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2013/05/30
真夜中、見知らぬ女が訪れる。
「助けて。退屈のあまり死にそうなの」
なるほど、そんな顔をしている。
こちらも同じく退屈していた。
(どれ、この女を救ってみようか)
しばらく考えてから提案してみた。
「ふたり、抱き合ってはどうか」
しかし、女は深く溜め息をつく。
「根本的な解決にならないわ」
そうか。
そうなのか。
そうだったのか。
冷たい風が吹き抜けてゆく。
とりあえず、応接室に案内した。
季節は夏、女の服装も夏。
膝と肘がきれいな女だった。
「根本的な解決を望むのか」
「そう。ただし、死にたくないの」
なんてわがままな女だ、と思った。
「ひとつ、笑い話をしてやろう」
「どうぞ」
「昔、お尻が横に割れた女がいて」
「あっ、それ知ってる」
なんて失礼な女だ、と思った。
「それでは、怖い話をしよう」
「どうぞ」
「昔、お尻が横に割れた女がいて」
「あっ、それ私なの」
女はスカートをめくり、尻を見せた。
なんて退屈な女だ、と思いたかった。
2013/05/16
僕の秘密の遊び場は
小学校の裏山にある鍾乳洞。
入口は、お地蔵様の並ぶ崖の下。
ここに入る時
君のその大事な頭を天井に
ぶつけないよう注意するんだね。
まっすぐ進むと
冷凍マンモスの部屋があるよ。
そこには八つほど穴があって
右から二つ目を選ぶのさ。
恐竜の背骨の階段を
だらだら下まで降りたらね
そこは恐ろしい強酸の水たまり。
服や靴、濡れると融けるから
十分に注意するように。
この水をね、すくって飲むと
すっごく楽しくなるんだよ。
奇妙なものが見えたり
音が聞こえたり。
考える原始人
あるいは三歩前の足音、とかね。
もしも四歩前の足音なら
それは君きみ
ちょっとばかし飲みすぎだよ。
2013/05/15
客と商談中なのであった。
なかなかスムーズに進行していた。
ところが、ふと私は気づく。
客から受け取ったばかりの書類がない。
大事なものを紛失してしまった。
テーブルの上を捜しても見つからない。
あわてて自分のバッグを開ける。
安物のバッグが破れ、中身が床に散らばる。
とんでもないものがゾロゾロ。
あられもないものがゴロゴロ。
その恥ずかしい事と言ったらない。
人間性を疑われてしまったに違いない。
あせって席を立ち、急いで拾い集める。
客の視線が背中に突き刺さる。
「ああ、これはまことにもって
申しわけありませんの利休」
言いわけが言いわけになってない。
こぼれ落ちる自分の言葉が理解できない。
ボロボロと信用を失ってゆくばかり。
もう逃げるしかないと決意した瞬間、
目の前に書類が置かれてあるのに気づく。
「あった! 書類がありました!」
私は狂喜する。
だが、客の目は冷たい。
「最初からここにありましたよ」
2013/04/15
「首が痛い」
と
冷蔵庫が言う。
「どこに首があるんだ?」
と
問うてみたくなった。
2013/03/12
やらなければならないんだ。
損とか得とか、そんな低次元の話じゃない。
仲間が死んでも、その恋人が泣いても
皆から非難され軽蔑されても
そんなこと関係ない!
比べられないんだ。
絶対にやり遂げねばならないことなんだ。
これは永遠に引き継がれるべき問題。
数年で忘れられ、消え去るような幽霊どもめ、
とっととあっちへ行ってしまえ!
・・・・あっ。
いや、ごめん。
狂ってはいない。正気だ。
だから、頼む。
どうか助けてくれ。
一生に一度の、いや永遠に一度の頼みだ。
ちょっと手伝ってくれるだけでいい。
つまりね、なんと言うか・・・・
ほら、そこに球根が転がっているだろ?
それ、チューリップの球根なんだ。
ありふれた球根のように見えるけど
絶対にそれでなければ駄目なんだ。
やってくれるかい?
