1万8000人の登録クリエイターからお気に入りの作家を検索することができます。
2011/12/04
「あのさ」
「なによ」
「俺の夢はさ」
「うん」
「いつか無人島をひとつ買ってさ」
「うんうん」
「そこでとびっきりの美女とさ」
「うんうんうん」
「ふたりっきりで暮らすことだったんだ」
「ふうん」
「やっと夢がかなったよ」
「よかったわね」
「あのさ」
「なによ」
「その夢の続きを聞きたくないかい?」
「ないわね」
無人島に漂着した見ず知らずのふたりの会話でした。
2011/11/30
階段を上ってゆくと
広い海原に出た。
途切れることのない水平線に囲まれ、
あまりにも日差しは強い。
私は途方に暮れるしかなかった。
「おや、お困りのようですね」
それは自転車に乗った郵便配達夫だった。
「ええ、よくわかりましたね」
「なに、配達を長年やっておりますとね」
「はあ、そういうものですか」
「そういうものです」
「なるほど」
「とりあえず、この荷台にお乗りなさい」
私は素直に自転車の荷台に乗り移った。
郵便配達専用自転車の荷台は驚くほど広く、
この上では日光浴しながら昼寝さえできそうだ。
「あなたは、自転車で海を渡るのですね」
私は声をかけてみる。
海原と比べてしまえば
あまりにも小さな郵便配達夫の背中。
「ええ、そうですよ」
「どういう原理なのですか」
「さあ、よくわかりませんね」
「でも、不思議ですよね」
「あまり気にしないことですよ」
突然、自転車が海中に沈み始めた。
「ああ、大変だ」
「ほら、言わんこっちゃない」
「どうしたのでしょう」
「あなたが気にし過ぎるからですよ」
自転車は、郵便配達夫もろとも
難破船のように沈没してしまった。
それでも荷台だけは海面に浮かんで残り、
私は片方の靴が少し濡れた程度で助かった。
濡れた靴を脱ぎ、
その内側を覗いてみる。
そこには地下へと続く階段があった。
よくわからないままではあるけれど
とりあえず
この階段を下りるしかなさそうだ。
2011/11/29
僕の右足のひざには蛇口がある。
となりの左足のひざにはハンドルがあり、
これをひねると右ひざの蛇口から水が出る。
テレビを観ながらひねっていたら
不意にハンドルがはずれてしまった。
流れる水を止めることができなくて
絨毯を敷いた居間の床が水びたしになった。
「ああ。どうしよう」
「そうね、どうしたらいいのかしら」
ママはテーブルの上に正座して
熱心に編み物をしていた。
さっきまで床に寝そべっていたはずなのに・・・・・・
今は二本のかぎ針を動かすのに夢中で
ママはこっちを見ようともしない。
「ママ。なにを編んでいるの?」
「さあ、なにかしら」
パパにプレゼントするマフラーだ。
まだ夏になったばかりだけど、
でも、冬には間に合わないだろう。
だってママは、することがなんでも遅いから。
「あっ! ママ、だめだよ」
僕はびっくりした。
「あら、どうして、すてきな模様よ」
いつの間にひろったんだろう。
僕の左ひざからはずれたハンドルを
ママは毛糸のマフラーに編み込もうとしている。
「だめだったら、だめだよ」
「なにがだめなの?」
もうほとんど編み込まれてしまった。
こういうことになると、なぜかママは
いままでが演技だったみたいに素早い。
「ああ。僕はどうしたらいいんだろう」
「そうね。どうしたらいいのかしら」
僕は途方に暮れてしまった。
右ひざの蛇口からは水が流れ続けている。
もう居間は、ちょっとした池みたいで、
絨毯が床から浮き始めていた。
そういえば、絨毯の絵柄はおサカナだ。
「ああ。早く冬にならないかな」
「うふふふ。変な子ね」
ママこそ変な大人だと思う。
ママのマフラーが早くできあがって、
そして、パパがそれを気に入らなかったら
