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2012/06/23
さて、おれは勇者だ。
買ったり拾ったり奪ったりした
チンケな武器を携え、
姑息とも言えるような
怪しげな能力を身に付け、
裏切らないよう洗脳されてるらしい
信頼できる仲間も得て
ひねくれた謎を解いたり、
あまり芸のない怪物を倒したりの
お定まりの苦労の末、
旅の最終目的地である敵の城に
とうとうやってきたわけだ。
心優しい絶世の美女という噂の
ええと、その
ちょっと名前は忘れてしまったが
つまり、なんとか姫が
ここに囚われているはずなのだ。
これから、そのお姫様を
勇者様が救出することになっている。
・・・・・・とまあ、なぜか
そういうことになっているわけだけどさ、
ここまで来て
いまさらなんだけどさ、
なんだか
かったるいんだよね。
どうも
やる気になれんのよね。
だいたいだよ、
世間の噂なんか当てにならないし、
そもそも
こんな悪の巣窟みたいなところに
美女が囚われていたら
どう考えたって
無事でいられるはずないよな。
うん。
まず絶対に
なんかされちゃってるよ。
それに案外、
彼女、本性あらわしてさ、
結構よろしくやってたりして・・・・・・
ふん。
まあ、なんにせよ
いまさら名誉とか出世とか
めんど臭いだけだよな。
あらかじめ用意されているという
それらしき財宝だけ奪って
どこか静かなところで
のんびり寝て暮らそうかな。
うん、うん。
いいね、いいね。
そうしましょう、そうしましょう。
2012/05/07
親しくしている方から
ハムをいただいた。
キッチンに立ち、
まな板に載せ、
包丁で切る。
パンに挟んで食べるつもり。
切っているうちに
どれくらい薄く切れるか
試してみたくなった。
包丁にサラダ油を垂らす。
切り方も工夫する。
あれこれ試行錯誤の末、
惚れ惚れするほど
薄く切れるようになった。
じつに見事な薄切りハム。
これなら皆既日食だって
透けて見えるかも。
「うふふ」
思わず笑ってしまう。
それにしても
なんて、なんて
薄っぺらいんでしょうね。
2012/04/27
しばらく帰らないつもりだった。
ある夏の朝早く、ひとり家を出て
海を目指して歩き始めた。
ちょっと心配ではあるが
日暮れ前には海岸へ辿り着けるだろう。
歩きやすい靴を履き、
眩しいので、サングラス。
日射病予防として頭にタオルを巻く。
肩に水筒。
背にはリュックサック。
できるだけ荷物は少なめに。
タオル、歯ブラシ、トイレットペーパー、
下着、靴下、Tシャツ、レジャーシート、その他。
もちろん財布も持った。
歩きながら、あれこれ考える。
もう嬉しくて、しかたない。
今夜、念願の野宿をするのだ。
床も壁も天井もない。
満天の星空の下で寝るのだ。
夜の砂浜にシートを敷き、
タオルを重ねて枕にして寝るのだ。
打ち寄せる波の音に包まれて寝るのだ。
星座の伝説とか、人類の過去と未来とか、
愛とか青春とか人生とか考えながら・・・・・・
眠れないだろう。
だが、眠る必要もない。
それは、きっと素晴らしい経験に違いない。
なぜ、もっと早く経験しなかったのだろう。
今では、ただ歩くだけで疲れてしまう。
もう若くないのだ。
だから、孫にまで「ボケ老人」とか
「ハイカイ老人」とか言われてしまう。
ああ、まだ見えない。
どこまでも遠く青く、広い海原。
2012/04/21
なにごともゆっくりです。
はやく話せません。
ゆっくり話すと、言葉になりません。
というか、誰も聞いてくれません。
だから、文字で書きます。
こうして、ゆっくり書きます。
ここまで書くのに百年かかりました。
話すより遅いかもしれません。
考えていると、百年なんかすぐに過ぎます。
人が生まれ、老いて死にます。
あっ、と言う間です。
ひとつの文明が誕生します。
どんどん発展します。
そのうち戦争を始めます。
いくつもの都市が消えてしまいます。
忠告を与える暇もありません。
だから、こうして書いて伝えます。
そんなに急いではいけないよ、と。
なにごともゆっくり、じっくりと・・・・・・
でも、よく考えてみたら、もう手遅れかな。
2012/02/21
「金色の雪」という名の絵本があって
その扉を開いてみると、本当に
輝くばかりに金色の雪が降っているのでした。
すぐにあなたは絵本の中に入ってしまって
足もとを見ると
ちゃんと黄色い長靴をはいていて
手もとを見ると
ちゃんと赤い手袋をはめています。
(ここはどこかしら?)
