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2012/10/29
何事かについて僕は悩んでいた。
そして、窓辺の机に頬杖を突きながら
開いた窓から外の景色を眺めていた。
草木が生い茂る田舎臭い風景で
あるいは本当に田舎なのかもしれない。
大声で笑ったり叫んだりしながら
目の前を制服の女子学生たちが通る。
彼女たちが高校生なのか中学生なのか
僕には区別できない。
また、なぜそんなにふう彼女たちが騒ぐのか
やはり僕にはわからないのだった。
そんな僕のいびつな楕円形の視界の端に
なつかしい友人の顔が現われた。
女子学生たちとふざけ合っているので
僕が手をあげているのに気づきもしない。
なぜか僕は手頃な小石を持っており、
それを向こうに放り投げて大声で呼んだ。
「おーい、ちょっと寄っていけよ」
その友人を僕は同性のように思っていて
なんだか気安く呼んだのだけれど
よく見なくても明らかに異性であり、
それもなかなかの美女なのであった。
ようやく友人は僕に気づいたようで
手を振ってくれたのだけれど
一緒にいる女子学生たちが開放してくれないらしく
すぐにこちらへは来れないように見えた。
「よければ、君たちも一緒においでよ」
僕がそんなふうに窓から声をかけると
女子学生たちは互いに顔を見合わせ
恥ずかしそうに小さく笑うのだった。
あるいは友人は彼女たちの先輩なのかもしれない。
たがいに抱きついたり蹴る真似をしたり、
なにやら楽しそうにふざけ合いながら
彼女たちは坂道をゆっくり上がってくる。
友人だけでなく女子学生たちも一緒なので
僕はなんだか嬉しくなってしまう。
友人のおかげなのだ、と感謝する。
なんだか何か言わずにいられなくなる。
「彼女は僕と同級生だったんだけど」
僕は自分の言葉にいくらか驚く。
「よく相談を持ちかけられていたよ」
まるで彼女たちが友人に相談を持ちかけてばかりいて
「僕にも相談を持ちかけても悪いことあるまいよ」
とでも言いたいみたいに聞こえる。
「そうだったんですか」
かわいらしい女子学生が目を丸くする。
本当に驚いたのかどうかわからないが
ともかく返事をしてくれたので
いくらか救われたような気になる。
とぼけた顔のコアラの親子みたいに
背中に女子学生を一人ぶら下げたまま
友人は勝手口から僕の部屋に入ってきた。
跳び上がって僕の机の上に裸足で立つと
彼女は窓から外に思い切り首を突き出した。
それから、僕には理解できない類の冗談で
まだ外にいる女子学生たちを笑わせるのだった。
友人の短いスカートから下着が見える。
元気に開いた太股が健康そうだった。
彼女は、たしか人妻ではなかっただろうか。
それに同級生ではなかったような気もする。
なんであれ、彼女は僕の友人に違いない。
背中の女子学生は天井に押し付けられ、
遊園地の観覧車にでも乗っているつもりなのか
キャーキャー叫びながらも笑っている。
見ているだけで僕まで楽しくなってくる。
僕の机の上には書きかけの原稿用紙があり、
小説家にでもなったつもりなのか
万年筆なんかもそれらしく置いてある。
僕は文章が書けなくて悩んでいたのだろうか。
なにを悩んでいたのか
もう思い出せないのだけれど
なにやらすごく幸せな気分である。
そういうわけなので僕は
ここに忘れないように書いておく。
あいにく万年筆ではなくて
パソコンのキーボードではあるけれど。
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2012/10/28
その男の手が触れるもの
すべて乱れる。
時計に触れると
針が曲がって逆回転。
定規を使えば
