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2013/06/08
父が台所で料理をしている。
フライパンの上で卵焼きを作り
その上に切り揃えたほうれん章を載せ
さらに全体を筒状に丸めようとしている。
なかなかおいしそうだ。
だが、父の料理姿など見た記憶がない。
そもそも父は亡くなったのではなかったか。
いつの間にか、父の姿は消えている。
台所にいるのは母てある。
フライパンの上で牛肉を焼き
その上に切り揃えたねぎを載せている。
それから全体を筒状に丸めるのだろう。
「おいしそうだね」
母に声をかけると、小言が返ってくる。
「私はもう年寄りなんだから
もうすぐ動けなくなるんだから
料理くらい手伝ってくれてもいいのに」
またか、と思う。
親が動けなくなれば世話するしかないが
まだ動けるうちから世話する気になれない。
甘えているのではないか。
そう思うのだが
しかし、とも思う。
子どもが小さいうちは世話するしかないが
子どもが大きくなっても世話するのは
甘やかしではないか。
「手伝おうか・・・・」
だが、もう台所に母の姿はない。
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2013/05/26
ひとり、小学校の砂場で遊んでいた。
砂を寄せ集めて城を作るつもり。
なかなか立派な城ができそうだ。
城の中には美しい姫が幽閉されている。
敵国からさらわれてきたのだ。
姫は王子を待っている。
きっと白馬に乗ってやってくるはず。
(それは僕だ。お姫様を助けるのだ)
そんなこと考えていたら突然、
年上のガキ大将が背後から現れ、
砂の城を踏みつぷして逃げていった。
砂の上に靴跡がはっきり残った。
砂の中から雛人形の顔が覗いていた。
かわいそうに、雛人形の首は折れていた。
ひどいありさまだった。
こんな結末は絶対に許せなかった。
金属のハンドスコップを逆手につかみ、
僕は泣きながらガキ大将を追いかけた。
2013/05/05
秋でもないのにさびしくなってしまった。
やり切れない気分。
うまく説明できない。
三階のベランダから飛び降りてみた。
スタントマン顔負けの見事な着地。
少し気がまぎれたけど、それだけ。
銀行強盗もやった。
単独で成功した。
もともと失敗するはずがないのだ。
近所の公園で札束の焚き火をしただけ。
灯油をラッパ飲みした夜もあった。
翌朝、ひどい二日酔になって死ぬかと思った。
でも、昼になると空腹を感じてしまう。
つまり、健康なのだ。
なんの問題もない。
ちょっとさびしいだけ。
自由に束縛されているだけ。
なんでもいいけど
何かしていなけれぱどうしようもない。
絵を描いた。
詩も書いてみた。
でも、鑑賞してくれる人はいない。
ひとりもいない。
そう。
いないのだ。
ここにはもう、誰も。
2013/04/30
やらねばならないのに
やれない時がある。
してはならないのに
してしまう時もある。
そういう時が
殺し屋にも
たまにはある。
あいつを殺さなければならなかった。
生かしておく事は許されない。
選択の余地などなかったのだ。
なのに俺は
どうしても殺せなかった。
殺さなければ逆に殺される。
死ぬ覚悟などできていない。
なのに俺は
あいつだけは殺せなかった。
理由はわからない。
ところがだ。
今でも俺は
こうして息をしている。
そう。
あいつ、勝手に死んでしまったのだ。
あいつの最期の笑み、
あれはなんだったのだろう。
そう。
あいつも殺し屋だった。
俺なんかとても敵わないくらい
凄腕の殺し屋だった。
2013/04/24
野生の獣たちの話をしよう。
一頭の野生の雄のヒョウがいた。
こいつが子連れの雌のヒョウに近づいた。
そして、しきりに挑発した。
ところが、雌ヒョウは乗ってこない。
母親としての自覚があるから。
そこで雄のヒョウは雌ヒョウの子を殺した。
愛くるしいばかりのヒョウの子を。
さらにそれを食べてしまった。
ひどく空腹でもあったから。
すると雌ヒョウは母親でなくなった。
ただの雌に戻ってしまった。
すぐに発情し、交尾した。
我が子を殺したそのヒョウと。
我が子を食べたそのヒョウと。
そして、そのヒョウの子を孕んだ。
野生であるとは、つまり
そういう事だ。
2013/04/14
黒煙をモクモクと吐きながら
