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2013/06/21
大きな会場である。
新商品の展示会であろうか。
コンパニオンが笑顔で説明している。
「食べるだけで水着が透けます」
彼女が腕に抱えているのは陶器の犬。
「さらに、この段階で腰が抜けます」
画面に表示された折れ線グラフ。
異国の兵器商人が首をかしげる。
その折れ曲がったネクタイ。
「まもなく第三会場が爆発します」
高い天井から場内放送が響く。
「なお、場内での浮遊は禁止されております」
激しい爆音。
千切れた腕に抱えられたまま
割れた陶器の犬が吠える。
2013/06/17
じつはあたし、人形なんです。
その証拠に、ほら、肘も膝も球体関節。
顎なんて、生まれたときから外れてるわ。
背中には扉があって
おなかには引き出しまであるの。
頭の中は恥ずかしいもので一杯で
ときどきこぼれちゃって困っちゃう。
お洋服はたくさんあるけど
和服だって少しはあるわ。
でも、ひとりでは外を歩けなくて
お付のものに両の足首を持ってもらって
交互に動かして一歩一歩前に進みます。
はらわたはないから
なんにも食べなくていいし、
なんにも食べないから
トイレにも行かなくてもいいわけ。
勉強なんかできなくても
顔がきれいなら許されるの。
動かなくても働かなくても
可愛らしくしていればそれでよいの。
ねっ?
人形の生活も
まんざら悪くないでしょ?
2013/06/12
僕の家は五人家族。
お父さん、お母さん、お兄さん、お姉さん、そして僕。
「いい子にしているんだぞ」
ある日、お父さんが家を出て行った。
「いい子にしているのよ」
ある日、お母さんも家を出て行った。
「いい子でいろよ」
ある日、お兄さんも家を出て行った。
「いい子でいてね」
ある日、お姉さんも家を出て行った。
だけど、誰も家に帰って来なかった。
みんな失踪してしまったのだ。
僕だけ家に残された。
警察に捜索願を出したけど、受理されただけ。
市役所に相談したけど、心配されただけ。
学校にも通ったけど、勉強しただけ。
それだけ。
僕はいい子になって、いい子のままでいた。
掃除したり、洗濯したり、自炊したり、忙しい毎日。
挨拶したり、回覧板まわしたり、近所付き合いも忘れない。
近頃、僕は思うんだ。
お父さん、お母さん、お兄さん、お姉さんは
この家を僕に残してくれたのかなって。
僕がいい子にしていたから。
2013/05/14
この館の主は収集狂として名高い。
切手や古銭、宝石や貴金属、書画骨董、
蝶の標本、化石、ミイラ、下着、拷問道具。
珍しいもの、貴重なものであれば
なんでも集めしまう大変人。
世界中から美男、美女、美童を集めている
という噂もある。
とんでもない危険物にも手を出している
という証言もある。
媚薬、麻薬、毒薬、細菌、拳銃から核兵器、
妖精、幽霊、原始人、宇宙人、そして時間の穴。
とにかく
入手困難なものであれば
なんでも見境なく集めてしまうのだ。
危険極まりない?
まさに!
ただし、ご安心あれ。
なぜなら
どんな物騒なものでも
この館の中に入ってしまったら
もう二度と外に出る事はないのだから。
2013/05/13
こんな夜遅く、秘密の集会があるという。
参加せねばなるまい。
会場は近所の住宅。
顔見知りの奥さんが出迎えてくれる。
じつは私の好みのタイプである。
「遅れてしまい、申しわけありませんか」
そのように彼女が挨拶するので
私は次のように挨拶を返す。
「それは確かに、まあ、そうですね」
これが集会参加者の合言葉なのだ。
彼女が微笑む。
「どうぞ、お上がりください」
私は靴を脱ぎ、踊るように家に上がる。
じつは初めて上がる家なのだ。
耳の長い猫が廊下を歩いていた。
追いかけて捕まえ、耳にリポンを結ぶ。
だが、リボンはすぐに外れてしまう。
手で唇を隠しながら奥さんが笑う。
廊下に落ちたリボンを私は拾う。
(はて? このリボン、どこから出たのやら)
私たちは広い部屋に入る。
大きな丸いテープルを囲み、
十人ほどの同士が集まっている。
ほとんど女性で、ほとんどが美人だ。
今夜は期待できそうな気がする。
「それでは、これより集会を始めます」
同士のひとりが壁のスイッチに触れる。
たちまち部屋は暗くなる。
2013/05/07
ひなびた山奥で
ひとり笛を吹いていた。
鳥のさえずりに調子を合わせ
そよ風のささやきに旋律をのせ・・・・
これでも都では、一時期ではあるが
「笛の名手」と称えられていたものだ。
やがて吹き疲れ、
