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2008/12/31
とりあえず女になってみる。
もちろん美人。いわゆる女盛り。
化粧なんか邪魔よ、邪魔。素顔が最高。
宝石も髪飾りも、ハイヒールもいらない。
裸より素敵な服なんか、どこにもない。
「おなか、すいたみたい」
つぶやくだけで用意される豪華な食卓。
私が食べると、男どもは感謝する。
私の触れた食器は、そのまま家宝。
死ねって言えば、死ぬかしら。
ちょっと怖くて、言えないわ。
でもね、そんな魅力だけじゃなくてよ。
いろんな能力があったりするわけよ。
たとえば、感覚がものすごく鋭いの。
鼻は、犬並み。臭くてかなわん。
耳は、兔やコウモリにも負けやしない。
両の眼は、望遠鏡と顕微鏡。透視も可能。
読心術だってできる。予知だって。
さらに、体力だってすごいのよ。
美しい指先、七色の光線銃。
豊かな乳房は、連発式のロケット砲。
走れば、裸足で音速超えちゃうの。
ほら、空だって鳥みたいに飛べるのよ。
どう? すごいでしょ!
ええと、なんですか。
ああ、そうですか。
だからなんだ、と言うわけね。
ただの、空想の女の話だよ。
2008/12/30
靴音が信じられないくらい大きく響く。
街灯もまばらな暗く寂しい新月の夜道。
若い娘がひとり通るには危険な場所だった。
角を曲がったところで抱きしめられた。
闇に隠れ、待ち伏せていたのだ。
悲鳴をあげる暇も与えられなかった。
脇腹に潜り込む指先、その素早さ。
その鋭く絶妙な動作、耐え難かった。
死ぬかと思った。
死ぬほど笑わされた。
どうしても笑わずにいられなかった。
さらに邪悪な指先が脇の下を襲う。
「だ、だめ。そこは」
息が苦しい。
笑いすぎて咳き込む。
横隔膜が痙攣しているのがわかった。
靴を脱がされ、足の裏もやられた。
「ひい、やめて」
よだれが垂れて、スカートが汚れた。
涙で、すべての世界が歪んで見えた。
「助けて。だ、誰か」
だけど、誰も助けてくれないだろう。
悪ふざけと思われてしまうに違いない。
こんなにはしたなく笑っているのだから。
悩ましい指先の群が首筋を這ってきた。
まさに笑ってる場合ではなかった。
だんだん意識が遠のいてゆくのだった。
2008/12/30
ある男がある女を殺した。
死んだ女は人類最後の女性。
人工出産の技術は確立していない。
やがて人類は絶滅するしかない。
史上最悪の犯罪であった。
しかも完全犯罪。
殺したのは人類最後の男性。
この男を裁く者はいない。
2008/12/29
磁石男の悲しみは深い。
鉄を引き寄せるくらいなら、問題ではない。
ナイフが飛んできて、胸に刺さるくらいだ。
この男は女を引き寄せるから、困る。
それも美女ばかり、選り好みをするのだ。
磁石男が街を歩けば、美女が飛んでくる。
空中正面衝突など、日常茶飯事だ。
あまりに磁力が強烈で、離れられなくなる。
もちろん、水をかけたって離れない。
美人コンテストの会場では、死にかけた。
なんとか救出されたのは、三日後だった。
引き寄せられないから、と泣く女までいる。
押しのけられないのだから、と慰める友人。
実際、反発されて飛び去る女だっていた。
誰も磁石男の苦しみを救えなかった。
磁石男は、ひとり教会で祈るのだった。
やつれた姿は、いまにも死にそうに見えた。
神の力なら、磁力が消えるかもしれない。
だが、その時であった。
礼拝堂の奥から現われるものがあった。
それは、空中を飛ぶ、聖母マリア。
大きくて重そうな、美しい石像だった。
2008/12/28
「おい。黒板が汚いぞ」
教師に注意されるまで気づかなかった。
不謹慎な落書が、消されずに残っている。
黒板をきれいにしておくのは、当番の仕事だ。
あいにく、今週の当番は自分なのだった。
黙って席を立ち、黙って教室の前に進む。
黙って黒板消しを持ち、黙って黒板をふく。
「授業が始まる前にちゃんと」
文句を背に浴びながら、落書きを消す。
「恥ずかしくないのか。こんな稚拙な」
視線を無視して、ただ黙々と黒板をふく。
「だいたい、試験の前だというのに」
教師の金属的な声が頭の中に反響する。
「まったく情けないね。親の顔を見て」
駄目だ。限界だ。もう我慢できない。
手に持った黒板消しを教師の顔に当てる。
そのまま黒板に教師の頭を押し付ける。
なぜか黒板にぶつかる音がしなかった。
黒板消しを引くと、教師の顔が消えかけていた。
黒板消しを当てた部分が消えたのだ。
おもしろい。黒板消しで教師が消える。