僕はとても嬉しいのだけれど・・・・・・
2011/11/27
ノックもなく、部下が部屋に入ってきた。
「ボス。こいつを見てやってください」
部下の手の中には、一匹の青いネズミ。
「なんだ、それは」
「じつはですね、このネズミを怒らせると
左のポケットに入ったりするんですよ」
「それで、どうなるというんだ」
「まあ、たいしたことはありません」
「ふん。くだらん」
「ですが、もっとネズミを怒らせると、
そこから右のポケットに移るんです」
「ふん。ますますくだらん」
「まあ、ボス。こいつの頭をちょっとだけ
小突いてみてくださいよ」
そのへんの子どもより無邪気な笑顔で
部下は青いネズミを私の目の前に突き出した。
私はため息をつく。
ああ、どうして私には
こんな部下しかいないのだろう。
・・・・・・しかたあるまい。
私は諦めて、
その青いネズミの頭を指先で小突いてみた。
ネズミは鋭い鳴き声をあげた。
すぐに部下の手を放れ、私に飛びかかると、
背広の左ポケットにもぐり込んできた。
「わあ、なんだなんだなんだ」
ポケットの中でネズミが暴れるのである。
椅子から転げ落ちそうになるくらい激しい。
「どうです。なかなかでしょう」
「こら。なんとかしろ。やめさせろ」
「えっ、やめるんですか、もう」
「そうだ。わあ、こりゃたまらん」
「いやあ、じつに残念ですね」
「た、頼む。早くしてくれ」
「ネズミに謝ればいいんですよ」
「な、なんだと」
「すみませんって、ボスが謝るんですよ」
「このおれが、ネズミにか」
「やめさせる方法は、他にありません」
「・・・・・・すみません」
「そんな小さな声では聞こえませんよ」
「すみません。すみません。すみません」
「もっと心を込めて」
「ネズミさん。謝ります。私が悪かった。
まことに申しわけありませんでした」
すると、ポケットの中が静かになった。
左ポケットからネズミが顔を出したところを
部下が手を伸ばして、そっと捕まえた。
くそっ。寿命が縮んでしまったぞ。
「なんなんだ、これは」
「いわゆる言葉のわかるネズミです」
まったくもう、私の部下ときたら。
「どうして左のポケットに入るんだ」
「さあ、どうしてなんでしょう」
おもむろに部下はネズミに話しかける。
「君、どうして左ポケットに入るの?」
すると、青いネズミがネズミらしい声で鳴く。
さすがに人の言葉は発声できないらしい。
「左からやるのがネズミの流儀だそうです」
お、おまえはネズミ男か。
「もっと怒らせて右のポケットに移ると、
それからどうなるのだ」
「そうなると、もうおとなしいもんですよ」
「嘘をつけ」
「本当ですよ、ボス」
「信じられんな」
「ただしですね、ボス。
左から右へポケットを移動するとき、
こいつ、体の中を通り抜けるんですよ」
青いネズミの小さな頭を撫でながら
明るく笑う部下の顔が目の前にあった。
ああ、まったくもう。
2011/11/13
僕が塾から帰宅したら、
小学生の妹が居間でドラムを叩いていた。
「ただいま」
普段、そんな挨拶などしない。
きっと驚いたからだろう。
「おかえり」
スティックを鮮やかに空中で回転させ、
最後にドタタンと叩き、妹は演奏を中断した。
「なにしてんだ?」
「見ればわかるでしょ」
「どうしてドラムセットが家にあるわけ?」
「あたしが買ったの」
「どうしておまえがドラム叩けるわけ?」
「夜のアルバイトでドラマーやってたから」
まだまだ尋ねたいことはいっぱいあった。
だが、いつまでも尋ね続けることになりそうな気がして、
このあたりでやめることにした。
妹は再びドコドコバシャバシャやり始めた。
悔しいけど、なかなかうまいものだ。
なかなかというよりかなりというか、すごく上手だ。
(カッコイイ!)
