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  • 浴槽の沈没

    2012/03/08

    愉快な話

    仕事を終え、疲れて家に帰り、
    風呂に入ったら、浴槽が沈没した。

    「おーい、助けてくれー!」


    妻が浴室に入ってきた。
    「あなた、どうしたの?」

    「見てわからんのか」
    「わからないわ」

    なるほど。
    言われてみると、そうかもしれない。

    だが、納得してはいけない。
    おれは危うく溺れるところだった。

    とっさに洗面台にしがみつけたので
    なんとか助かったのだ。


    浴槽は、もう救いようがなかった。
    すっかり沈没してしまった。

    なんであれ、沈没してしまった以上、
    それは事実として認めるしかなかろう。


    おれは諦めた。
    いつまで眺めていても仕方ない。

    とりあえず、今夜のところは
    小型の補助浴槽を使うことにしよう。


    「明日、救命胴着を買ってくるよ」
    「そんなの売ってるかしら」

    「ホームセンターのスポーツ用品売り場とか、
     とにかく、なんとか探してみるさ」
    「そうね。見つかるといいわね」


    浮き輪も欲しいところだが、
    季節外れだから

    ちょっと無理かもしれない。
     

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  • また来てね

    2012/03/06

    愉快な話

    ひとりで世界中を旅していた頃、
    僕はある女の子と出会った。

    僕たちは深く知り合うことになり、
    一緒に寝たりさえした。


    「また来てね」
    「うん。そのうちね」

    別れ際、そんな口約束をした。


    けれど、時は流れ、
    そのうち僕は旅をやめてしまった。

    いや、そうではない。
    旅は今でも続いている。

    現実の世界の旅ではなく、
    意識の世界の旅を始めたのだ。


    灯りを消した夜の暗闇の中で
    僕はひとり瞑想する。

    すると、あの旅の途中で出会った女の子が
    僕の意識の前に姿を現した。


    「お久しぶりね」

    僕は挨拶どころではない。

    「あなた、いつまで待っても来てくれないから
     こっちから来たのよ」

    戸惑うばかりの僕。
    「・・・・・・だって、君は・・・・・・」

    微笑む彼女。
    「冗談よ。あたしもあなたに再会できるなんて
     まさか思ってもみなかったわ」


    彼女の説明によると、

    どうもまだよくわからないのだけれど、
    どうやら僕たちの意識はひとつに重なったらしい。


    「それじゃ僕たち、好きな時に会えるんだね」
    「ええ。お互いに強く意識すればね」

    「それは素敵だ!」

    「でもね」
    彼女、首を横に振る。

    「あたし、もう来ないわ」

    僕は驚く。
    「どうして?」

    彼女、僕の意識を見渡しながら、溜息を吐く。

    「あたしもう、お邪魔みたいだから」


    僕は今さら気づく。
    (しまった!)

