1万8000人の登録クリエイターからお気に入りの作家を検索することができます。
2011/09/15
こめかみあたりに吹き出物ができた。
と思ったら、芽になって花が咲いた。
「でも、きれいな花で良かったわね」
花が咲いた朝の、妻の慰めの言葉だ。
髪の薄い中年オヤジの額に咲いた一輪の花。
(まるで慰めになってないぞ)
だが、花を摘むわけにはいかんのだ。
ひとつ花を摘めば、ふたつ芽が出る。
ふたつ芽を摘めば、四つ芽が出る。
四つ花を摘めば、八つ芽が出る。
八つ芽を摘めば、・・・・・・切りがない。
それが、この寄生花の怖いところ。
菊人形みたいになった奴を知っている。
まるで、歩く花壇だった。
股間にまで花が咲いていた。
美しいものであったが、苦しそうだった。
髪飾りの花、と諦めるしかなさそうだ。
額に咲いた花の香りに誘われ、
やがて蝶や蜂が集まってきた。
こいつらを追い払ってはいけない。
うまく受粉してもらえたら、しめたもの。
やがて、花は枯れ、実がなるのだ。
この実を食べれば、もう花は咲かない。
ただし、実の中には
小さな種がたくさん入っている。
種まで飲み込むと、大変なことになる。
飲み込んだ種の数だけ、花が咲くのだ。
ところで、寄生花の実は
とてもおいしいのだそうだ。
そのあまりの旨さに
理性を失ってしまうほどに。
2011/08/29
おい、待て。止まれ。こら、逃げたら撃つぞ。
よしよし、動くなよ。死に急ぐことはない。
何者だ、おまえは。ふん、言いたくないのか。
その自信はどこから来る。ここか。ここか。
まだ言いたくないか。そらそら、これでもか。
ほほう、たいしたもんだ。ちょっと見直したよ。
まあいい。何者でも関係ない。とにかくだ。
おまえ、何をしていたんだ。こんなところで。
いいか。ここには黙秘権なんかないからな。
なにを教わってきたか知らないが、忘れろ。
ほれ、どうだ。喋りたくなってきたろうが。
やれやれ、なんて奴だ。まったく、疲れるよ。
しかたない。面倒臭いから撃ち殺してやる。
いまさら命乞いなんかしても、手遅れだぞ。
恨むなよ。おまえが逃げようとするからだ。
ちょっと道を尋ねようとして、悪かったな。
2011/08/23
駅のホームで電車を待っていた。
どこか遠くへ私は行くつもりだった。
やがて、合図のチャイムが鳴った。
「お待たせしました。まもなく2番線に」
さわやかなアナウンスの声。
「目玉焼きがまいります!」
到着したのは、大きな目玉焼きだった。
恐竜の卵かな、と思うほど大きかった。
だが、こんなものに乗るわけにはいかない。
やはり目玉焼きは食べ物なのだ。
たとえ食べる気になれないとしても。
残念だが、次の電車を待つしかない。
ラッシュアワーでなくて、本当に良かった。
再びアナウンスがあった。
「お待たせしました。まもなく2番線に」
見ると、腕時計の針が曲がっていた。
「原始人がまいります!」
その到着を待たず、
私は諦めて家に帰ることにした。
2011/08/19
あやしげな物を売るあやしげな店で、
あやしげな店主が教えてくれた。
「この水槽の中にヘグナムシがいるのです」
それを聞いて驚かないわけにいかない。
外に待たせていた連れを急いで呼んだ。
連れは正体不明のあやしい虫である。
「なんだい?」
小さな虫だが、しっかり言葉を話せる。
「この水槽の中に入ってごらん」
連れの虫は素直に水槽の中に入ると、
なんの疑いもなく水面を泳ぎまわる。
少し頭が足りないのだ。
「これがどうかしたの?」
突然、水面から胴長の生物が跳ねると、
その大きな口で連れの虫を捕らえた。
「なんだなんだなんだ!」
連れの虫はひどく騒いだ。
まあ、当然の反応ではあるけれど。
ヘグナムシは一気に飲み込めないらしく、
すぐに連れの虫を吐き出した。
「なんだなんだなんだ!」
