

    ここは静かな海。
    潮騒さえ聞こえない。

    なにしろ海水がない。

    昔は眩い海原が広がっていたのであろうけれども
    今は干乾びた海底が剥き出しになっているばかり。

    そんな名ばかりの海の前、
    やはり名ばかりの渚に座り、

    私は目を閉じる。


    本当に静かだ。
    吸い込まれそうなくらい。

    耳が痛い。
    私は両耳に手の覆いをする。

    偽りの潮騒が聞こえる。


    私は首を振る。

    いっそ沈黙に吸い込まれて
    消えてしまえばいいのに。

    こんな名ばかりの私なんか・・・・・・
     

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    • Tome館長

      2013/04/10 15:42

      「広報まいさか」舞坂うさもさんが朗読してくださいました!

    • Tome館長

      2013/03/22 17:13

      「こえ部」で朗読していただきました!

  • ポリ袋の中の思い出

    2012/03/26

    切ない話

    彼はたくさんの思い出を持っている。

    役に立ちそうもないものばかりなので
    他人が見たら呆れるしかない。


    それぞれポリ袋に入れてあり、
    それぞれラベルまで貼ってある。

    ラベルにはタイトルが記されてある。

    たとえば・・・

    小石が一個入っていて、
    「修学旅行にて、バスガイドさんが蹴った」

    ひどく短い鉛筆には、
    「同級生の女の子の似顔絵を描いた」

    割れたボタンの場合、
    「誰もいない冬の海岸で拾った」

    前歯が一本、
    「バイク事故の記念」

    日めくりカレンダーの切れ端、
    「失恋した日に破った」

    ・・・そんなのばっかり。


    机の引き出しの中。
    押し入れの段ボール箱の中。

    棚の上の籠の中。
    ジャンバーのポケットの中にまである。


    彼がどんな気持ちでタイトルを書き、
    どんな気持ちでラベルを貼るのか。

    そして、どんな気持ちでポリ袋に入れ、
    どんな気持ちでポリ袋を閉じるのか。

    なるべく僕は考えないようにしているけれど
    それでもつい想像してしまったりする。

    そんな時は、なんだか
    たまらなく哀しい気持ちになったりする。


    彼は、とても不器用で引っ込み思案だ。

    他人に見捨てられやすい性格だから
    見捨てられやすいものを見捨てられないのだ。


    「もしも僕が君と絶交したら
     新しいポリ袋がひとつ増えるんだろうね」

    僕がそう言うと、彼は弱々しく笑うけど。
     

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    • Tome館長

      2013/11/10 16:07

      「さとる文庫 2号館」もぐらさんが朗読してくださいました!

    • Tome館長

      2012/03/31 01:54

      「こえ部」で朗読していただきました!

  • 夜よ明けるな

    2012/03/19

    切ない話

    約束されていたかのように夕暮れが訪れ、
    初めて君を迎えた部屋は静かに暗くなる。


    ふたり、とりとめのない話を
    いつまでも話し続けようとしていた。

    笑うと嬉しくて、嬉しいから笑い、
    ふたり、薬も酒も飲まずに酔っていた。

    まるでふたり、
    重なった夢を見ているようだった。


    なんだろう?

    この気持ち。この感情。


    誰も教えてくれない。
    誰にも教えられない。

    気がふれたと蔑まれて
    黙ってうなずくしかないような

    そんな狂おしい瞬間が
    ダラダラダラダラ引き延ばされてゆく。


    それでも、いつの間にか夜明けが訪れ、
    ありふれた部屋の輪郭が浮き上がってくる。

    ふたり、まだ指さえ触れてないというのに。
     

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  • 君のいる場所

    2012/03/14

    切ない話

    僕は、どこへでも行ける。


    灼熱のアラスカ、
    草木生い茂るサハラ砂漠、

    遥かなる馬頭星雲の鼻面だろうが、
    未発掘の古代ファラオの棺の中だろうが、

    僕が想像しうる場所であるなら
    どこへでも行くことができる。


    ただし、君のいる場所を除いて。


    君がどこにいるか、僕は知らない。

    いや。
    知っているのかもしれない。


    思い出したくないだけ。
    それを認めたくないだけ。
    知らないふりをしてるだけ。


    そうかもしれない。
    あるいは、そうでないかも。


    でも、どちらでもいい。
    そんなのどうでもいいこと。

    いずれにせよ、どうせ僕は
    君のいる場所へ行けないのだから。


    君がどこにいても。

    たとえ、僕のすぐ目の前にいるとしても。
     

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  • 約束の場所

    2012/03/02

    切ない話

    約束の時間に
    約束の場所に着いたら、

    「約束が違うわ」
    と言われた。


    「約束通りだよ」
    と言うと、

    「約束通りの人じゃないじゃないの」
    と言い返された。


    「約束が違うよ」
    と言うと、

    「違う約束よ」
    と言い返された。


    ああ。

    約束なんかするんじゃなかった。
     

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  • 良心的な殺し屋

    2012/03/01

    切ない話

    俺は殺し屋。

    しがない稼業、とは思わない。


    ターゲットは依頼者本人のみ。

    つまり、本人からの嘱託殺人だけを専門に請け負い、
    自殺幇助、承諾殺人の自殺関与・同意殺人罪に相当する。


    その未遂も含め、自殺は処罰されないにも関わらず、
    なぜか自殺関与は処罰される。

    本人には自己の生命を処理する自由と権利があり、
    それを実行できるのは本人だけだから。


    まあ、そんな法解釈はどうでもいい。

    実際問題、素人の自殺は迷惑極まりない。

    鉄道への飛込み。
    ビルの屋上からの飛び降り。
    ガス自殺を起因とするガス爆発火災。


    まったく、他人への配慮なし。
    死後の現実は自分と関係なし。

    さらには、死刑になりたくて無差別殺人まで。


    そんな無神経で自己中な輩ばっかり。


    そこで、プロの殺し屋の登場だ。

    苦痛少なく、迅速丁寧、アフターサービス完備。


    しかも、ビフォーサービスまである。

    貧困問題なら、就職の斡旋。
    人間関係なら、改善のための提案や交渉。

    文学的苦悩なら、徹夜で議論までする。


    どうだい。

    下手な政治家より、よっぽど良心的だろうが。


    あんたもどうだ。

    一度、俺に相談してみないか。


    依頼するかどうかは、それから自分で決めるんだね。
     

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