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2012/08/16
おれは監督だ。
歩き方が気に入らない。
「こら。そこの女、やり直し」
おれは怒鳴った。
「アタシ?」
「おまえだ」
「なんですか?」
「なんですかじゃない。歩き方が悪い」
「あの、よくわかんないんだけど」
「まるで女子高生の歩き方じゃないか」
「だってアタシ、女子高生だもん」
「文句あるのか」
「あっ」
やっと気がついたようだ。
「いいえ、ありません。やり直します」
そうだろう、そうだろう。
なにしろ、おれの指示なのだ。
おれは監督だ。
つまり、監督の指示なのだ。
監督の指示は絶対なのだ。
道路も気に入らない。
「なんだ、この舗装道路は」
歩いていた妊婦をつかまえて怒鳴った。
「こんなきれいな道路、不自然だろうが」
「そ、そんなこと言われても」
「もっと穴だらけにしておけ」
「そんな」
「文句あるのか」
「あ、ありません」
当然だ。
監督の指示なのだから。
誰にも文句は言わせない。
空模様も気に入らない。
「おい。目を覚ませ」
公園のベンチで眠っていた浮浪者を起こす。
「ううん。なんだなんだ?」
「なんだじゃない。空が明るすぎるぞ」
「はあ?」
「はあじゃない。空がまぶしいではないか」
「ああ、そうだね」
「そうだねじゃない。空を曇らせろ」
「なんだって?」
「なんだってじゃない。おれは監督だぞ」
「はあ?」
話にならん。
おれは腹が立った。
隣のベンチにサラリーマンがいた。
そいつの胸ぐらをつかんで怒鳴った。
「あの浮浪者は使いもんにならんぞ」
「そ、そうですね」
「おまえが浮浪者になれ」
「し、しかしですね」
「文句あるか」
「いいえ、ありません」
「よし。おまえ、空を曇らせろ」
「は、はい。かしこまりました」
言葉づかいが気に入らなかった。
「こら。浮浪者がかしこまるか」
「そ、そうでしたね」
「気をつけろよ」
「は、はい。わかりました」
よしよし。
わかれば許す。
気に入らないことは絶対に許さん。
なにしろ、おれは監督なのだ。
2012/08/05
巨大なショッピングセンター。
どんなものでも売っている、と評判だ。
食品コーナーなんか
見てまわるだけで満腹になる。
おそらく疑似加工食品だろうが
人魚の刺身や河童の干物まで並んでいる。
玩具コーナーの戦争ゲーム盤の隣には
さりげなく核兵器手作りキットが置いてある。
悪質な冗談としか思えない。
季節商品の納涼グッズ・コーナでは
風鈴のように幽霊が吊り下がっている。
その、うらめしそうな顔、顔、顔。
しかし、そんなものはどうでもいい。
あれは、どこに売っているのだろう。
ここへ来たのは、あれを買うためなのだ。
「商品を探しているのですが・・・・・・」
制服姿の従業員に尋ねてみた。
「はい。何をお探しでしょう」
なんて素敵な商業スマイル。
「あ、愛は、どこにありますか」
赤面するのが自分でわかった。
「愛ですか?」
「そうです。愛が欲しいのです」
もう恥ずかしがってる場合じゃない。
「本日の目玉商品のやつですね」
「そうです。それです。それに違いありません」
涙で視界がにじんだ。
やはり愛は売っていたのだ。
しかし、従業員は申し訳なさそうな顔をする。
「すみません。
愛は、午前中に売り切れてしまいました」
2012/07/31
「あっ、落としましたよ!」
老人を呼び止めた。
歩道に落ちたものを拾ってやる。
それは眉であった。
真っ白な眉。
「これはこれは。すまんすまん」
老人に白い眉を手渡す。
なるほど。
老人の顔には片方の眉がない。
「ありがとうな。助かったよ」
「いいえ。どういたしまして」
先を急いでいたら、老人に呼び止められた。
「もしもし。これは違うぞ」
片眉の老人が追かけてきた。
「これは左の眉ではないか」
老人の手のひらの上のそれを見る。
言われてみると、確かに左眉だ。
老人の顔を見る。
「落としたのは右の眉だ」
片眉の老人は断言するのだった。
なるほど。
老人の顔には右側の眉がなかった。
その反対側の眉を見る。
なんとも異様な眉であった。
なぜなのか、その理由がわかった。
「この左側の眉は、右眉ですね」
そう言われて、老人は驚いたらしい。
異様な眉が異様に下がったから。
おそらく、吊り上げたつもりなのだろう。
上下も逆さまだったから。
2012/07/29
本棚の本が入れ替わったような気がしてならない。
書斎にある大きな木製の本棚。
そのガラスの引き戸の奥に本がある。
本は大きさもジャンルも様々。
並び方も整然と雑然の中間ほど。
