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2009/02/15
たくさんの虫を飼っていた。
でも、みんな坊ちゃんに殺された。
竹細工の虫籠ごと踏み潰されてしまった。
私の兄の大切な形見だった虫籠。
虫の好きな私のために兄が作ってくれた。
それを坊ちゃんが壊してしまった。
あの坊ちゃんの目が忘れられない。
血走って、奥まで暗くて、恐ろしげな眼。
坊ちゃんが私を憎んでいるのは知っていた。
私が坊ちゃんより虫を愛しているから。
私が坊ちゃんを愛していないから。
虫籠を踏み潰された夜、私は泣いた。
虫たちが可哀想だったからではない。
虫籠が壊れてしまったからでもなかった。
わかってしまって、悲しかったのだ。
こんな、みなし児で愚かな私も
あんな、金持ちで賢い坊ちゃんも
みんな、虫籠の虫なんだ、と。
2009/01/29
なんとか車道を横断することに成功した。
と思ったら、歩道で男にぶつかった。
「ちぇっ、ついてねえな」
唾を吐き捨て、そのまま男は歩み去ろうとする。
「おい。それはないだろ」
声をかけたが、男は振り向きもしない。
またか。
ため息が出てしまう。
また無視されてしまった。
どうして私はこうも無視されるのか。
存在感がないのは、よく知っている。
もともと目立たない子どもだった。
学校では友だちもできなかった。
誰も私と一緒に遊んでくれないのだ。
授業中に指名されたこともなかった。
教師が私を無視するからだ。
カウンセラーに相談しても無駄だった。
「僕、みんなに無視されるんです」
「はい。次の人」
近頃、ますます目立たなくなってきた。
ついに親兄弟にまで無視されるようになった。
きっと僕が死んだって
ハエの死体ほどにも感じてくれない。
こんな状態では働くこともできない。
もっとも、衣食住で困ることはないけどね。
裸で往来を歩いても注意されないから。
万引きとか家宅侵入だって平気だ。
たとえ見つかっても
盗品を返せば問題にならない。
盗品の方が私より存在感があるわけだ。
映画館は入場券がなくても入れる。
私の存在感は、ほとんど路傍の石。
透明人間より便利かもしれない。
覗き見できるし、痴漢で捕まる心配もない。
そう考えると、少しは気が楽になる。
しかし、いまだに仲間も友だちもいない。
もちろん、恋人なんかいるはずない。
さびしくない、と言えば嘘になる。
けれど、それほど不満は感じない。
けっして強がりではない、と思う。
強がっても、どうせ無視されるし。
2009/01/22
お城の近くにおばさんが住んでいました。
ひとり暮らしのおばさんは
なぜか一匹の蛙を飼っていました。
とても醜い蛙でしたが、
それでも喜んで飼っていました。
おばさんは冗談好きでした。
「魔法で蛙にされた王子様なのよ」
もちろん誰も信じてくれませんが、
おばさんは笑っていました。
ある夜、おばさんの夢に蛙が現われました。
「おばさん、キスして。魔法がとけるから」
目覚めると、おばさんは醜い蛙の口に
そっと唇で触れてみました。
すると、おばさんは蛙になりました。
「あなたは蛙の国のお姫様だったのです」
醜い蛙の王子はかしこまり、
うやうやしく蛙の姫に頭を下げました。
2009/01/20
裏山の畑に妖精が生えた。
トンボの羽、ハチドリの口、リスの尻尾。
妖精でないとしても、野菜でもない。
畝にきちんと並んで生えていた。
ニンジンの種を蒔いたはずなのに。
「どれ。一本、食べてみるか」
引き抜くと、妖精は悲鳴をあげた。
根元から赤い雫が垂れ落ちた。
「あれま。まだ早かったかな」
もとどおりに植えなおしておいた。
村祭りの後、また裏山にのぼった。
畑には妖精の姿はなかった。
畝には穴がきれいに並んでいた。
今度は遅すぎたのだ。
植えなおした一本だけが倒れていた。
すっかり枯れて、見る影もない。
「うまくいかねえもんだな」
畑に腰を下ろし、空を見上げた。
奇妙な鳥の声がこだましていた。
2009/01/18
最初、ひとりで探していたんだ。
「なにを探してるの?」
「大切なもの。うまく言えないけど」
「それって、見つかりそう?」
「わからない。難しいだろうね」
「ふたりで探したらどうかしら」
「君、一緒に探してくれるの?」
「うん、いいわよ」
それで、ふたりで探し始めたんだ。
でも、なかなか見つからなかった。