逃げまわる連れの虫に教えてやる。
「それ、ヘグナムシなんだって」
連れの虫は水面に立ち止まる。
「なに、ヘグナムシ?」
そのため、性懲りもなく
再び大きな口に捕らえられてしまった。
「ああ、とっても気持ち好い!」
そんな強がりを言うのだった。
2011/08/18
子どもというのはおかしなことを言う。
「あっ、ミミムシ! ミミムシ見つけた!」
娘に抱きつかれ、耳を引っ張られた。
休日の昼下がり、居間で読書中のことだった。
せっかく物語に夢中になっていたのに。
鋭い痛みが両耳の付け根に走った。
「ほら。とっても大きなミミムシ」
幼い手のひらに耳が載っていた。
なるほど。耳の虫か。
なかなか面白い発想だ。
言われてみれば、虫のように見えなくもない。
蝶の羽のような形をしている。
それに、ちゃんと六本の脚も生えている。
なんと、二本の触覚まで伸びている。
ミミムシは両耳を動かし、空中に浮き上がった。
つまり、羽ばたいたわけだ。
その羽音が妙にうるさく感じられた。
なんだか心配になって声を出してみた。
「おい、ミミムシ。どこへ行くんだ?」
やはり、声がおかしい。
というか、それを聞く耳がおかしいのだ。
立ち上がって、壁の鏡を見る。
両耳がなくなっていた。
隣の家の犬の吠える声が聞こえる。
目の前の娘は開いた窓を指さしている。
「ミミムシ、窓から逃げちゃった」
そんな娘の声が遠くかすかに聞こえた。
これはどうも大変だ。
とにかく、ミミムシを捕まえなければ!
なんとかしないと大問題になりそうだ。
「ちょっと捕虫網を貸してくれ」
そう喋ったつもりなのに、
なぜか自分の声が聞こえない。
だが、うなずいて娘は居間を出たのだから、
確かに声は出たはずである。
さてさて。
ともかく落ち着いて行動しなければいけないぞ。
ミミムシなどいるはずがないのだから。
仮にいるとしても、幻覚に違いないのだから。
すると、これは幻聴なのだろうか。
「まったく変人よね。ふたつ隣の家のご主人って」
それは、ふたつ隣の家の奥さんの声だった。
2011/08/08
とても信じてもらえないだろうけど、
僕の妹はネズミに育てられたネズミ少女だ。
生まれてすぐ、妹はネズミにさらわれたのだ。
屋根裏に運ばれて、そこで大きくなった。
ちょうど僕の部屋の真上あたり。
そんなこと、僕、全然知らなかった。
大きなネズミがいるんだとばかり思ってた。
それは、ある朝のことだった。
ネズミ捕りに少女が挟まっていたのだ。
「チュー、チュー、チュー!」
ネズミそっくりの声で鳴くのだった。
父も母も、僕の妹に違いないと断言した。
なぜなら少女の顔が僕の顔にそっくりだったから。
「おまえ、僕の妹なんだってさ」
「チュー」
やはり人間の言葉は話せないのだった。
妹に服を着せておくだけでも大変だった。
無理に着せても、すぐに破ってしまうから。
ネズミ色の服なら、どうにか我慢してくれたけど。
なんでもかじる癖を直すのも苦労した。
家族全員、生傷だらけになったものだ。
立って歩かせるのにも時間がかかった。
食べ物を天井から吊り下げたりしたっけ。
でも、妹は確実に人間らしくなってきている。
少しずつだけど、でも本当に嬉しい。
最近、髪飾りなんかするようになった。
「なんか、女の子らしくなってきたよ」
「チュウ?」
まだ猫を見ると逃げ出してしまうけど。
おや、その妹がやってきた。
人間らしく微笑んでる。
おやすみのキスの時間だ。
「チュッ!」
まだちょっと、ドキドキする。
2011/07/20
ある村に地震があった。
小さな地震で、ほとんど被害はなかった。
村長の家の裏山がいくらか崩れたくらいだ。
そして、埋もれていた壺が転がり出た。
「よくも割れなかったもんだ。ひびもない」
村長の家に村人が集まり、壺を調べた。
「かなり古いな。大昔の土器か」
