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2008/12/16
あちこちに抜け殻が落ちている。
注意しなければ抜け殻とは気づかない。
壁に向かって立っていたりする。
石段の途中に腰かけていたりする。
まったく動かないのが特徴のひとつだ。
手で触れてみれば誰でも気づく。
紙風船のように簡単につぶれてしまうから。
無邪気な少女の抜け殻を見つけた。
橋の下の川原で逆立ちしていたのだ。
まだ温もりがかすかに残っていた。
抜け出た者がまだ近くにいるはずだ。
少女が似合わなくなったのか。
無邪気でいられなくなったのか。
それとも、どちらも失ってしまったのか。
2008/12/14
廃墟を走っている。
荒涼としたモノクロの迷路。
崩落したアリの巣を連想させる。
働きアリはどんな気持ちで走るのか。
そんなつまらない疑問が浮かぶ。
きっと走るしかないから走るのだろう。
ともかく、廃墟を走っている。
生き残るために競走している。
ある定められた過酷なコースを
速く走り抜け、
早くゴールインすることで
生きるか死ぬか決まってしまう。
途中、競争者を蹴落としてもかまわない。
実際、あちこちから石が飛んでくる。
腹が立ち、あちこちへ石を投げ返す。
石はいたるところに落ちている。
いにしえの建物から崩落したものだ。
やがて、走るどころではなくなる。
殺し合いになる。
珍しくもない。
いつものパターンだ。
ゴールがあることなど忘れてしまう。
つまるところ
競走者がいなくなればいいのだ。
とりあえず、それで問題は解決する。
それが主催者側の望む結果でもある。
あるいは、これは夢かもしれない。
うすうす気づいてはいるのだが・・・・・・
しかし、今すぐに目を覚ましてはいけない。
なぜなら、このまま目を覚ますと
意識が現実へ去った抜け殻の自分が
競走者の手で殺されてしまうから。
なぜか、それはどうしても
避けなければならないことのような気がする。
悪夢のような廃墟を走りながら
手ごろな石が落ちてないか必死に探す。
不思議なことに
あえて探そうとすると
なかなか手ごろな石は見つからないものだ。
2008/12/05
入院すれば必ず死ぬのであった。
退院するのは死体に決まっていた。
院内には死に至る伝染病が蔓延していた。
皮膚に斑点が浮き出たら、もう絶望的だった。
野戦病院という名の傷病兵捨て場なのだった。
医師も看護婦もみんな死んでしまった。
それでも治療と看護は続けられていた。
知能を備えたシステムが働いているのだ。
生きている限り患者を生かそうとする。
生体反応が消えたら、院外に排出する。
それだけの単純なシステムだった。
病院の裏には死体の山ができていた。
すでに病院より大きな山になっていた。
死体にはすべて防腐処理が施されている。
だから死体はあまり崩れていなかった。
体のどこかの部位を失っているもの。
どこか割れたり裂けたりしているもの。
どこか膨らんだり爛れたりしているもの。
皮膚に斑点があるだけでなんともないもの。
それらの死体によって山が築かれていた。
あまりにも救いのない風景だった。
私は、ある特殊な任務をおびていた。
野戦病院の死体の山を処分すること。
それが私に与えられた任務だった。
気が滅入らないはずがなかった。
まだ戦闘に参加する方が気が楽だろう。
だが、任務の遂行は絶対命令なのだった。
死体の山を処分する前にすることがあった。
野戦病院のシステム修正作業である。
死体の山を処分するだけでは切りがない。
山を築かないシステムにする必要がある。
これについては、私に考えがあった。
まず死体を円盤状に圧縮成型するのだ。
それから、この円盤を冷凍処理する。
ただし、防腐処理の工程は省略する。
これでカチカチの死体円盤ができあがる。
そして、これを院外へ放出するのだ。
死体排出口も改造しておく必要がある。
円盤が遠くまで地面を転がり続けるように。
病院から遠く離れてから倒れるように。
上り方向に対しては水平に滑空するように。
これで死体はあちこちに分散するだろう。
どこにも死体の山は築かれないはずだ。
死体は自然解凍され、自然に腐る。