夜のアルバイトとはいかなる内容のものなのか。
演奏が終わったら勇気を出して妹に尋ねてみよう、
と僕は決意しないわけにはいかなかった。
2011/11/11
比喩でもでもなんでもなく
本当に空気に文字が書いてあった。
[ つまんないから、もう帰りたい ]
情報処理技術の進歩というものは凄まじいものだ。
教育の荒廃なのか世代格差なのか、
場の雰囲気を理解できない人が増え、トラブル頻発。
それを回避するために開発されたのがこいつだ。
指定空間内の強い意識または多数意識を感知・解析し、
指定位置に文字で表示する。
しかし、おれはあえて読めないふりをした。
「いやあ、まったく驚いちゃったんだけど、じつはね・・・・・・」
なにしろ、必死の婚活デートの最中なのだから。
2011/11/05
幻獣とは伝説でしか存在しない動物。
剥製も骨格標本も化石さえ存在しない。
エゾルグはじつに不思議な幻獣である。
まず、どんな姿なのかよくわかってない。
腰でつながった一卵性双生児の人魚だとか
翼のある双頭の龍なのに豚鼻であるとか
鶏頭牛尾だとか
口が虎で肛門が狼だとか
定説はない。
つまり、なんでもありなのだ。
見る者によって異なって映るようだ。
また、エゾルグの生態も不可解である。
オスとメスの他に第三の性があるという。
この第三の性をウスと呼ぶ。
オス、メス、ウス、三頭で一組になる。
三つ巴というか、三位一体というか、
どの一頭が欠けても交尾が成立しない。
そして交尾直後、
ウスはオスとメスに食べられてしまう。
これはなにかの象徴であろうか。
さらに、エゾルグほど恐れられる幻獣も少ない。
その出現は大災害の前兆とされる。
火山の噴火、地震、津波、竜巻、疫病。
幸い、人前に現れることは滅多にない。
それから、エゾルグにも天敵がいる。
これがいわゆる幻獣エグゼソである。
ただし、残念ながら
エグゼソの内容はほとんど伝わっていない。
ゆえに、まったくの幻獣と言えよう。
2011/10/19
不意の目覚めには危険が伴う。
あなたではなく、恐ろしい夢魔が
闇の世界へ帰れなくなってしまうから。
夢魔は、夢の世界の魔物。
深海魚のように深い意識の底に隠れ棲む。
現実の世界では生きられない。
「誰だ誰だ。おまえは誰だ」
「まずい。置き去りにされてしまった」
「どうして俺の寝室にいるのだ」
「こいつの夢だったのか、あれは」
「こら。質問に答えろ」
「すまぬが、もう一度眠ってくれぬか」
「なにを、わけわからんことを」
「この際、力ずくだな」
「わあ、やめろ!」
夢魔はあなたを殴り倒す。
「いかん。殺してしまった」
夢魔は叫ぶだろう。
「悪夢なら覚めてくれ!」
2011/10/17
地図にも載ってない辺鄙な場所に
とんでもなく大きな大きな木がある。
頂上は万年雪に覆われ、
雲の上に白く鋭く突き出ている。
木の下は日陰となり、夏でも涼しい。
と言うか、幹の近くなんぞ寒いくらいだ。
木陰に入るには注意が必要。
雪解けの水が滝となって降り注ぐから。
暖かい風が吹くと、なだれも起きる。
たまに登木者も落ちてくる。
毎年、この木に登る者が跡を絶たない。
特に冬登木はとても危険だ。
私の父も冬登木で消息を絶った。
もっとも、死んだかどうかはわからない。
この大きな木のどこかの太い枝の上で
炭を焼いて暮らしているかもしれないのだ。
2011/10/16
これより美女の解剖をおこないます。
美女の入手方法について制限はありません。
ただし、解剖前に皮膚を傷つけないこと。
また、なるべく新鮮な美女を選ぶこと。
一般に美女は、とても腐りやすいのです。
さて、いよいよ執刀に入りますが、
麻酔が効かない場合、美女は抵抗します。
悲鳴をあげるようなら口を塞いでください。
殴る蹴るなど暴れることもあり、
抑えられなければ手足を縛ってください。
もし美女の隠し持っていた凶器が使われ、
あなたの出血が多いようなら
とりあえず執刀は中止すべきでしょう。
美女の皮膚を切り開くことができましたら
まず最初にすべきことは、冷静な観察です。
内臓の状態は、美女により様々です。
剃り残しの毛が心臓に生えていたりします。
腸が蝶結びになっていたりします。
尿道に宝石が詰まってる場合もあります。
もっとも大抵はイミテーションですが。
気になる臓器は注意深く調べます。
ガラスの子宮に帆船模型が浮かんでいたり、
美女も色々と苦労していることがわかります。
流行の寄生虫が見つかるかもしれません。
衝撃的な光景ですが、表情に出したりせず、
見て見ぬふりするのがマナーです。
さて、ひととおりの調査が済みましたら
最後に縫合は完璧におこなうこと。
解剖した痕跡を皮膚に残してはいけません。
のちほど大きな問題になる場合が多いのです。
だいたいの流れは以上ですが、ともかく
美女の解剖には細心の注意が必要です。
くれぐれも美女を甘く見てはいけません。
解剖しているようで、じつは
逆に解剖されているかもしれないのですから。