「私たち、なにを探しているの?」
「それを見つけたらわかるさ」
「もう疲れちゃった」
「いいよ。ひとりで探すから」
「ねえ、三人ならどうかしら」
「それ、どういう意味?」
「赤ちゃんができたの」
探す暇がなくなってしまった。
娘が生まれ、父親になったから。
「かわいいわね」
「うん、かわいい」
「きっと、この子よ」
「なにが?」
「探していたのは、この子よ」
「そうかな」
「そうよ。そうに決まってるわ」
そうかもしれない。
そうでないかもしれない。
でも、他に考えられないから
とりあえず、そう思うことにしたんだ。
2009/01/14
腹を空かせた家出少年が
路地裏で見つけたのだ。
空中に浮かぶ穴など
少年は知らなかった。
(食べ物があるかもしれない)
少年はやせた片腕をのばした。
穴の中にはなにもなく
空っぽだった。
腕を引くと
手首から先がなくなっていた。
断面には痛みも出血も
傷跡もなかった。
もともとなかったみたいな感じだった。
少年はわけがわからなかった。
外に置き去りにされたような気が
するばかりだった。
2009/01/13
毎日、少しずつ、床下に穴を掘ったものだ。
それは監獄から脱出するための穴。
よく掘ったものだと、われながら感心する。
苦労の末、ようやく脱獄できたわけだ。
けれど、外に出たら、もう穴を掘る気はしない。
当然だ。
なぜなら、穴を掘る意味がない。
いくら褒めてくれても、できないのはできない。
あの監獄に再び戻るつもりもない。
そんなの不自然だし、インチキだ。
帰ってくれ。
墓穴を掘るつもりはない。
2009/01/07
とりあえず拾ってきちゃった。
「ほら、なんか喋ってごらん」
「おねえさん、きれいだね」
へえ、よくしつけられてるじゃない。
「おまえ、捨てられたの? 飼い主は?」
「・・・・死んじゃった」
いいねいいね。泣かせるね。
「おまえ、おなかすいてる?」
「うん」
「これ、食べる?」
「いらない」
「どうして?」
「だって、へんなにおいがするんだもん」
もちろん、すぐに捨てたわよ。
2008/12/25
都会の空はギザギザに切り抜かれている。
さも軽蔑するかのように見下ろす高層ビル群。
奴らから見れば、おれたちは地面を這う蟻か。
最初、それは高層ビルが吐き捨てたツバのようだった。
なにか真上から落ちてくるのに気づいたのだ。
ぶつかる瞬間にそれが女だとわかった。
おれはまともに歩道に叩きつけられた。
だが、すぐにおれは立ち上がった。
「君、大丈夫?」
倒れている女に声をかけた。
「うん。大丈夫みたい」
すぐに彼女も立ち上がった。
彼女は裸足だった。
ミニスカートの汚れが気になるらしい。
「靴は?」
「ええと、屋上に置いてきちゃった」
平気そうな顔をしている。
「あなたこそ、大丈夫?」
落ちてきた彼女と激しく衝突したのだ。
死んだとしても不思議ではない。
「そういえば、なんともない」
むしろ、死んでないのが不思議だ。
「大丈夫?」
人々がまわりに集まってきた。
「大丈夫?」
一部始終を見ていたのだろう。
「大丈夫?」
おれは女の手首をつかんで引っ張った。
「逃げるんだ」
「どこへ?」
「知るもんか!」
そのまま女と駆け出した。
とにかくここから逃げなければ。
高層ビルなんか見えなくなるところまで。
一刻も早く、一歩でも遠くへ。
絶対、どこか間違っているのだから。
大丈夫であるはずなんか
ないのだから。
2008/12/20
いまわの際の枕元に娘を呼んだ。
「もっとこっちへ」
「はい。お父さん」
「なあ、おまえ」
「はい」
「いい女になったな」
「いやだわ。お父さんたら」
「おまえに話しておくことがあるんだ」
「なにかしら。お父さん」
「じつはな」
「はい」
「おまえは、わしの本当の娘ではない」
「・・・・・・」
「わしと血がつながっていないのだ」
「・・・・・・」
「いままで隠しておいて、悪かった」
「お父さん」
「許しておくれ」
咳き込んだ。
舌に腐った血の味がした。
「お父さん」
「もうすぐ、お迎えが来る」
「じつは、私もね」
「うん」
「お父さんに、隠してたことがあるの」
「なんだい」
「ごめんなさい」
「話してごらん」
「あのね、お父さんはね」
「うん」
「じつは、私の本当の父親じゃないの」
「・・・・・・」
「お父さんは、私とね」
「・・・・・・」
「血のつながりがないのよ」
「う、嘘だ!」