1万8000人の登録クリエイターからお気に入りの作家を検索することができます。
2011/10/31
巣穴から子兎が頭を出した。
自慢の長い耳。
どんな音でも聞き分ける。
風のざわめき、鳥のさえずり、猟師の足音。
「くれぐれも罠には気をつけるんだよ」
巣穴の奥から、母兎の声がした。
「もう子どもじゃないよ。
罠なんか平気さ」
子兎は巣穴を飛び出した。
日差しがまぶしい。
元気に山を駆けまわる。
罠を見つけると、小枝を使って壊した。
一日中遊びまわった。
子兎が遊び疲れて帰ってみると、
巣穴が消えていた。
土をかけられ、すっかり埋もれていた。
わけがわからない。
あたりに母兎の姿はなかった。
人間の匂いはない。
母兎の匂いだけ。
「ほらね。罠には気をつけるんだよ」
そんな母兎の声を
聞いたような気がした。
2011/10/30
たくさんの花が咲いている。
さまざまな色と形、香り漂う女たち。
どこかしら美しさを認められると
手足や首をスパスパ切られ、
器に挿され、生け女にされる。
生け女には良質の素材が求められるが、
だから長く生かせるというものでもない。
腕の長さ、ヘソの位置のバランス、
首の傾きや眼差しの方向にも気を使う。
見た目美しければ良いというものでもない。
心情など内面的な表現も欠かせない。
哲学や宗教の意味も考慮する必要があり、
このあたり、生け花との関連が深い。
だが、生け女と生け花は似て非なるもの。
優れた生け女は、人の寿命より長く生きる。
より美しくなりたいという願いだけでなく、
長生きを理由に生け女になる女も多い。
生け女の起源については諸説ある。
ある女が生け花をしていたところ、
過って自分の手首を切り落としてしまった。
いくら切断面を合わせても繋がらない。
しかしながら、捨てるのは惜しい。
これを花器に挿してみたら趣があった。
それから生け女が始まったという説。
誘拐殺人事件の犯人を逮捕したら、
その家の床の間に飾ってあったという説。
地方の葬儀屋が始めたという説もある。
最近では、生け女人気にあやかって
生け男とか生け犬まであるというが、
なんでもかんでも生ければ良い
というものではない。
2011/10/29
船は流されていた。
計器に教えてもらうまでもない。
それは体感でわかる。
船長は甲板に立ち、遠くへ目を凝らす。
東の水平線の上に黒い断崖が見える。
あんな方角に陸地があるはずはない。
断崖ではない。
あれは波だ。大波。
いや、津波だ。
最大級の大津波だ!
なんという黒さ、大きさだろう。
見る見る高く広く、巨大になってゆく。
両腕をいっぱいに広げた、首のない巨人。
その邪悪な恐ろしい姿。
こんな老船、滝壺の葉っぱだ。
舵もマストもスクリューも、無意味だ。
逃げられない。
完全に手遅れだ。
船が大きく揺れる。
その瞬間・・・・・・
船長は目を見開いた。
船は少しも揺れていない。
とても静かだ。
・・・・・・夢だったのだ。
びっしょり汗をかいていた。
「・・・・・・津波か」
船長はため息をつき、ゆっくり起き上がる。
壁の小さな丸窓から美しい夜空が見える。
無数の星くずが無邪気に輝いている。
津波どころか、波ひとつ見えない。
海面も、水平線も見えない。
陸地も船も灯台も見えない。
「船長。お目覚めですか」
背後からロボット犬が声をかけてきた。
「ああ。夢を見てね」
「また故郷の夢ですか」
「うん。懐かしかったよ」
船長はため息をつき、
ロボット犬の首輪に触れる。
首輪には小さな地球儀がぶら下がっている。
それをくるくる回しながら
また船長はため息をつく。
「ああ。どこへ消えてしまったのかな」
2011/10/28
街灯はなく、夜道は暗かった。
新月なので、夜空に月の姿はなく、
曇っているのか、星の光も見えなかった。
隣町から帰る途中、トンネルがあった。
短いトンネルだが、今夜は長かった。
歩いても歩いても出口に出ないのだった。
おかしい、と思った。
どうしたんだろう。
ふと、いやな話を思い出した。
新月の真夜中、ひとりで歩いていると、
このトンネルから永遠に出られなくなる。
そんな噂を学校で生徒たちがしていたのだ。
それから、別の話も思い出した。
トンネルのちょうど真ん中で振り返ると、
出口が消え、そこから永遠に出られなくなる。
これは子どもの頃に聞いた迷信だ。
ばからしい話だが、笑う気になれない。
まだトンネルの出口が見えてこないのだ。
振り返ったら出られなくなるかもしれない。
しかし、このまま前へ進んでも出られない。
どうしたらいいのだろう。
歩きながら必死になって考えた。
前も駄目、うしろも駄目。
残る方法は・・・・・・
「そうだ!」
思わず叫んでしまい、声がトンネルに反響した。
失敗するかもしれないが、やるしかない。
右向け、右!
