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2015/01/02
あるところに 不眠症の羊飼いがいました。
羊毛みたいな白いヒゲがご自慢の
この老いた羊飼いの悩みの種は 眠れないことでした。
「眠れない夜は 羊を数えると 眠れますよ」
近所の奥さんが そう教えてくれました。
「わしは毎日 羊を数えておるよ。
それが わしの仕事じゃからの」
「あら。それじゃ あなた、きっと眠っているんですよ」
そこで目が覚めました。
元旦の朝でした。
これは 羊を数える老いた羊飼いの 初夢だったのです。
2014/12/30
一匹の蟹が水辺を這っていた。
そこに一匹の亀がやってきた。
「やあ、カニさん」
「やあ、カメさん」
そんな挨拶はなかった。
これは童話ではないのだから。
危険を感じ、蟹は逃げた。
あやうく亀に踏み潰されるところだった。
「カメさん、足もと見てよ。危ないじゃないか」
「カニさん、いたのか。そんなところにいるのが悪い」
そういう会話はなかった。
これは寓話ではないのだから。
蟹は水辺から離れた。
亀は水の中に入っていった。
「それだけ?」
「つまんない」
そんなことを言ってはいけない。
これは笑い話ではないのだから。
2014/11/23
「僕は君が好きで、どうして僕が君を好きなのか
君にうまく説明することができないにもかかわらず
君にとって僕が大切であるかどうか無関係としても
僕にとって君が大切であるということは
ぜひとも君に伝えておかなければならない」
「あなたの言葉の意味するところは、私にとって
喜んでしかるべき内容を多分に含んでいます。
ただし、現時点における私の正直な心情を吐露するなら
あなたは私にとって大切でもなんでもなく
これから大切になるかどうかというところです」
「今ひとつ、僕が疑う要素が発生した気配がある。
この提供された異文化間の意識の翻訳の装置は
その機能を正しく果たしているのであろうか?」
「その疑問は、おそらく根本的な問題に相当します。
まだ細やかなニュアンスを使える段階ではなく
多分に改良の余地があるものと思われます」
2014/10/30
私の家の裏庭には
色々な「楽木」が茂っています。
「楽木」は楽器の音のする木のこと。
たとえば、この木は「ピアノの木」だから
枝の葉が地面に落ちると、ピアノの音がします。
あの木は「ヴァイオリンの木」よ。
他にも、フルート、チェロ、マリンバ、トランペット、・・・・
秋には優雅にシンフォニーやコンチェルトを奏でます。
「うるさいわね」
近所の家から、そんな声も聞こえます。
でも、あれは
「言葉」の一種「文句の木」の葉音だから
あまり気にしなくてもかまわなくてよ。
2014/10/09
瓶の中の船に乗って
冒険の旅に出かけよう。
おや、怖いのかい?
瓶の中は安全だぜ。
嵐に翻弄されることもなく
巨大な蛸に絡まれることもない。
海賊に襲われる心配もなく
氷山なんか衝突する気配すらない。
どこが冒険かって?
決まってるじゃないか。
この瓶の中に入ることさ。
2014/09/21
目覚めたら、そこはまだ夢の中だった。
会う人会う人、みんな同じ顔に見える。
というか、どいつもこいつも顔がなかった。
目も鼻も口も耳もない。
鶏卵のような白い顔ばかりだ。
現実であるはずがなかった。
痛くなかろうから無駄だと思ったが
他に目覚める方法も浮かばない。
ありきたりで申し訳ないと思いながら頬をつねろうとしたら
頬は鶏卵の殻のように硬く、つまむことすらできなかった。
・・・・そういうことか。
おれも、こいつらと同じということか。
こうなったら、つまり玉子になってしまったのなら
この玉子の殻を割るしかない。
あたりを見まわし、殻を割るのに適当な角を探してみたが
あいにく角はどこにもなかった。
どこもかしこも平面ばかりだ。
おれは玉子頭のまま考えた。
平らな面で生玉子を上手に割るのは不可能だ。
ベチャッとつぶれて、手も服もなにもかも汚れてしまう。
そんなこと、とても我慢できない。
だから一度煮て、ゆで玉子にしてから割ろう。
そうだ、名案だ。じつに名案だ。
そういうわけで、おれは大きな大きな鍋を求め、
あてのない孤独な旅に出かけたのだった。
2014/08/25
あなたが犯人でしょ?
とぼけたって無駄よ。
あたし、知ってるんだから。
一見普通の婦警みたいだけど
これでもあたしね
ミステリーとか探偵ものとか捕り物帳とか
いっぱい読んでるのよ。
驚いた?
あら、平気そうね。
とぼけても無駄だって言ったばかりなのに。
しょうがないわね。
あまり見せたくなかったんだけど・・・・
さあ、じっくり見るのよ。
これでもシラを切れるかしら、痴漢さん。
この太ももの桜吹雪が目にはいらねえか!
ってね。
2014/05/07
この市場で売られてないもん探すのは
ちょっと難しいな。
日用雑貨は勿論、揺り籠から墓場まで
拳銃から核弾頭ミサイルまで
なんでも揃うんだ。
ペットだって、ミジンコからクジラまで
水槽ん中泳いでるし、
檻ん中には、絶滅したはずの恐竜が
優雅に歩いてら。
人身売買さえ普通に行われてるぜ。
ほら、あれ見えるか。
中央広場で今、鞭持った
シルクハットのいけ好かねえ野郎が
裸の小娘、競りにかけてんだろ。
あんた。
ひとつあれ、メイドにどうだね。
あっ、そう。
まあ、人それぞれだからな。
幼女とかなら、この通路の先に
児童販売機が並んでる。
手動式だから、ときどき詰まるけどな。
他には、抽象概念なんかの売買も
結構盛んだぜ。
「愛」とか「夢」とか「生きがい」とか、
段ボール箱や紙袋に入って
一山いくらで売られてら。
非合法な危険思想も
ちゃんと非合法に入手できるし、
才能もキャラも、ジャンル別に各種揃い、
なかなか充実してるな。
寿命なんか
1日単位で買えるよ。
いやいや、
そんなに高くないって。
なにしろ近頃
売る奴がやたら多くて。
それから、幽霊や妖怪、
妖精や天使。
さらには
とんでもなく高額になるんだが
天にまします我らが神様さえ
ちゃんと商品化されてるんだぜ!
ははっ、笑っちゃうよな。
えっ。
なんだ。
あんた、一文無しかい。
ふん。
金がなけりゃ
見物するだけだね。
2014/04/23
桜の木の下で
右の頬にキスしたら
そこに桜の花びら
一枚くっついて
左の頬にもキスしたら
やっぱりそこにもくっついて
おもしろいので
唇にもキスしようとしたら
君に殴られた。
僕の目尻のあたりにも
桜の花びらが一枚
きっと くっついて
いると思う。
2014/01/19
昔々、あるところに
お爺さんとお婆さんがいました。
お爺さんはパソコンでブログを更新し、
お婆さんはケータイでゲームに余念がありません。
裏山の林には竹が光っていたり、
近所の川には大きな桃が流れていたりするのですが
当然ながら
ふたりはまったく気づきません。
そういうわけで
まったくなにもおもしろいことが起きないため
物語はこれでおしまいです。
やれやれ
ひどい話があったものです。