    僕の意識の顔が赤くなる。


    僕のまわりは、とても彼女に見せられないような
    ひどく恥ずかしい意識で一杯で、

    現実に溢れ出さんばかりの惨状だったのだ。
     

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  • 世界超能力コンテスト

    2012/03/03

    愉快な話

    ある国際的な秘密結社主催による
    世界超能力コンテストが秘密裏に開催された。


    このコンテストにおける「超能力」とは
    通常の人間には実行できない特殊能力を意味する。

    科学的に説明できない超自然的な能力とは限らない。

    たとえば、世界一足の速い人も超能力者とする。

    つまり、ギネスブックに名が載るような人は
    大雑把ではあるが、すべて超能力者と言えよう。

    ノーベル賞受賞者なども同様。


    ただし、それでは際限ないので
    某秘密結社にとって利用価値の高い能力に絞られる。

    また、本人にはコンテストに参加しているとも
    選考されているとも知らされていない。

    一部の例外はあるものの、能力調査や選別試験は
    あくまでも秘密裏に行われたのである。


    さて、そのコンテストであるが
    意外な結果が出た。

    複数エントリーされた超能力ジャンルにおいて
    ある人物がすべて第一位を獲得したのである。


    その人物が持ついくつかの超能力とは、
    煎じ詰めれば、たったひとつの能力に還元できる。

    それは透視や念力など、本来の意味の超能力より
    遥かに実用価値の高い能力と言えよう。


    その特殊能力とは、すなわち

    「とにかくコンテストで第一位を獲得する能力」

    である。
     

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  • 熱気球に乗って

    2012/02/18

    愉快な話

    熱気球のゴンドラに乗って
    僕は雲ひとつない大空に浮き上がった。

    バーナーの炎に熱せられ、
    青色のエンベロープが小さな地球みたいに膨らんでいる。


    熱気球操縦士技能証を習得して、最初の単独フライト。

    しっかり浮遊許可の届けも出した。

    どこにも邪魔者はいない。


    バスケットとも呼ぶ籐製のゴンドラは、
    燃料の入ったシリンダーの他、荷物も多くて狭苦しい。

    けれど、ここからの眺めは広大無辺。

    もう最高!


    熱気球は風まかせ。
    ただし、風向きは高度によって変わる。


    さらに上昇。

    高度計の針がゆっくり目盛を刻む。
    高い上昇率を示し、バリオメーターが高い音を鳴らす。


    さあ、僕の風を迎えに行こう!
     

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  • 小春日和のインディアンと天国の門

    2012/02/02

    愉快な話

    「小春日和」とは、晩秋から初冬にかけて
    移動性高気圧に覆われた時などの温暖な天候のこと。

    「小春」とは陰暦10月。

    現在の太陽暦では11月頃に相当し、
    この頃の陽気が春に似ているため。


    英語なら、“indian summer”が近い。
    「インド人の夏」ではなく、「インディアンの夏」。

    語源は諸説あり、次の説が一番おもしろい。


    アメリカ開拓時代、インディアンは
    夏に植民者を襲撃することが多かった。

    寒くなると、その頻度が少なくなるので
    まあ比較的、穏やかに過ごせる。

    ところが暖かい日が続いてしまうと
    また襲撃される心配をしなければならない。

    植民者たちは、いまいましさを込め、
    それを“indian summer”と呼んだ。

    〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

    「インディアン、嘘吐かない」
    その老人は言う。

    「白人、嘘吐く」

    私も言う。
    「日本人、嘘吐いたり吐かなかったり」

    すると、老人は怒る。
    「それ、一番タチ悪い」

    〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

    さて、ここでクイズです!


    あなたは死にました。

    目の前に二つの門があります。
    ひとつが天国の門、もうひとつが地獄の門。

    ただし、あなたには見分けられません。

    門の前には三人の門番。
    それぞれ、正直者、嘘吐き、いい加減な門番。

    ただし、あなたには見分けられません。

    門番は、誰が誰で、どちらがどの門か知ってます。
    門番は、「はい」「いいえ」以外では答えてくれません。

    「はい」「いいえ」と明確に返事できない質問には、
    正直者と嘘吐きは沈黙します。

    いい加減な門番は、どんな質問にも
    いい加減に「はい」「いいえ」で答えます。

    あなたは、門番たちに二回だけ質問できます。
    ただし、質問は個別にしかできません。


    さてさて、どのような質問をどのようにすれば、
    あなたは無事に天国へ辿り着くことができるでしょう?

    〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

    【ヒント1】

    以下、独力で解答したい方は読まないでください。


    門番が正直者と嘘吐きの二人だけの場合なら、
    一方の門を示し、

    「相方の門番に『こちらが天国の門か?』と尋ねたら、
     相方は『はい』と答えるか?」

    と一方の門番に質問します。

    その返事は、嘘を正直に言うか、正直に嘘を吐くか、
    いずれにしても必ず嘘になるので、

    「はい」なら、示した反対が天国の門、
    「いいえ」なら、示した方こそ天国の門になります。

    〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

    【ヒント2】


    以下、独力で解答したい方は読まないでください。


    いい加減な門番の返事を
    正直者または嘘吐きに問うと、

    「はい」「いいえ」の答えでは
    正直にも嘘にもならないため、

    明確な返事ができません。

    なので、沈黙するしかありません。


    この沈黙のあるなしによって、
    いい加減な門番が絞り込まれます。

    〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

    【答え】

    こちら
     

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  • 浮気なキノコ

    2012/01/19

    愉快な話

    妻がとんでもない奇病を患った。

    夕飯の食卓で妻が文句を言う。
    「あなた。もっとおいしそうに食べてよ」

    おれのシメジの佃煮の食べ方に問題があるらしい。

    キノコの五目炊き込みご飯、ナメコの味噌汁、
    エリンギのメンマ、マッシュルームの卵炒め、
    シイタケのオイスター煮、マイタケの照り焼き、・・・・

    我が家の食卓は、キノコ料理に完全に占領されていた。


    妻の体からキノコが生え始めたのは
    あれはたしか、結婚三年目の秋のことだった。

    妻は最初、ただの吹き出物かと思ったそうだ。

    爪で簡単に削れるが、削っても洗っても
    かさぶたのようなものが次から次へと出てくる。

    皮膚病を心配して病院で診てもらったところ 
    皮膚の下までキノコの菌床になっているという診断だった。

    若い担当医は笑顔で説明したという。

    「ごく普通のキノコの菌ですね。
     たから、食べられますよ」

    さすがに最初は食べる気になれなかった。

    けれども、妻の下腹部から松茸らしきものが生えた時 
    なんだかもったいない気がして、つい育てて試食してしまった。

    それがじつにおいしかったのである。
    最高級品の馥郁たる香りがした。

    それからなのだ。
    完全なキノコの菌床になる決意を妻がしたのは。

    夫婦の寝室は妻専用のキノコ栽培室となり 
    大型の加湿器が置かれるようになった。

    妻はまったく外出しなくなり、エアコンつけっぱなし。
    一年中ほとんど裸で過ごすようになった。

    あの美しかった妻の面影は、もうどこにもない。
    というか、もう人間とすら思えない。

    図鑑で見たベニテングタケそっくりに見えてきた。

    その毒々しくも鮮やかな色彩。
    見ていると、なんだか頭がクラクラしてくる。

    全身が燃えるように熱くなり、汗が垂れ始めた。

    胸が締めつけられる。
    こ、呼吸が苦しい。

    おれの苦しむ姿を見ながら
    目の前の巨大なベニテングタケが小首をかしげた。

    「あら? 毒抜きが足らなかったのかしら」
     

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    • Tome館長

      2013/04/10 15:45

      「広報まいさか」舞坂うさもさんが朗読してくださいました!

    • Tome館長

      2013/03/01 01:57

      「こえ部」で朗読していただきました!