うううんと背伸びをする。
見上げると、木の上に猿がいた。
小枝を手に持ち、口にくわえている。
笛吹く真似をしているらしい。
「おもしろい。猿に吹けるか」
木の上の猿に笛を放り投げてやった。
驚きながらも、猿は笛を受け取った。
さっそく口に当て、吹く真似をする。
しぱらくすると、かすかに鳴った。
「うまい、うまい。なかなか筋がよいぞ」
夕暮れが近づいたので、山を下りた。
さてさて。
あれから、あの笛はどうなったやら。
2013/04/14
恋人の首に首輪をつけた。
あんまり勝手に動きまわるものだから。
牛革の丈夫な奴。
鎖でつながっている。
その鎖の端は僕が握っていて放さない。
「いやだ、こんなの。はずしてよ」
「だめだ。はずせば逃げるだろ」
恋人としての自覚に欠けていると思う。
いい男を見つけるとすぐに色目を使う。
犯罪と呼べるほど肌を人目にさらす。
僕の腕に噛みつくことだってある。
だから、たまに鞭でこらしめてやる。
「もっと人間扱いしてよ」
「うるさい。黙れ」
わがままな恋人の尻に鞭をくれてやる。
悩ましい悲鳴があたりに響き渡る。
まわりの人たちはびっくりする。
さわやかな朝の散歩が台なしだ。
「ひどい、ひどいわ。人でなし」
「なんだと。恋人のくせに」
もう僕は完全に頭にきてしまった。
恋人としての自覚がなさ過ぎる。
よし、決めた。
思い知らせてやる。
家に帰っても、朝ご飯は抜きだ。
2013/04/06
子どもの頃、女の子と遊んでいた。
目が大きくて、口が小さくて、髪が長かった。
見上げる笑顔が可愛らしかった。
ふたり、色々なことをして遊んだ。
ただし、いつも家の中に閉じこもって。
なぜか家の外では遊ばないのだった。
たとえば色紙で鶴を折って、それを飛ばす。
そのうち飽きると、その鶴を壊してしまう。
「これよりを拷問をおこなう」
「はい、魔王さま」
「まず鶴の腹を縦に裂くのだ」
「はい、魔王さま」
もちろん折り鶴の腹の中は空っぼ。
お医者さんごっこも憶えてる。
「これより診察をおこなう」
「はい、先生」
「では、まずスカートを脱いで」
「はい、先生」
それから看護婦さんごっこもやった。
「これから注射をします」
「はい、看護婦さん」
「では、まずお尻を出しなさい」
「はい、看護婦さん」
ここから先は、よく憶えていない。
ふたり並んで窓から外を眺めた。
山の上の空が赤紫色に焼けていた。
この時は何も喋らなかったと思う。
それにしても
あの子は誰だったのだろう。
どうしても名前が思い出せない。
なぜか忘れた。
近所の子だ、と思っていた。
でも、そんな子は近所にいなかった。
古いアルバムを開いても見つからない。
母に尋ねてみても知らないと言う。
そんな女の子、見たことないと言うのだ。
「おまえはいつも、ひとりで遊んでいたよ」
そんなはずはない。
確かにあの子はいたんだ。
いなかったはずはない。
絶対に、絶対にいた。
ふたり、あんなに楽しかったのだから。
2013/03/31
空を見上げ、狐が呟いた。
「狐なんかつまらない。
ぼく、鳥に生まれたかったな」
それを耳にしたのが、木の上にいた天狗。
「おまえを鳥にしてやるぞ。
どんなのが望みだ」
木の上からの声は、まるで天からの声。
「ああ、神様ですね。
ぼく、鷹になりたいな」
「お安い御用さ」
天狗の呪文で、狐は鷹に変身。
「神様、ありがとう!」
鷹になった狐は空に舞い上がる。
空に舞い上がった鷹は
地上を見下ろし、呟いた。
「おや、あれは天狗だぞ。
なんだ、やけに小さいな」
2013/03/16
ああ、大変!
小猫に餌をやったら大猫になっちゃった。
家の塀を壊して大猫は町に飛び出した。
町の人たちを追いかけ、爪で引っかき、
踏みつぷし、半殺しのまま食べてしまう。
児童公園のジャングルジムの上に逃げても
近所の友だちのアパートに逃げても
大猫に狙われたら逃げきれない。
背伸びしたり、爪を研いだり、
ジャンプとかまでするのだから。
ああ、どうしたらいいの?
大猫を殺すべきかな?
私には殺せない。
大猫に罪はないのだから。
町の人たちを救えばいいの?
私には救えない。
神様じゃないんだから。
大猫に襲われた人たちに罪はないけど。
あら。
でも、そうかしら。
こんなにたくさん人がいるから
大猫に襲われるんじゃないの。
食べられてもっと少なくなれば
大猫から逃げることなんかわけないはずよ。
ああ、変こと言ってる。
でもでも、一番罪深いのは
小猫を大猫にしてしまった私よね。
そりゃまあ、そうなんだけど
でも、罪っていったいなんなのよ?
ニャーン、私にはわからない。