あたりを見まわしてみると、
遠くに金色の時計台がそびえ、
そこから続く金色の並木道には
金色の馬車が走っています。
そう。
ここは金色の雪が降る
金色の街なのでありました。
あなたが着ているのは青い服。
あなたは
手に持っていた緑色の傘をさします。
金色の街を行き交う金色の人たちが
そんなあなたを指さします。
「なんて素敵な色の女の子なの!」
あなたは、ちょっと得意です。
金や銀の色のクレヨン
持ってなくても
もう平気だね。
2012/02/20
駆け落ちは、愛し合う二人が
一緒になることを許されない事情がありながら
同棲生活をするため、一緒に親元から逃げること。
身分や人種を理由に結婚や交際を親から反対されたり、
二人の一方または双方が既婚であったり、
望まない結婚を親に強要された場合などに
最後の手段として決行されることが多い。
一緒になれない障害は、悲劇の主人公効果により、
より強く二人が結びつく要因にもなりうる。
ほとんどの駆け落ちは親の援助を頼ることができない。
そのため、二人の生活は経済的に苦しくなることが多く、
連れ戻されたり、無理心中に終わることもある。
未成年で一方または双方に保護者がいる場合の駆け落ちは、
刑法上では結婚目的の略取・誘拐罪が適用される。
(「駆け落ち-Wikipedia」より、要約引用)
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やっぱり先生は理科室にいた。
「先生」
「あら、トオル君。なあに?」
「僕と駆け落ちしませんか」
先生がむせた。
「先生、大丈夫ですか」
僕は先生の背中をさする。
「・・・・・・あ、あのね、トオル君」
「はい。先生」
「駆け落ちの意味、知ってるの?」
先生の潤んだ瞳。
「もちろん知ってます。
ちゃんとパソコンで検索しました」
「そう・・・・・・それは困ったわね」
「どうして困るんですか」
「私はね、結婚して旦那さんがいるの」
「はい。僕、存じてます」
「トオル君は、まだ小学五年生よ」
「そうですね」
「だったら、おかしいじゃないの」
「きっと世間は許しませんよね」
先生が溜め息を吐く。
「あのね、世間が許すとか許さないじゃなくて、
世間の常識としておかしいわよ」
僕は哀しくなる。
「先生は僕がきらいなんですか」
「好きよ。私はトオル君が好きよ」
「いつも先生は、そう言ってくれますよね」
「でもね、それとこれとは・・・・・・」
「先生のバカ!」
僕は走って理科室を飛び出す。
その直前、僕は一枚の写真を落とす。
先生の「旦那さん」が写ってる合成写真。
こんなのパソコンで簡単に作れる。
僕が教室で待っていると、先生が入ってきた。
「トオル君」
「はい。先生」
「駆け落ちするわよ」
(やった!)