やがて自然な土になる。それで完了。
システムとして問題なさそうだ。
現在、システムの修正作業は進行中だ。
すでに修正内容の指示は済んでいる。
あとはシステムの知能に任せておけばいい。
私は、先に死体の山を焼くことにした。
死体の山は不快であり、邪魔でもある。
それに処分できなくなるかもしれない。
私の皮膚に斑点が浮き出てきたのだ。
死に至る病に私も感染してしまったらしい。
死体を処分する者が死体になるわけだ。
戦争が終わったら笑い話になりそうだ。
それでも、せめて任務だけは遂行したい。
なんのために死ぬのか納得して死にたい。
任務の遂行だけなら簡単なことだ。
山の死体を傷病兵として再登録すればいい。
システムが判断して円盤に加工するだろう。
だが、あまりにもかわいそうではないか。
死んでから円盤にされるなんて。
さらに地面を転がされたり、空を飛ばされたり。
しかも防腐処理済みだから、なかなか腐らない。
いつまでも円盤のまま。
いくら死体でも死にたくなるに違いない。
できるだけ普通に焼いてやりたいのだ。
それで私の罪滅ぼしになるとは思わない。
それが私の最期の生きがいなのだ。
おそらく円盤の第一号は私だろう。
うんと遠く、敵陣まで転がってやるつもりだ。
2008/12/03
列車は深い闇の底を走っていた。
おれは疲れ果て、眠りかけていた。
突然、隣席の女が吠えた。
驚いたのなんの、猛獣かと思った。
「ご、ごめんなさい」
思わず謝ってしまった。
寝ぼけて迷惑かけたと思ったのだ。
体も顔も小さな女だった。
「す、すみません」
女も謝ってきた。可憐な声だった。
「どうしたんですか?」
尋ねると、うつむいてしまった。
細い肩が震えていた。
そこに手を置くべきかどうか迷った。
やがて、女は小さな声で呟いた。
「思い出してしまったの」
こちらは首を傾げるしかない。
「なにを?」
女の声は、ますます小さくなった。
「どうしても忘れたいことを」
2008/10/13
さりげなく空は晴れていた。
それらしい校舎の前にはグラウンドがあり、
運動着姿の少年少女たちがいる。
運動会であることを疑う理由はない。
「みんな呼んでる。早く行こう」
ひとりの少年が走り出した。
それを同級生たちが追いかけてゆく。
ひとりぼっちになっていた。
ひとり遅れてグラウンドの土を踏む。
グラウンドの両サイドには人垣があった。
こちら側は赤い帽子を全員かぶっている。
おそらく赤組という集団であろう。
向こう側の白っぽい人垣は白組に違いない。
赤組のすぐ近くの芝生に腰をおろす。
ブルマー姿の少女たちが立っている。
見覚えのある少女が話しかけてきた。
「いままでどこにいたの?」
そういえば、どこにいたのだろう。
「さあ、思い出せない」
少女は呆れて、少女らしい呆れ顔をする。
まわりの少女たちも寄ってきた。
「どうしたの?」
「こいつ、おかしいんだよ」
「あら、もともとじゃない」
「ひどい。それって」
少女たちは笑う。
みんなとてもかわいいな、と思う。
でも、一番好きな少女の姿はない。
あの子は白組にいるのかもしれない。
もっとも彼女は話しかけてくれない。
こちらからも話しかけたりしない。
黙って芝生に寝転ぶ。
空を見上げれば、白い雲が浮いている。
そのまま目を閉じる。
まぶたの裏側は、燃えてるみたいに赤い。
子どもたちの声援が、随分と遠くに聞こえる。
このままではいけないような気がする。
こんなに運動しない運動会なんて。
2008/10/04
あるところに、父のない子がいた。
おとなしくて、じつにやさしい子で
文句も言わず、母の手伝いをするのだった。
「おまえは本当に良い子だね」
母に頭を撫でられるのが、得意であった。
ところがある日、母のない子に非難された。
「おまえなんか、親の良い子でしかない」
それから、良い子でなくなってしまった。
頼まれても、母の手伝いをしなくなった。
どうしたのだろう、と母は心配になった。
だが、母のない子は感心しない。
「そんなの、親の良い子でないだけだ」
それから、悪い子になってしまった。
母を殴ったり蹴ったりするようになった。
あまり痛くなかったが、母は泣いてしまった。