これら本の配置が変わった気配がする。
どの本がどの位置へ、とは指摘できない。
けれども、なんとなく違和感を感じる。
独身の一人暮らしである。
また、滅多に訪問者はいない。
他人が動かしたとは考えにくい。
ならば、犯人は自分か。
そこそこ高齢ではある。
物忘れがあっても不思議ではない。
だが、納得できない。
まったく見覚えのない本まであるのだ。
その一冊を引き出し、ページをめくる。
年甲斐もなく顔を赤らめてしまった。
こんな過激な写真集、まったく記憶にない。
少ないが、文庫本もある。
お気に入りの推理作家の未読の小説を見つけた。
この作家は生涯に四冊しか作品を書かず、
その四冊とも確かに読んだはずなのに。
驚いたことに、私の伝記まで見つけた。
著者名に記憶はない。
なかなか立派な装丁である。
よくも調べたものだ。
ほとんど内容は合っている。
ただし、没年はとうに過ぎていた。
2012/07/23
昔、ある国の王宮に
不服従な従者がいました。
国王が命令を下しても
従者のくせに従わないのです。
王宮から追い出そうとしても従いません。
国王の弱みを握っているのか
従者は拘束されることもありません。
「国王は先代の遺言に縛られているのだ」
そのような
まことしやかな噂さえ聞こえます。
そういうわけで
国王の悩みは尽きませんが
国の治世は立派になされていました。
ある時、国王が側近にもらしたそうです。
「あいつを従わせるくらいなら
国民を従わせるなど、たやすいこと」
なるほど。
そういうこともあるかもしれませんね。
2012/07/22
考える機械に問うてみた。
「真理とはいかに」
考える機械は答えた。
「考えさせてくれ」と。
半年後、再び問うてみた。
「真理とはいかに」
考える機械は答えた。
「よくわからぬ」と。
ふむふむ。
なかなか考えておるわい。
2012/07/11
さすがに情けなくなってくる。
毎日、くだらない夢ばかり見るのだ。
本当にどうしようもない夢。
話す気にもなれない、つまらない夢。
恥ずかしくなるほどくだらなくて
救いようもない最低の夢の繰り返しなのだ。
しかし、夢の事なんかどうでもいい。
現実さえ楽しければ、それでいいのだ。
実際、なかなかうまくやっていると思う。
豊かな生活、両手に花。
思い通りの輝かしい人生。
そうなのだ。
なにをやっても成功してしまうのだ。
事がうまく運び過ぎる気さえする。
まるで、なんというか
そう、まるで夢みたいなのだ。
本当に夢ではないかと心配になるくらいだ。
まさか、そんな事はないだろうけどさ。
そうだよ。
これが夢であるはずがない。
なにしろ、こんなにうまくいってるのだから。
まるで夢みたいにうまくいってるのだから。
ん?
ああ、誰だ?
やめろ。
やめてくれ。
お願いだから
このまま、ほっといてくれ!
2012/07/06
ものすごい殺し文句を発明した。
こいつにまいらぬ女はいない。
相手が女なら
誰でもイチコロ。
どんな純真な少女であろうと
どんな貞節な人妻であろうと
一発でメロメロ。
いくら美しくても耐えられない。
いくら賢くても抵抗できない。
女子高生、女子大生、OL、教師、
幼女、熟女、より取り見どり。
近親者だろうが関係なし。
どんな醜い男が使っても大丈夫。
臭かろうが
貧乏であろうが
センスがなかろうが
まったく問題なし。
それは、この俺が保証する。
もてなかった俺。
自殺未遂までした俺。
まさに男の最底辺に属するこの俺が
まさに死ぬほど苦労して
考えに考えに考えぬいた末の
必殺の殺し文句!
完全にして完璧。
こいつから逃れられる女など
この世にいない。
男なら知りたいだろう。
ぜひ使ってみたいだろう。
そうだろう、そうだろう。
ふふふ。
ふふふふふふ。
絶対に教えてやるもんか!
2012/07/01
ひとり、酒を飲んでいた。
人、酒を飲む。
酒、酒を飲む。
酒、人を飲む。
で、酒に飲まれてしまった。
なんということ!
「おーい、酒よ」
酒を呼んでみた。
「なーんだ、人よ」
酒が返事をした。
いかん、いかん。
こりゃ、かなり酔っとるぞ。
2012/06/27
「あなた」
「よくがんばったな」
「男の子よ」
「おれにそっくりだ」
「そうね」
「おや?」
「どうしたの?」
「こいつ、頭に角が二本ある」
「そうよ」
「おれもおまえも角は一本なのに」
「あら、足して二本じゃない」
「そうか。なるほど」
「そうでしょ」
「だけどな、おまえ」
「なによ」
「おれたちの孫は、角が四本か?」
「・・・・・・」
「おれたちのひ孫は、角が八本か?」
「・・・・・・」
「ああっ! 角が伸びてきた!」