  • スクーター少女

    2012/01/18

    愉快な話

      彼女は 駆け抜ける
        さわやかな 一陣の風



    小さくて渋いヘルメットの端から
    脱色した長い縮れ髪を垂らして

    スクーターを乗りまわす少女がいる。

    その凛々しい姿を目撃して
    スクーターになりたがる大馬鹿野郎も多い。


    しかしながら君たち、考えが甘い。
    彼女はただの少女ではない。

    どういうことかというと、

    さぞ柔らかいであろう彼女のお尻は
    その下のシートとつながっていて

    彼女とスクーターは一体なのである。

    つまり、彼女の半分はスクーター。
    いわゆる「スクーター少女」なのである。


    チョコもケーキもサラダも食べない。
    ガソリンをリッターで飲むだけ。

    でも、アルコールでちゃんとうがいはする。

    「だって女の子なんだもん」


    ああ、そうかいそうかい。
    一度はねられてみたいもんだね。
     

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  • 遊びの極意

    2012/01/13

    愉快な話

    老犬が猫のところにやって来た。

    「わしに遊びの極意を教えてくれんかの」


    猫は日向ぼっこをしていた。

    「さてね。これでなかなか
     遊びというのは奥が深くてね」


    老犬は猫の隣に座った。

    「わしは番犬を長年やっておってな、
     つくづくいやんなっちまった」


    猫はあくびをする。

    「まあ、わからんでもないがね」


    老犬はため息をつく。

    「ご主人を遊ばせるのが、わしの仕事だったとはの」


    猫は目を閉じる。

    「遊びたかったら、まず夢を見なくちゃ」


    老犬も目を閉じる。

    「わしが見るのは、いつも番犬の夢じゃよ」


    猫は眠ってしまった。

    老犬は眠れなかった。


    それで仕方なく
    眠る猫の隣で番をするのだった。

    「やれやれ」
     

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  • 踊れや踊れ

    2012/01/12

    愉快な話

    おれは踊りに夢中になっていた。

    こんなに盆踊りが楽しいものとは知らなかった。
    笛や太鼓の音に合わせ、体が軽々と動く。

    (これなら毎年踊るんだったな)
    今さら後悔しきり。

    なぜか今年、踊る人数がやたらと多い。

    毎年、青年団とか少数の踊る阿呆が櫓の周りをまわり 
    その周りを大勢の見る阿呆が囲むのだ。

    どっちも阿呆だからと、おれは大抵、家で留守番だった。

    だが、今年の盆踊りは見物人がいない。
    みんな踊ってる。

    (どういう風の吹きまわしだ?)
    やがて、おれは奇妙なことに気づいた。

    (あいつは、又四郎んとこの倅じゃねえか)
    バイク事故で死んだはずの若者が元気に踊っている。

    (あれは、安左衛門さんとこの爺さんだ)
    近所の、老衰で死んだはずの老人が達者に踊っている。

    知らない顔がほとんどだが 
    おれが知ってる顔で死んでない踊り手はいない。

    いや。ひとり見つけた。
    「おい。磯七」

    おれはそいつを屋号で呼んだ。
    本名は思い出せない。

    「おお。伊佐次郎か」
    そいつもおれを屋号で呼び返した。


    おれは踊りながら尋ねる。
    「ここで生きてんのは、おれとおめえだけか?」

    「いや。おめえも死んでるぞ」
    磯七は踊りながら教えてくれる。

    「おりゃ、おめえの葬式に出たんだからな」

    (ああ、そう言えば・・・・)
    なんか、そんな気がしてきた。

    磯七は平気で踊り続ける。
    「よく覚えてねえが、多分おれも死んだんだろうよ」

    そうかもしれない。
    それなら全部の理屈が合う。

    きっと磯七はおれが死んだ後に亡くなったのだろう。
    だから、踊る阿呆になってしまったんだ。

    いや。踊る亡霊か。

    ふん。
    もう、どうでもいいや。

    「ホレ、踊れや踊れ!」
    おれは大声で合いの手を入れた。
     

    Comment (2)

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    • Tome館長

      2013/02/23 23:07

      「こえ部」で朗読していただきました!

    • Tome館長

      2012/01/25 15:28

      「ゆっくり生きる」haruさんが動画にしてくださいました!

  • 暖簾のある歯医者

    2012/01/05

    愉快な話

    「ごめんください」
    「へい。いらっしゃい」

    「歯の治療を受けたいのですが」
    「こちら、カウンター席にどうぞ」

    「あの、もしかして、ここ、寿司屋ですか?」
    「まさか。ご冗談を」

    「歯医者さんですよね」
    「見てわかりませんか?」

    「ええ。ちょっと、あんまり」
    「とりあえず、なにから握りますか?」

    「やっぱり寿司屋さん?」
    「いやだな、お客さん。違いますって」

    「あっ。どこ握ってるんですか」
    「失礼しました。つい癖で」

    「歯を見てくださいよ」
    「では、アーンして」

    「アーン」
    「なるほど。これが歯ですか」

    「あれふ」
    「まさしく歯ですね」

    「あにふるんれふあ?」
    「なにするって、歯の治療ですよ」

    「あんれふあ? ほれあ」
    「なんですって、刺身包丁ですけど」

    「あああああ」
    「活きがいいですね」

    「うぐ、うげ、うご」
    「はい。お口直しをしてください」

    「がらがらがら、ペッ!」
    「お客さん。うがいをしてはいけませんね」

    「これ、お茶ですけど」
    「醤油にしましょうか?」

    「いやいや。そういう問題ではなくて」
    「お勘定にしますか?」

    「そうですね。ぜひ、そうしてください」
    「ワサビは付けますか?」

    「いりません」
    「暖簾に腕押しですね」

    「意味わかんないんですけど」
    「毎度ありがとうございました」
     

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