折れて曲がって伸び縮み。
辞書引けば
誤字脱字の上、嘘ばっかり。
絵や写真まで乱れてしまう。
絵の中の裸婦が
卑猥なポーズ。
制服写真が水着、
水着写真はヌードになる。
女性に触れたら
さあ大変。
年齢、教養、知性を無視して
乱れに乱れる。
いやらしくも悩ましくも羨ましい。
ゆえに人々、
彼をミダラ王と呼ぶ。
しかしながらミダラ王、
あんまり幸せでない。
清純な乙女を愛すること、
ささやかな彼の望みは叶えられそうにない。
どんなピュアな少女でも
彼が触れたら不純物。
視線が合っただけで乱れちゃう。
だから近頃、
ミダラ王まで乱れ気味。
ミダラ王、
絶望してひれ伏せば
地面揺れ、地上乱れ、
大地、激しく歪み裂け、
やがて悩ましいまでに割れるのだ。
2012/10/27
目覚めたら、両腕がなくなっていた。
これでは目をこすることもできない。
頬をつねってみることもかなわない。
あるいは夢かもしれないというのに。
起き上がろうとしたが、両脚もなかった。
これでは起き上がることもできない。
助けを呼ぼうとしたら、声が出ない。
喉も口もなくなってしまったらしい。
しかたがない。
寝なおすことにした。
ところが、まぶたまでなくなっている。
まぶたがないのに、何も見えない。
おそらく両目もなくなっているのだ。
耳もなくなっているかもしれない。
なぜなら鼓動や呼吸の音も聞こえない。
何か他にもなくしてしまったに違いない。
わからないけど、もっともっと大事ものを。
2012/10/26
近所の保育所にブランコがあった。
ふたつ並んだブランコだった。
ところどころ銀色のメッキがはげていた。
ある日の夕方のこと。
小さな女の子がひとり
保育所のブランコでゆれていた。
初めて見る子だった。
白っぽいワンピースに赤い靴。
ちょっとブランコに乗りたかっただけなんだ。
そんな感じに近づいた。
となりのブランコにさっと腰かけて
さりげなくこぎ始める。
小さな水たまりのある地面と
小さな笑顔がゆれる。
「きみ、どこの子?」
えいっ、とブランコから飛びおりた。
それはみごとな着地。
でも、拍手はなかった。
返事もなかった。
ふり返ったら
となりのブランコには誰もいない。
小さな水たまりの近くに
小さな赤い靴が片方あるだけ。
2012/10/24
中学時代、科学部に所属していた。
研究対象は伝統的にカワニナと決まっていた。
カワニナは小川に生息する巻貝で
ホタルの幼虫の餌になる。
当時、まだホタルは普通に見られた。
川辺にゴザを敷き、毛布や飲食物を用意して
キャンプみたいに「24時間観察」などしたものだ。
目印を付けた複数のカワニナの動きを
単位時間ごとに24時間連続チェックするのである。
三年生の時、
部員はたった二人だけになってしまった。
とりあえず部長だが、リーダーシップはなく、
放課後の理科室で遊んでばかりいた。
しかし、活動実績は残さなければならない。
夏休み明けに研究発表をしなければ・・・・・・
夏休みに入ってからあわてて
研究テーマを探し始めた。
そして、あろうことか(中学生のくせに)
カワニナの精子の研究をすることになった。
かわいそうだが、カワニナの殻はカナヅチで割る。
(中学時代、千匹は殺したはず)
メスの保育嚢(のう)の近くに貯精嚢があり、
これはオスの精子を一時的に貯めておく器官。
その中身を顕微鏡で見ると
カワニナの精子の姿が見える。
で、この精子が同じ形をしていない。
「ダイコン型」「ネギ型」「タマネギ型」「イカ型」
適当に命名したが、大きく4種類に分類できる。
尻尾の本数も一定していない。
単体の動物の精子が数種類あるという話は
(じつはあるのだが)聞いたことがなかった。
どうなっているのだ?
