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2013/01/29
突然、火の神が燃えあがった。
よりによって
水の女神に恋をしたのだ。
でも、火の神は水の女神に近寄れない。
水の女神に触れると
火の神は消えてしまうから。
神殿の柱の陰に隠れ、
黙って離れて見つめるだけ。
とても熱い視線だが
それが水の女神には疎ましい。
じっと火の神に見つめられると
透明な肌に泡が立つ。
どうしようもない片想い。
そんな火の神に同情する神々も多かった。
油の神も、そのひとり。
こっそり女神の寝室に忍び込み、
眠れる水の女神に油を注いでやったのだ。
これで水の女神に触れても
火の神が消えてしまう心配はなくなった。
けれども、そのため
火の神の恋の炎が消えてしまった。
そりゃそうだ。
油まみれの水の女神なんて。
2013/01/19
君の心がわからなくて
僕は君を殴って
乱暴にセーターを脱がして
ブラジャーを引き千切って
乳房をよけるように胸を切り開いて
片側の胸骨を数本へし折って
血の沼の中を手探りして
君の心臓をむき出しにして
でも
それから
それからどうすればいいのか
やっぱり僕にはわからない。
2013/01/13
ピアノがピアニストに恋をした。
ピアニストの指先が
ピアノのキーに触れると、
ほんの少し高めの音が出てしまう。
調律師を呼んでみたが、
調律師に恋していないピアノは
美しく正確な音を出すばかり。
「完璧ですね」
なぜか涙目の調律師。
ピアニストには
愛するフィアンセがいた。
ふたりがピアノの前に並んで
仲良く連弾とかしようものなら
ピアノは嫉妬に狂って
とんでもない不協和音を響かせる。
とうとう恋するピアノは
ピアニストにきらわれてしまい、
隣町の楽器屋に売られてしまった。
さて、それから
この失恋したピアノがどうなったのか
と言うと・・・・・・
音楽家たちの噂によれば
さる異国のピアノ愛好家に
大層高く買われたそうである。
2013/01/11
「あっ!」
ポタポタと血が垂れた。
割れたグラスで手を切ってしまったのだ。
垂れた血は白い食卓の上に
小さな赤い池を作った。
すぐに池はあふれ、
川となって流れ、
やがて食卓の縁から
滝となって落ちてゆく。
それにより、その真下、
ダイニングの床の上に
小さな滝壺ができていた。
その赤い滝壺から
さらに血の川が延びてゆく。
(どこまで流れてゆくのかしら?)
好奇心に駆られて追跡してみる。
血の川は床の上を蛇行しながら流れてゆく。
けれども、そこまで。
川は廊下まで届かず、
敷居の手前で涸れていた。
なんだか、とても哀しくなった。
涸れてしまった黒っぽい川床に
そっと手をかざしてみる。
でも、残念ながら
もう血は一滴も垂れないのだった。
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2013/01/05
友人が落ち込んでいた。
「どうしたの?」
「おれには才能がないんだ」
「そうかな」
「まわりは才能ある奴ばっかりだ」
「それはそうだね」
「もう情けなくってさ」
「でも、君だって才能あるよ」
「ないって」
「いや。あるって」
「どんな才能が?」
「ええと、ほら、他人の才能を引き出す才能」
「ああ。なるほど」
「なかなかのもんだよ」
「そうかな」
「そうさ。立派な才能だよ」
「まあ、才能と言えば、才能かな」
「でもさ」
「なんだよ」
「それって、ちょっとさびしくない?」
友人は黙ってしまった。
2012/12/30
金色の二頭立て馬車に揺られ
美しく着飾った女は夜更けに帰宅した。
女はひどく疲れていた。
舞踏会で多くの紳士たちと踊り過ぎた。
(もしも天井のシャンデリアが落ちてきたら)
踊りながら心配ばかりしていた。
(ドレスが赤く染まって、きれいかしら)
女は絹のドレスを脱ぎ捨て
化粧室の大きな鏡の前に立った。
まず美しい髪飾りを取った。
次に輝く首飾りをはずした。
高価な腕輪と指輪とイヤリングもはずした。
それから重いカツラを取り除いた。
さらに優美な曲線の眉を消し、
長くてセクシーな付けまつ毛をはぎ取った。
しばらくためらった後、女は
指でえぐるように片方の義眼を取り出した。
そして、諦めた表情のまま
象牙の入れ歯を口から吐き出すのだった。
さらにナイフを頬に当て
女は深くため息をつく。
(心にも化粧できたら、すてきなのにね)
2012/12/27
夜の繁華街をヨタヨタ歩いていた。
白痴の騒音がグルグル渦巻き、
狂った電飾がチカチカ瞬いていた。
酔っていた。
フニャフニャだった。
まるでクラゲみたいだった。
波に揺られるまま漂うだけで
冷たく発光したって注目もされない。
触手を伸ばしても空しいだけだ。
「あなたは神を信じますか?」
ふん。おめーが信じられねーよ。
「お兄さん。いい子がいるんだけどさ」
いい子なら、こんな街から逃げるって。
「ねえ、あたしと遊ばない?」
えーと、病気の感染遊びでしょーか?