さすがに母のない子は感心した。
「おまえは本当に悪い子だな」
それから、泣く女の背を撫でてやるのだった。
「心配するな。おれが守ってやるから」
2008/10/02
ある山奥にひっそりと小さな村があった。
その村をかすめるように
一本の細い谷川が流れていた。
ある年の春、
谷川のほとりに娘がいた。
村の者ではなかった。
戦火の都から逃れてきたのだった。
娘は長老の家に世話になることになった。
娘は働き者だった。
この年の夏、
まったく雨が降らなかった。
そのため、谷川の水は涸れてしまい、
わずかばかりの田畑は干からびてしまった。
村人の暮らしは苦しくなった。
「あの娘がいるからだ」
「そうだ。よそ者は出てゆけ!」
毎日いじめられ、
娘はいたたまれなくなった。
ある晩、
娘はこっそり村を出た。
干上がった谷川の底を泣きながら下った。
翌朝、
待ちに待った雨がついに降り、
谷川の底に水が流れ始めた。
「やっぱり、あの娘のせいだったな」
村人たちの喜びは大変なものであった。
雨は降り続いた。
谷川に水も増え続けた。
いつまでも休みなく雨は降り続いた。
そして
その年の秋、
この小さな村は
谷川からあふれ出た水に
跡形もなく押し流されてしまった。
2008/09/27
神々がまだ幼かった頃のお話です。
闇の女神はいつも暗く沈んでいました。
そんな女神に光の神が興味を持ちました。
(どうして暗く沈んでいるのだろう?)
光の神はいつも明るく輝いていたのです。
光の神は女神に近寄りました。
すると、闇の女神は遠ざかるのでした。
闇の女神は光の神が信じられないのでした。
(なぜ明るく輝いているのかしら?)
光の神は女神を追いかけました。
闇の女神は光の神から逃げました。
でも、光の神の足はとても速いのです。
すぐに光の神は女神に追いつき、
背後から闇の女神を抱きしめました。
哀れな女神は悲鳴をあげ、
そして、それが闇の女神の最期でした。
あまりに強い光に照らされたため、
闇の女神は消滅してしまったのです。
光の神は呆然としました。
わけがわからないのでした。
そして、失って初めて気づくのでした。
闇の女神を愛していたことを・・・・・・
以来、光の神はほんの少し暗くなりました。
神々がまだ幼かった頃のお話です。
2008/09/21
小さな娘が大きな声で泣いていました。
いつまでもいつまでも泣き続けるのでした。
村人たちが心配そうに声をかけます。
「ねえ、どうして泣いているの?」
しゃくりあげながら、娘がこたえます。
「だって、みんな、かわいそうだから・・・・・・」
村人たちは顔を見合わせました。
そよ風に稲穂の波がゆれます。
「なにがかわいそうなの?」
ますます大きな声で娘は泣くのでした。
「だって・・・・・・」
はなをすすりながら言うのです。
「あたいが、こんなに泣いてばかりいるから・・・・・・」
案山子みたいな顔の村人たちに見守られ、
娘はいつまでも、ただ泣くばかり。
2008/09/15
地面に糸が落ちていた。
ありふれた白い糸であった。
ただ、おそろしく長いのだった。
どこまでもどこまでものびている。
その糸の端を持って引っ張ると
スルスルと糸が引きずられてくる。
途中で切れそうな気がして
手に巻きつけながら糸の先を追う。
そのうち、手が痛くなってきた。
手に巻くのは諦め,糸を解き、
落ちている糸を目で追うだけにした。
それにしても丈夫な糸だ。
車道を横断しているのに切れていない。
人の足首に絡まっていたりもする。
「あの、足に糸が絡まってますよ」
好みの女性だったから注意してやった。
「あら、気がつかなかったわ」
平気そうな顔をするのだった。
まるで糸なんか見えていないみたいに。
まあたしかに、ただの白い糸ではある。
赤い糸なら運命を予感しそうなものだが、
そういう期待はできそうになかった。
歩き疲れ、とうとう日が暮れてしまった。
白い糸は暗闇の向こうへ消えている。
しばらく迷ったが、結局、追求は諦めた。
明日からはネクタイ締めて社会人だ。
糸なんか追ってる場合じゃない。
おそらく、どこまでものびているだけさ。
そう自分に言い聞かせ、帰宅した。
それだけ。つまらない白い糸の話さ。