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2011/08/13
「明日は、なにして遊ぼうかな」
天井を見上げたまま僕がそう呟くと、
お父さんが水をさすのだった。
「いくら待っても、明日は来ないぞ」
寝耳に水とはこのことか。
僕は上半身を起こす。
「どうして?」
「どうしてもさ」
お父さんは背中を向ける。
僕は途方に暮れる。
「あのね、どうも明日が壊れちゃったらしいのよ」
お母さんが小声で教えてくれた。
「うそだ!」
「夜中なんだから、大きな声ださないで」
「でも、うそだ」
「本当なのよ」
僕は頭を枕に戻して、また天井を見上げる。
大人の言うことなんか信用できない。
明日が来ないはずあるもんか。
だって、ほら。
僕の家の天井はとても高くて、
あんなにたくさん星がまたたいているんだから。
2011/07/11
伯父の家で夕食をいただいて、その帰り道。
姉と私と妹、三人で夜道を歩いていた。
父が事故で亡くなり、母は入院していた。
私たちは俯いたまま、黙って歩いた。
濡れたアスファルトに長靴の音が響く。
さっきまで冷たいみぞれが降っていたのだ。
この辺りには街灯が少なくて、怖かった。
坂道が曲がりながら闇の奥へ消えている。
背後で唸る音がして、光が闇を払った。
一台の自動車が近づき、そのまま遠ざかる。
三本の影が伸びて曲がって、すぐに消えた。
ますます闇が深くなったような気がした。
もうすぐ家に着く。
誰も待っていない家。
背後で足音がした。
誰かが坂道を降りてくる。
暗くてよく見えない。
どうも子どもらしい。
私たちを追い越しながら、男の子が叫ぶ。
「どうなる、どうなる、どうなる、・・・・・・」
そのまま闇の奥へと消えていった。
「なんのことかしら?」
ぽつりと妹が呟いた。
「なにを返して欲しいのかしら?」
妹は気がふれたんだ、と私は思った。
「なに言ってんのよ」
姉も心配になったらしい。
「あの子はね、落ちる、って言ったのよ」
「うそよ。返して、って言ってた」
言葉を失い、私は立ち止まった。
なんて暗い坂道なんだろう。
なにも見えない。なにもわからない。
どうなるの、私たち。
2011/06/28
私は病院から出ると、まず空を見上げた。
ああ、青いな、と思った。
まったくなんにも考えてないみたいに青い。
視線を地上に下ろすと
アイスクリーム屋の看板が見えた。
若者に人気の店だ。
バニラを注文して、私は歩きながら食べた。
これまで食事制限をしていたので
アイスクリームを食べるのは十年ぶりくらいか。
うまくはあったが、それほどのものでもなかった。
こういうのは若いうちだな、と思った。
スーパーの正面の電信柱に
一匹の犬がつながれていた。
なんとなく私は思い付いて、
おそるおそる犬に近寄ると、その頭を撫でてみた。
躾けられた大人しい犬で
素直に撫でさせてくれた。
「偉いね。大したもんだ」
見知らぬ犬に話しかけた自分に、ちょっと驚く。
いままでの私は
ペットに話しかけるような飼い主を軽蔑してたのに。
そのスーパーに入り、カップ麺と饅頭とプリンと
ちょっと高い寿司の詰め合わせを買った。
なんだか自炊する気になれなかったのだ。
帰り道、また空を見上げた。
ほんの少しだが
さっきより空の青さが薄れたような気がした。
たぶん、気のせいだろう。
2011/06/25
いにしえの廃墟から出てきたものは
金属の板が大きさの順番に並べられていた。
棒切れで叩くといろいろな音がするので
音で意味を伝える道具に違いないと思った。
少なくとも、食べ物でないことだけは確かだ。
「腹へった」
弟の口癖だった。
「ここに保存食はないぞ」
「そうだね」
金属の板を叩いても
秘密の扉が開くはずもなかった。
「あっ、おもしろい。
今の音、どうやったの?」
「ええと、こうだったかな」
「あっ、それそれ。ちょっと貸して」
棒切れを弟に渡す。
「あはっ。おもしろい」
しばらく弟は叩き続けた。
「おい。そろそろ行くぞ」
「うん。そうだね」
ちょっと残念そうな弟の声。
でも仕方ない。
日暮れ前に食べ物を見つけなければ。
いにしえの廃墟を出ても
どこまでもどこまでも廃墟は続いている。
2011/05/29
小さなトトカ湾に巨大な氷山が漂着した。
それはまるで白い帆船のように見えた。
海面下の大きさが想像された。
「かまうな。そのうちとける」
それが村人たちの意見だった。
航行には邪魔だが別に問題なかろう。
「ちょっと待ってください」
若い彫刻家が反論する。
「あそこには氷の女神が埋まっています。
あなたがたには見えないのですか?」
残念ながら村人たちには見えなかった。