真っ黒な機関車が迫りくる。
線路はまっすぐ
私の胸へと続いている。
そうなのだ。
私の胸には大きな穴があいている。
大きくて暗くて深くて
どうしようもない。
ああ、本当にもう
どうしようもない。
列車の振動で頭が痛い。
線路の枕木では眠れそうにない。
鋭い警笛が鳴る。
見上げれば青い空。
今、黒い機関車が
トンネルの穴に突き刺さる。
深くて暗い穴の奥に
列車は飲み込まれてしまう。
その後の黒い機関車の行方を
私は知らない。
トンネルから抜け出たという話は
まだ聞いた事がない。
あるいは、モクモクと
黒煙を吹き上げながら
まだ暗いトンネルの中を
今でも駆け続けているのかもしれない。
そう言えば
トンネルに出口はあったのだろうか。
どうもよくわからない。
自分の背中は見えにくいものだから。
それはともかく、これからは
あんまり線路に近づかない事だ。
踏切の手前でのんびり待っていても
不意に遮断機に
首を切り落とされるかもしれない。
落ちた自分の首を
自分の手で拾うなんて
まったく、まったく
まったくもって
やり切れない気分になるに違いない。
2013/04/11
ルルという名の女の子の話だ。
あの頃、僕もまだ男の子だった。
もうルルには二度と会えない。
会えたとしても、もうルルじゃない。
どうして別れてしまったんだろ。
ルルの写真は一枚も残っていない。
だから肖像画を描いてみたりする。
でも、いくら描いてもルルにならない。
どこかしら微妙に違う。
どうして別れてしまったんだろ。
ルルのいた家はまだそこにある。
けれど、全然知らない家族が住んでる。
あの窓にルルの笑顔はない。
あの窓にルルの泣き顔もない。
どうして別れてしまったんだろ。
2013/03/26
そのカタログには
女の子たちの写真が掲載されている。
水着姿、学校の制服姿、着物姿など。
身長やプロポーションの表示もある。
それから、簡単なプロフィール。
出身地、生年月日、家族構成、趣味など。
なんとなく僕は彼女に興味を持つ。
なにを好み、なにを好まないか。
なにを考え、なにを考えていないか。
なにを経験し、なにを経験していないか。
それらについて確認したくなったので
僕は彼女を注文することにした。
さっそく販売元に連絡してみる。
すると
「申し訳ありません。
彼女、失踪してしまいました」
との事。
あっ、そう。
2013/03/23
雌雄のつがいとして檻に入れられた。
「近頃のは、交尾のやり方も知らないのよ」
「本当ですか。困ったな」
「よく教えてやってね」
まったく、檻の外の奴らめ!
やり方なんか知ってる。
押しつけられた相手とやりたくないだけだ。
「危険物は与えないこと。自殺するから」
「共喰いはしないでしょうね」
「エサを十分に与えておけば心配ないわ」
「自分の体を食べたりしませんか」
「たぷんね。エサが十分なら」
ふん。勝手なことを。
いつか、おまえらをエサにしてやる。
檻の前には注意表示があった。
エサ、道具、本などを与えないこと。
話しかけないこと。返事もしないこと。
卑猥な写真などを見せないこと。
あからさまな挑発は慎んでください。
ふざけるな!
あからさまに挑発してるじゃないか。
だんだん腹が立ってきた。
檻の鉄格子をつかんで両腕にカを込めた。
そして、大声で怒鳴ってやった。
「ワン!」
2013/03/17
路傍に咲く可憐な花だった。
「お願い。あたしを摘んで」
そうつぶやいたような気がした。
根こそぎ抜き、家に持ち帰った。
すぐに小さな鉢に植えてやった。
「ありがとう。救われたわ」
可憐な声で花がしゃべった。
「あそこ、土ぼこりがひどかったの」
その花には表情まであった。
「踏まれる危険もあったし」
ただ黙って見つめていた。
いつまでも花はすしゃべり続げた。
今年の変わりやすい天候の話。
自動車や通行人への非難。
ノラ猫とノラ犬の習性の違い。
「お水ちょうだい。喉がカラカラ」
そうであろう。
二時間もしゃべり続けていた。
「いやだ」
おれは冷たく言ってやった。
「どうして?」
「おまえはしゃべりすぎる」
「だって、黙っていられないのよ」
「枯れたら黙るしかあるまい」
「いやよ。助けて!」
花は悲鳴をあげた。
かすれた悲鳴であった。
立ち上がって部屋を出る。
台所でコップに水をくむ。
部屋に戻って花を見下ろす。
花は黙って見上げるばかり。