思い切って真横を向いてみた。
すると、そこにトンネルの出口があった。
2011/10/27
海底の岩穴に一匹の蛸がいました。
じつに大きな蛸でした。
しかも大変な大食いで
いつも腹を空かせているのでした。
蛸が棲む岩穴のまわりには
海老や貝などの殻の山ができています。
いくら食べても満足できないのでした。
もう岩穴の近くに食べ物はありません。
それでも蛸は
岩穴を出るつもりがないのです。
ひどく無精者なのでした。
やがて空腹のあまり、愚かな蛸は
自分の足を食べ始めました。
それがなかなかうまかったので、
八本の足をみんな食べてしまいました。
そんなある日のこと。
大きな津波があり、
蛸の棲む海底がかきまわされました。
食べ散らかした殻の山が消え、
たくさんの貝や海老が流されてきました。
けれど、足をすべてなくした蛸は
それらを捕まえることができないのでした。
目の前の食べ物の山を
ただ黙って睨むばかりなのでした。
2011/10/26
私の部屋の壁には絵が飾ってありました。
それは女の子にいる部屋を描いた絵でした。
黄色い壁、緑色の絨毯、薄紫色のカーテン。
開いた窓からは青い空が見えます。
女の子は床に立っていて
かわいらしいピンクの服を着ています。
ある朝、その絵をなにげなく見ると
絵の中の女の子の位置が動いていました。
いくらか手前にいるような気がするのです。
でも、気のせいだと思いました。
だって、ただの絵なんですから・・・・
その夜、ふたたび壁の絵を見ると
女の子の位置がさらに動いていました。
もっと手前にいるのです。
そして、こっちを見て笑っているのです。
怖くなって、私は泣きそうになりました。
わけを話したら、ママに笑われました。
「ちっとも変ってないじゃないの」
「だって・・・・」
「これはね、ママがもらった絵なのよ」
親類に画家の叔父さんがいるのです。
叔父さんには娘さんがいたのですが
病気になって死んでしまったそうです。
きっと絵の女の子は、その娘さんでしょう。
翌朝、目が覚めたら
部屋がすっかり変わっていました。
絵の中の部屋ではなく、私の部屋がです。
黄色い壁、緑色の絨毯、薄紫色のカーテン。
開いた窓からは青い空が見えるのでした。
そして私は、ピンクの服を着ていたのです。
私はびっくりして、壁の絵を見ました。
ところが、そこに絵はなかったのです。
ただの四角な鏡があるばかりでした。
2011/10/25
わかる?
わかんない?
だいたい、わかる人って
わざわざ説明しなくても
わかってくれるよね。
わかんない人は
いくら説明しても
わかってくれないし。
つまり、説明なんか
ちっとも意味ないわけだ。
そりゃまあ
わかるかわかんないかわかんないような
境界線上の人たちも
少なからずいるだろうさ。
でもね、
説明しないとわかんない人たちといると
リズムとか狂いっぱなしで
疲れると思うんだ。
だから、この馴れ馴れしくて
くだけきった口調の話にしたって
説明なしにわかる人だけ
聞いて欲しいんだ。
そして、わかる人だけ
ウンウンうなずいて欲しい。
それだけ。
わかってくれた?
2011/10/24
任意の解析的連接層に同値関係が与えられ、初期超平面との交わりの近傍において、一種の調和次元としての再起事象依存と解の依存領域が完全に同系であるなら、重複対数の法則に従い、虚軸と実軸は境界張り合わせによる共鳴錯乱の結果、共通の帯領域でコンパクトに連結する。
さらに、到達可能な階数の核となる次元を同一分布に従う独立確率変数列とし、無限回微分可能であるとするなら、射影特殊ユニタリ群の無縁成分と両立し、支配された確率分布族として収束する。
相補性および相対性平滑化が深刻化すれば、逆補完としての累積丸めの誤差が生じるが、この場合、双曲型の超越特異点を導入することで、安定ホモトピー群の真の皮膜面に対し、係数行列を単位行列と置換できるので、劣弧から積分の残余項が求められる。
多様体の特性数については、除外指数が後退差分の選定母数と同等であるため、内積する一般単項的変換の強擬凸により、コホロジー環の多重劣調和関数が得られる。
また、完全単調な線形順序集合に対しても、両側イデアルとして対象テンソル空間が十分滑らかな関数の準有界であるとき、位相球面の定式化された整因子を求める。
ただし、収束する正側管が束同形の場合、相対不定量の述語計算が可能であり、非可換体の可逆な結合法則は成立しない。
この現象は、測度に関する密度の微分可能な次数が順序づけられた負の直行行列に含まれ、等質有界領域に一様収束するためである。
ログインするとコメントを投稿できます。
2011/10/23
ある夜
星が落ちてくるの
幼い頃に見た
雪のように
いくつも
いくつも
いくつも
大人になった日の
涙のように
地面に落ちたら
穴があくの
家に落ちたら
家が燃えるの
山に落ちたら
山が消えるの
はしゃいでいるのは
子どもたち
無邪気な瞳が
キラキラ 光る
たくさんの願い
かなえてね
2011/10/22
そこまで。
それ以上近づくな。
我が肌に触れること許さん。
髪にも爪にも触れさせん。
いや。
切り捨てた毛や爪なら
許そう。
脱いだ下着も
勝手にすればいい。
どうだ?
光栄であるか。
おやおや。
満足できぬか。
我が姿を見ることできるのに。
我が声を聞くことも
匂いを嗅ぐことさえできるのに。
なんだ?
その眼は。
飢えておるな。
唾でも飲むか。
我がものなら
なんでも飲み込むか。
そうかそうか。
よしよし。
しっかり見届けてやる。
我が目の前で
飢えて死ね!