2012/02/03
私たちが臨海学校で滞在していた某県の海岸に
某国の原子力潜水艦が唐突に座礁した。
海水アレルギー体質なので
私は海に入ることができない。
それでも皆と一緒に夏休みを過ごしたくて
この臨海学校に参加した。
だから、私は海岸沿いにあるプールで泳いでいた。
というか、プールサイドで日光浴をしていた。
生意気にもサングラスなんかして
デッキチェアーで脚組んで。
かたわらにジュースのグラスはなかったけど
いっぱしのレディーのつもりだった。
残念ながら、地味なスクール水着なんだけどね。
それで、座礁した原子力潜水艦の話なんだけど
あれ、なかなか大胆なポーズだったよ。
そうとう勢いよく突っ込んだんだろうね。
グッと艦首が海面から突き出していた。
私、巨大で真っ黒な蛹(さなぎ)を連想しちゃった。
あれの背中と言うのかなんと言うのか
ピリピリ割れて、巨大な黒いアゲハチョウが出てくる。
ゆっくりと優雅に黒く美しい翅を広げ
やがて、潮風に乗って羽ばたき、大空を低く舞う。
放射能たっぷりの鱗粉が雪のように町に降ってくる。
某国のアジテーション用の宣伝ビラなんかも
いくらか混ざってるかもしれない。
その光景は、きっと死ぬほど綺麗に違いない。
そんなことを夢見ているうちに
西日は傾き、集合の時間になってしまった。
ふん、なにさ。
いつか私だって蝶になってやるんだから。
2012/01/22
カリエは、小さな魔女。
王立魔法学校初等科の劣等生です。
魔法の定期試験では失敗ばかり。
試験官による口頭での出題。
「このトカゲをヘビに変身させなさい」
しっかりヘビの変身呪文を唱えたはずなのに
なぜか恐ろしい姿のドラゴンが現れます。
もう試験会場は大混乱。
「あ〜あ。どうしてあたしって、失敗ばかりするんだろ」
カリエはぼやきます。
「でも、カリエってすごいよ。
私なんか、ドラゴンなんて絶対に出せないもん」
友だちで優等生のメンマが慰めます。
「あんなの出したって、なんの役にも立たない」
「そりゃまあ、そうだけど・・・・・・」
「明日の追試、とっても心配」
「あのね。きっと呪文、深く唱えすぎなのよ。
適当に力を抜いてやれば、カリエなら大丈夫だって」
「そうかな」
「そうだよ。だから、頑張らないで、気楽にね」
「うん。なんとか、やってみるけど・・・・・・」
メンマと別れて、ひとりぼっちの帰り道、
カリエは夕焼け空を見上げます。
(明日こそ、うまくできますように!)
どうしても強く願わずにいられません。
けれども、その瞬間、
このまま続くはずの明日でなくて
まったく新しい明日をひとつ作ってしまったことに
カリエは気づきもしないのでした。
2012/01/20
わたしのおうちは、お菓子の家。
「おなかすいちゃった!」
板チョコの玄関ドアを食い破って
バームクーヘンの居間に入ると、
クッキーのパパと
ショートケーキのママ。
「わあ、おいしそう!」
わたしが両親のスネをかじり始めると、
金平糖の犬を咥えたまま
カリントウの弟が帰ってきて
どっちがいっぱい食べるか
競争になりました。
さすがに、もうおなかいっぱい。
寝る前にいくら歯を磨いても
口の中が甘ったるくて
なかなか眠れないのでした。
ゲップ!
おしまいの
ごちそうさま。
2012/01/08
お使いの帰りに寄り道して
すっかり遅くなってしまった。
母さんから頼まれたお使いは
隣の村の本家の家まで行って
約束のものを預かって戻ること。
その約束のものは風呂敷に包まれてるから
決して中を覗いてはいけないよ、とのこと。
そんなこと言われたら絶対に
中を覗かないと気が済まなくなることくらい
どうして大人はわかんないのかな。
あたいは村の境の橋の上で風呂敷包みを開け、
その中身を見てしまった。
それで死ぬほど驚いて橋から転げ落ちて
そのまま川に流されて
ちょっとばかり気を失ったけど、
すぐに目がさめて土手に這い上がった。
けれども、風呂敷の中身は川に流されてしまって
ああ、あんなものは流された方がいいんだ。
誰も見てはなんねえもんだ、と思って
あたいはその辺の畑のナスとかキュウリとか千切って
濡れた風呂敷に包んで誤魔化すことにしたんだ。
だけど、こんなに帰りの時刻が遅くなって
両手で持ってる風呂敷包みも重たくって
あたい、なんだかもう家に帰りたくない。