おお、ありがとう。
心から礼を言わせてもらうよ。
それでね、とりあえず
その球根をまず両手でしっかり持ってくれ。
ああ、そうじゃなくて・・・・
そうそう、そんな感じ。
ううん、大丈夫さ。
そうだよ、君。
勇気を出すんだ。
次にね、ええとだね、
僕がこうやって尻を突き出すからさ、
それ、肛門に突っ込んでくれ。
2013/03/11
その楽団の団員は
みめ麗しき美女ばかり。
見ているだけで得した気分。
聴けばもっと得をする。
さて本日は、森の広場で演奏会。
招待客は小鳥や小鹿、リスや蝶。
そして勿論、あなたもね。
手作り楽器に即興曲。
譜面を見つめる真摯な瞳。
揺れる髪と花飾り。
端正な横顔、陶酔のまぶた。
「あっ、いけない」
失敗して、あせる様子も微笑ましい。
そよ風が、ドレスの裾をなびかせる。
木の葉の音符も舞い踊る。
おや。
臆病な少年、覗いてる。
バラの茂みに隠れたつもりで。
おやおや。
あれは昔のあなたかな。
2013/02/22
公園で子どもが石蹴りをしている。
地面に丸や四角の線を引き、
石を蹴りながら片足になったり
歌ったり笑ったりしている。
石なんか蹴って
いったい子どもは
何が楽しいというのだろう。
ふと見下ろすと
俺の足もとに
蹴りやすそうな石が落ちていた。
なんとなく俺は
それを蹴っ飛ばしてみた。
石は弧を描いて空中を飛び、
見知らぬ奥さんの後頭部に当たった。
「ゴッツン!」
そのままバタリと地面に倒れる奥さん。
とんでもないことになってしまった。
「すみません! 大丈夫ですか?」
いくら呼んでも反応しない奥さん。
うつぶせのまま顔が地面に埋まっている。
くすぐろうか抱き起こそうか
俺は一瞬迷い、
それは失礼ではないか
などと考えているうちに
突き出ていた尻を
つい蹴ってしまった。
「痛い!」
奥さんのくぐもった声。
左右に揺れる尻。
ああ、よかった。
まだ生きている。
嬉しくなって
俺はもっと強く尻を蹴った。
「痛い!」
左右に大きく揺れる奥さんの尻。
これだ、これ。
これこそ大人の楽しみ。
ああ、尻蹴りは楽しいな。
2013/02/20
たそがれの公園。
「なにしてるの?」
たずねる少女。
「歩く練習」
こたえる少年。
「池の底を?」
「水面を」
「まさか」
「本当さ」
「うそつき」
「まず右足を水面に」
「歩けるもんですか」
「右足が沈む前に左足を」
「そんなの無理よ」
「あれ?」
「ほらね」
「おかしいな」
「ばかみたい」
空中を歩く少年。
2013/02/10
約束通り、彼女は現れた。
「会えて嬉しいわ」
彼女の笑顔は透けていた。
その向こうに景色が見えるのだった。
「・・・・よく来れたね」
「だって、約束だもん」
ああ、約束なんかするんじゃなかった。
「君、気づいてる?」
「なんのこと?」
やっぱり彼女、気づいてないんだ。
どうしても伝えなくては。
「じつは君、死んじゃったんだよ」
「えっ!?」
「生前に僕と約束したから、君は幽霊になって・・・・」
「なに言ってるの?」
「だから、もう君は生きて・・・・」
「ふざけないで!」
すっかり彼女を怒らせてしまった。
「私たち、一緒に死んだのよ!」
「えっ!?」
「心中したのよ!」
彼女の怒った顔を透かして
向こうに暗い川が見えた。
その手前にある川原の立て札の文字さえ
読むことができた。
『三途の川』
2013/02/02
「あの、お尋ねしたいのですが」
私は、異国の地で異国の人に
自国語で尋ねてみた。
「サナトダミアに続く道は、これですか?」
異国の人は無表情だった。
あるいは、あやしい異人である私に
あやしい言葉で呼び止められ、
どんな表情をすればいいのか
迷っていたのかもしれない。
しかし、異国の彼は首を振り、
別の道を指さした。
「サナトダミア」
私は驚いた。
そのような名前の地名か建造物か
あるいは観光名所であるか知らないが
まさか本当に存在するとは
思ってもいなかったから。
とりあえず礼を言わねばなるまい。
「ありがとうございます」
すると、異国の彼が初めて表情を浮かべ、
私に微笑んだ。
「サナトダミア」
さて、この示された道を
私は歩まねばなるまい。
あの異国の彼が
いつまでもこちらを見ているので。