さらに黒板消しを当てて、教師をふいてみる。
消える。消える。おもしろいくらい教師が消える。
とうとう教師の姿は全部消えてしまった。
教師がひとり、黒板の前で消滅したのだ。
不安になって振り返り、教室を見渡す。
みんな口を開けている。ただし、声はない。
窓を開け、黒板消しを校庭に放り投げる。
黒板の前から離れ、黙って席に戻る。
静かな教室。話し声さえ聞こえない。
しばらくすると、みんな自習を始めた。
2008/12/27
きょうがっこうへいきました。
とてもおおきながっこうでした。
たくさんのせいとがいました。
すぐにともだちができました。
かおのないおとこのこです。
かわいいこいびともできました。
ろうかにおちてたおんなのこです。
あかちゃんもできました。
まだらんどせるのなかです。
せんせいはいつもあそんでます。
はんめんきょうしだそうです。
なんだかおかしながっこうです。
2008/12/26
隣国との間に戦争が続いていた。
永遠のように長い戦争であった。
その隣国から、使者がやってきた。
美しい瞳の小柄な少女だった。
国王謁見の席で、使者の口上。
「踊り終わる時、ついに平和ぞ訪れん」
そのまま使者は、静かに踊り始めた。
それは素晴らしい踊りであった。
汚れた心が洗われるようであった。
人々の喜びが歓声となった。
重い鎧を脱ぎ、剣を折る騎士。
笑いながら泣き出す大臣もいた。
使者の踊りは、いつまでも続いた。
その夜、隣国の大軍が攻めてきた。
そして、夜明けとともに
使者の踊りは、静かに終わった。
2008/12/25
都会の空はギザギザに切り抜かれている。
さも軽蔑するかのように見下ろす高層ビル群。
奴らから見れば、おれたちは地面を這う蟻か。
最初、それは高層ビルが吐き捨てたツバのようだった。
なにか真上から落ちてくるのに気づいたのだ。
ぶつかる瞬間にそれが女だとわかった。
おれはまともに歩道に叩きつけられた。
だが、すぐにおれは立ち上がった。
「君、大丈夫?」
倒れている女に声をかけた。
「うん。大丈夫みたい」
すぐに彼女も立ち上がった。
彼女は裸足だった。
ミニスカートの汚れが気になるらしい。
「靴は?」
「ええと、屋上に置いてきちゃった」
平気そうな顔をしている。
「あなたこそ、大丈夫?」
落ちてきた彼女と激しく衝突したのだ。
死んだとしても不思議ではない。
「そういえば、なんともない」
むしろ、死んでないのが不思議だ。
「大丈夫?」
人々がまわりに集まってきた。
「大丈夫?」
一部始終を見ていたのだろう。
「大丈夫?」
おれは女の手首をつかんで引っ張った。
「逃げるんだ」
「どこへ?」
「知るもんか!」
そのまま女と駆け出した。
とにかくここから逃げなければ。
高層ビルなんか見えなくなるところまで。
一刻も早く、一歩でも遠くへ。
絶対、どこか間違っているのだから。
大丈夫であるはずなんか
ないのだから。
2008/12/24
静かな夜 聖なる夜
恋人は来ない
化粧して 着飾って 待っているのに
素敵な贈物だって 用意したのに
それでも やっぱり
恋人は現われない
再会の約束なんか していないけど
たとえ約束したって 再会じゃないけど
会ったことさえ ないのだから
なにしろ 初めて会うのだから
会えたとしても 名前さえ知らない
顔も声も なんにも知らない
だって 会えるはずないんだから
最初から 恋人なんかいないんだから
あたし どうして買っちゃたのかな
こんなに素敵な 贈物
騒がしい夜 淫らな夜
恋人なんか どこにもいない
2008/12/23
幼かった頃、僕は小人を飼っていた。
ガラス瓶に詰め、しっかり栓をはめ、
小人が逃げられないようにしていた。
両親にも兄弟にも秘密だった。
打ち明けるような友だちもいなかった。
飢えて死なないように
小人には砂糖水や果汁を与えていた。
いつも夜が楽しみだった。
小人の瓶と懐中電灯を抱えて布団に潜る。
掛け布団でやわらかな洞窟をつくる。
懐中電灯を点け、瓶の栓を抜く。
うれしそうに小人が出てくる。
指で追いかけると逃げまわる。
指が逃げると追いかけてくる。
おかしな転び方をする。
笑ったり、泣き出したりもする。
泣き声が聴きたくて
小人をいじめたこともあったっけ。
ところが、ある晩のこと、
小人と遊びながら、つい眠ってしまった。
翌朝、ガラス瓶は空っぽで
どこにも小人の姿はなかった。
とうとう小人は逃げてしまったのだ。
布団のシーツに染みがついていた。
嗅いでみると、変な臭いがした。
それでおしまい。
あれから小人は見ていない。