「へんな模様だ。これは古代文字かも」
「なんだろな。宝でも入ってたりして」
壺には石の蓋がしっかりはまっていた。
「とにかく、この蓋を開けてみよう」
あれこれ苦労したが、
なんとか壺の蓋を開けることができた。
まず、恐る恐る村長が壺の中を覗いてみた。
「なんだこれは? どうなっておるのだ?!」
その声を野の畑で聞いた村の娘は
空を見上げ、目を丸くして驚いた。
「あれま、村長さん!」
娘は村長と目が合った。
「大きな顔して、お空で、なにしとるね?」
2011/07/14
自宅の門の前で、段ボール箱を見つけた。
「すみません。この熊の子をよろしく」
段ボール箱の側面にマジックで書いてあった。
つまり、捨て熊である。
迷惑この上ない。
私は段ボール箱を拾い上げると、
こっそり隣家の門の前に移動しておいた。
ところが、幼い息子がそれをわざわざ拾ってきた。
「ねえ、お父さん。飼ってもいいでしょ?」
「とんでもない。どこかに捨ててきなさい」
息子は泣いたが、許すわけにはいかなかった。
息子は気が弱くて、いじめられっ子だ。
熊みたいな獰猛な動物、飼えるはずがない。
段ボール箱を持って息子は玄関を出て行った。
それで問題は解決したものと思っていた。
そんなことなど忘れてしまったある日。
物置小屋に入ると、そこに一頭の熊がいた。
小熊ではなかった。大熊と言うべきだろう。
後脚で立ち上がると、天井に頭が届きそうだ。
気がつくと、背後に息子が立っていた。
「ごめん。どうしても捨てられなくて」
声が低い。
もう息子も幼くなかった。
背も伸び、そのうちに私を越しそうだ。
「まあ、仕方ないな。近所に迷惑かけるなよ」
「うん。大丈夫だよ」
嬉しそうな息子の顔。
すぐに私は物置小屋から出た。
急いで逃げた、と言うべきかもしれない。
しかし、あんなに大きくなるとは驚いた。
熊の餌はどうしていたのだろう。
そう言えばあいつ、この頃、
いじめられていないようだが・・・・・・
2011/07/13
ここは戦場。
しかも最前線。
地雷地帯の真ん中であった。
走って逃げ損ねて爆死した奴。
一歩も動けずに餓死した奴。
それら屍を踏んで進む奴。
いろんな兵士がいるのだった。
その若い兵士は臆病者だった。
だが、野心家でもあった。
少しずつ地面を掘りながら前進していた。
なにも埋まっていなければ前へ進む。
地雷を見つけたら慎重に掘り出す。
できた穴に次の一歩を踏み出す。
これを繰り返すのだった。
若者は賭け事がきらいだった。
黙々と地面を掘り続けるのだった。
ところで、それは地雷ではなかった。
若者が掘り出したのは、古い壷だった。
(なんだ、この壷は?)
とりあえず蓋を開けてみた。
壷の中から黒い煙が吹き出てきた。
やがて煙は大男に姿を変えた。
大男は若者を見下ろした。
「わしは魔人である!」
怖い顔だが、表情は明るい。
「壷の外は千年ぶりだ」
壷は魔人を封じ込めていたものらしい。
「礼として、ひとつだけ願いを叶えてやるぞ」
魔人は約束した。
もちろん、若者は大喜び。
「それじゃ、掘るの、手伝ってよ」
2011/06/21
人、酒を飲む。
酒、酒を飲む。
酒、人を飲む。
しかし、彼女に限っては
まず酒に飲まれることはあるまい。
彼女は酔えない体質なのだ。
「誰か、なんでもいいから、あたしを酔わせて!」
すると神が、彼女の前に姿を現した。
「酒で駄目なら、恋ではどうじゃ?」
「どうじゃ、って?」
「こうじゃ」
絶世の美男子、美女、美少年、美少女、美幼児、
さらには美しい人形まで、ぞろぞろ床から生えてきた。
困惑気味な彼女の体に馴れ馴れしくまとわりつく。
「どうじゃ?」
「まあまあだけど、どれも長持ちしそうにないわね」
「ええい、それならば」
「ちょっと待って」
彼女は醒めた目で神を見返した。
「あたし、神にも酔えないの」