途中を省略して、この研究発表が
なぜか県知事賞を受賞してしまった。
結局、この伝統あるカワニナの研究で母校の科学部は
県知事賞を前後合わせて三度受賞することになる。
少子化の影響により母校が廃校になる年、
これまでの部活動の集大成として研究成果をまとめ、
新聞社主催の全国科学研究発表コンクールに応募。
最優秀賞を受賞した、と聞いた。
勢いで、カワニナの本まで記念出版された。
現在、カワニナの姿を故郷で見つけることは難しい。
田中角栄の日本列島改造論ブームで
必要もないような道路工事があちこちで始まり、
カワニナは川に棲めなくなったのだ。
ホタルの光も、二十年以上前の墓参りの時、
弱々しく一匹だけ光るのを見たきり。
そして、母校の廃校跡地には
中越地震の時、被災者用仮設住宅が建った。
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2012/10/23
「絆(きずな)」とは本来、犬や馬が逃げぬよう
立木などにつないでおく綱のこと。
しがらみ、呪縛、束縛を意味していた。
人と人との結びつきや支え合いを指すようになったのは
比較的近年のことである。
「すまんがの、死んでくれんかな」
「・・・・もう無理だかね」
「んだ。飯がねえだよ」
「・・・・はあ、しょうがねえだな」
「申しわけねえだ」
1802年 10億人
1927年 20億人
1961年 30億人
1971年 40億人
1987年 50億人
1998年 60億人
2011年 70億人
2050年までに世界人口は
90億人を超えるものと予想されている。
しかし、その前に
世界各地で大小の紛争が起こらぬはずはあるまい。
2012/10/22
観光バスが自宅に飛び込んできた。
やれやれ、またか。
急カーブの外側に建つ家の宿命か。
バスのフロントガラスが大きく割れている。
運転手のあんちゃんが笑顔で手を振る。
「やあ」
おれは笑顔になれない。
でも、返事くらいしてやろう。
「やあ」
バスガイドのねえちゃんも笑顔で手を振る。
「どうも」
なかなか美人。
おれは嬉しくなる。
「どうも」
乗客は女子高生の群、いや団体。
修学旅行の途中だろうか。
みんな笑顔で手を振る。
「ハーイ!」
素敵なコーラス。
おれは感動してしまう。
「ハーイ!」
まるで名所旧跡になったような気分だ。
さてさて、どこを案内してやろうか。
2012/10/21
この家を訪れる者
すべての希望を捨てよ。
門もないのに
金棒持った門番がいる。
玄関には靴を履いたままの足首が並ぶ。
廊下を駆け抜けるカマイタチの群。
居間にいるのは
観用植物になった鉢植えの妹。
キッチンに入れば
冷蔵庫を齧るあさましき弟の姿。
浴室の窓からは
砂漠の砂が巧妙に侵食する。
浴槽に浮かぶのは
孫の手と祖父の腕であろうか。
父はいつも母に変装している。
家族は誰ひとり
生前の母を知らない。
家の奥には開かずの寝室がある。
真夜中
そこで肩を叩かれる。
そこには
肩を叩く者も
肩を叩かれる者も
いないというのに。
2012/10/20
星を煮ていたら、戦争が始まった。
いわゆる世界大戦の勃発だ。
核兵器や生物兵器まで使ってやがる。
やれやれ、物騒なことになった。
とりあえず、火力をあげる。
煮崩れるが、まあ仕方ない。
だから煮星料理は苦手だ。
いっそ焼き星にするのだったな。
2012/10/19
僕は双子の家庭教師になった。
顔も体つきもそっくりなふたりの女の子。
いわゆる一卵性双生児の姉妹だ。
しかも、どちらも登校拒否児。
双子はなんでも知っているので
僕はなんにも教えることがないのだった。
どんな問題でも自分たちで判断できた。
そうとしか思えないのだった。
「先生。学校の勉強はいいの」
母親が部屋を出ると、そう言うのだった。
「そんなのどうでもいいのよ」
優秀な家庭教師がいればいい。
つまり、母親を安心させたいだけなのだ。
実際、学力は標準以上だった。
姉妹間での情報交換のスピードは速く、
ふたりだけにしか理解できない言葉を使う。
オリジナルの身振りや手話まで駆使する。
テレパシーだろうか、と思うことさえある。
「知らないことは本やパソコンで調べるから」
この家には広い図書室があって
ことに辞典類は下手な公立図書館より豊富だ。
彼女たちは勝手に勉強したり遊んだりする。
それに僕が参加すると邪魔なのだ。
母親の前で家庭教師らしく振る舞うこと、
それが僕の唯一の仕事なのだった。
しかし、僕にもプライドというものがある。
なにか教えられることがあるはずだ。
夢中で勉強しているらしい姉妹の背後で
僕はおもむろに服を脱ぎ始める。
「この部屋、なんだか暑いな」
上着を脱ぎ、下着も全部脱いでしまう。
そして、裸のまま姉妹のまわりを歩きまわる。
「ああ、暑い。とっても暑いな」
ただグルグルまわるだけでなく、
途中、いろんな奇妙なポーズをとった。
さすがの姉妹も僕に興味を持ち始めたようだ。
僕は双子の姉妹の熱い視線を肌に感じながら
逆立ちやトンボ返りまでして見せた。
「なかなか立派じゃないの」
片方が感心すると、もう一方も同意した。
「そうね。前の家庭教師よりはね」