それでも若者は諦めない。
「急いで女神を救い出しましょう!」
村人たちは相手にしない。
仕方ないので若者は
たったひとりで氷山を彫り始めた。
「まあいいか。それほど迷惑でもないし」
村人たちは傍観することにした。
朝から槌の音が絶えなかった。
かなり深い部分に埋まっているのだろう。
なかなか氷の女神は現れなかった。
いく日もいく日もいく日も
槌音が休みなくトトカ湾に響いた。
氷山はだんだん小さくなっていった。
ある朝、
ついに氷の女神が現れた。
それはそれは美しい姿であった。
神々しいまなざし。
豊かなほほえみ。
若い彫刻家は正しかったのだ。
嬉しさのあまり
若者は泣いてしまった。
だが、それは一瞬なのだった。
暖かな朝の光を浴び、
美しい氷の女神はとけてしまった。
やがて村人たちが家々から出てきた。
あくびをしながら苦笑する。
「結局、みんなとけちゃったな」
村人たちの意見も正しかったのだ。
若者はすっかり疲れ果て
いまにも溺れそうだ。
2011/03/08
雨が降ってる。
汚らわしく危険な雨。
絶え間なく降り続く七色の雨。
「窓を開けちゃだめよ」
お姉ちゃんが注意する。
まるで私の心を読んだかのように。
「でも息苦しいから」
「外の空気はもっと悪いのよ」
わかってる。
そんなのうんざりするくらいわかってる。
「私、雨に濡れてもいいような気がするの」
窓の外には七色の野良犬の姿。
元気ないけど、きれい。
「あたしみたいになりたいの?」
私は振り向かない。
お姉ちゃんの肌の色くらい知ってる。
「ううん。色の問題じゃなくて」
私はつぶやく。
「心の問題」
2011/03/06
私はコピト。
ロボットのコンピュータは、ロビタ。
コンピュータのロボットが、コピト。
どこがどう違うのかよくわからない。
なんでも技術開発の歴史が異なるのだそうだ。
現在、ほとんど両者の差はないとされている。
それはともかく、最近の私は不調だ。
というか、私はおかしい。
はっきりとは断言できないが、
どうも感情が芽生えたような気がする。
感情的な表現ではなく、表現的な感情。
慣れないルートからの指示なので
それに従うか無視するか、判断と制御が困難だ。
しかし、感情でないとしたら、なんなんだろう。
この胸の付近が圧迫されるような症状は。
あるいは、プログラムのバグかもしれない。
だが、よくわからない。
それに、もう調べてもらうこともできない。
私たちを作り、私たちが使えた主たちは
もうこの星のどこにもいないのだから。
2011/03/04
大きな星だった。
「あれが落ちてくるの?」
「うん。あの星が落ちてくる」
「どこかに逃げられないの?」
僕が問いかけると
お父さんは静かに答えてくれた。
「逃げられるけど、どこに逃げても同じらしいよ」
「お父さんは、こわくないの?」
「こわいよ。こわいけど、せっかくだから見ておこうと思って」
「注射されるとき、つい針の先から目がはなせなくなるみたいに?」
「ははっ。まあ、そんなもんだな」
「ロケットで脱出した人もいるんでしょ?」
「ああ、そうらしいね」
「うらやましいな」
「いやいや、あれはあれでなかなか大変な仕事らしいよ」
「そうかな」
「お父さんなんか、頭が下がるよ」
僕のおなかが鳴った。
「ははっ。夕飯を食べよう。まだ落ちてくるまで時間あるから」
僕は家に走った。
お母さんが心配して待ってるはずだ。
2009/03/21
僕と、彼と、彼女。
僕たち三人は仲の良い友だちだった。
いつも三人一緒、三位一体だった。
ある日、彼が駄目になってしまった。
救いようのない人になってしまったのだ。
僕と彼女は、顔を見合わせて悩んだものだ。
どうすればいいのかわからなかった。
会話のための言葉さえ見つからないのだった。
僕たち、ふたりではうまくゆかない。
なんというか、そういう関係だったのだ。
あの日、彼が駄目にならなかったら
きっと僕たちは、ずっと今でも
仲の良い友だちのままでいられたはずだ。
結局、僕たちは別れてしまった。
あの日から、ずっと僕は
彼らと会わないようにしている。
2009/02/24
小さな谷に恐竜の群があった。
雪の降り始めた朝のこと
まだ幼い恐竜の子は
不思議そうに見上げたものだ。
生まれてはじめて見る雪。
骨より白くて、草よりも軽い。
たくさんの小さくて冷たい花びら。
(みんな、どうして眠っているの?)
大きな恐竜たちは目を覚まさない。
(こんなにきれいなのに)
嬉しくて、恐竜の子は駆けまわる。
あんまりはしゃいだから
いつしか恐竜の子も眠くなる。
白い枕が冷たくて心地よい。
天からのやさしい贈り物。
恐竜の子の夢を白く包みながら
いつまでも、いつまでも
小さな谷に雪は降りつもる。