かまわんでくれ。
放っといてくれ。
おれはクラゲなんだから。
骨も声帯もない。
心臓さえない。
胃袋はある。
なぜなら吐き気がする。
うう、気持ち悪い。
歩道の端にしゃがむ。
おれを見るんじゃない!
喉の奥に指を突っ込む。
口からしょっぱい水があふれ出る。
塩水の胃液だ。
歩道に拡がるしょっぱい水たまり。
どんどん出る。
止まらない。
戸惑う善良なる通行人。
車道にまで拡がり、タイヤが軋む。
警笛が鳴り響く。
さらに街を飲み込み、拡がってゆく。
どこまでも伸び続ける水平線。
・・・海だ!
目の前に海があった。
磯の香り。
潮騒が懐かしい。
おれは嬉しくなる。
もうすぐ海面が口まで届く。
このまま海に溺れたら
本当にクラゲになれるかもしれない。
2012/12/26
彼女は言う。
「明るさが怖い」と。
朝日を浴びると
目がくらむ。
日向に肌をさらせば
やけどする。
ほとんど外出できない。
一日中
家の中に閉じこもる。
明かりも点けず
雨戸閉めて震えるばかり。
かわいそうな女。
性格だって暗くなる。
家族にも好かれていない。
ある日、彼女
とうとう家を追い出されてしまった。
帽子をかぶり、
サングラスに手袋。
晴れた空に雨傘さして
日陰に隠れる。
犬に吠えられても
逃げられない。
怯えながら
じっと暗くなるのを待つばかり。
やっと夜になる。
それでも安心できない。
怪しげな男が近寄ってくるから。
「へへへ、お嬢さん。
ほら、これを見るんだ!」
でも、そういうの
彼女は平気だ。
だって、暗い男なら
彼女、ちっとも怖くない。
2012/12/18
「お願いがあるの」
かわいらしい少女でした。
「はい。なんでしょうか」
「いじめて」
天使のようにほほえむのです。
「あたしをいじめて欲しいの」
僕は返事に困りました。
「それはまた、どうして?」
「どうしても」
「どうしても、と言われても」
「あたし、いじめられたいの」
「いじめられたいの、と言われても」
「困ったわ」
「困りましたね」
少女は今にも泣きそうです。
「いじわる!」
うしろ姿がさびしそうでした。
すごく悪いことをしてしまったような気がしました。
「わかりました」
僕は覚悟を決めました。
「やってみましょう」
すると、天使が振り返りました。
「ほんと?」
白い翼さえ見えたような気がしました。
「うれしい!」
でも、僕には彼女をいじめる自信など
これっぽっちもないのでした。
2012/12/15
「こらっ! 酒を買ってこんかい!」
親父が怒鳴る。
「おカネないよ」
娘がつぶやく。
「なんか売ってカネにしろ!」
「売れるもの、なんにもないよ」
「おまえのカラダを売ればいいだろが!」
それで娘は家を追い出されてしまった。
夜の街角に立つ少女。
冬の冷たい風が吹き抜ける。
夏服の少女は凍えてしまいそうだ。
少女は通行人に声をかける。
「あたしのカラダ、どなたか買ってください」
中年男が立ち止まる。
「よし。その足、買った!」
少女は片足を売り、そのカネで酒を買う。
少女は片足になって家に帰る。
親父は酒を奪い、すぐに飲み干してしまう。
「もっと酒を買ってこい!」
「お金なくなったよ」
「もっとカラダを売ればいいだろが!」
再び夜の街角に立つ少女。
「あたしのカラダ、どなたか買ってください」
中年男が立ち止まる。
「よし。その足、買った!」
「この足は売れないよ。歩けなくなるから」
「それじゃ、こっちの手でいいや」
少女は片手を売り、そのカネで酒を買う。
少女は片手片足になって家に帰る。
親父は酒を奪い、すぐに飲み干してしまう。
「もっと酒を買ってこい!」
「お金なくなったよ」
「もっとカラダを売ればいいだろが!」
こうして同じことが繰り返される。
少女はカラダを売り、
中年男は少女のカラダを買い、
親父が酒を飲む。
少女にはもう売れるカラダが残っていなかった。
売れるところはみんな売ってしまった。
残しておいた片足まで売ってしまった。
それでは歩けないから
這ったり転がったりして進むのだ。
でも、泥だらけになって惨めな姿なので
もう誰も買ってくれないのだった。
夜の街角に転がる少女。
夏服も着れなくなって北風が身にしみる。
親切そうな中年男がマッチ箱をくれたけど
それを擦るための指はない。
少女は通行人に声をかける。
「あたしのイノチ、どなたか買ってください」