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2008/10/31
縛られ、倉庫の床に転がされている。
コンクリートの床の冷たさとかたさは
ああ、拉致されているんだなあ
という感慨で私の胸を一杯にさせる。
肩から足首まで焼き豚のように縛られ
さらに両手に手錠までかけられていながら
猿ぐつわを口にはめられていないのは
ここが、大声で救いを求めたとしても
救助される見込みのない僻地であることを
露骨に暗示している、ように思われる。
見張りはいない。私ひとりきりだ。
見上げると、倉庫の高い天井に
一匹のコウモリがぶら下がっている。
まさかあれが見張りとは思えない。
ときおり遠い汽笛のような音がするのは
窓の隙間から風が入るためだろう。
曇りガラスなので屋外の景色は見えない。
なんとかすれば立ち上がれそうだが
なんとなく立ち上がる意欲が湧かない。
縛られ、倉庫の床に転がされているのも
そんなに悪くない、ような気がする。
2008/10/30
嫁入り道具の箪笥に貼りついた姿見が
ある朝、めりめりと音を立てて剥がれ、
戦場で消息が途絶えたはずの夫が現われる。
割れた硝子の破片が女の手首に突き刺さり、
手首から床に垂れ落ちる血を女は見詰める。
それを夫も表情のないまま見詰めている。
ねじ切れそうなくらいに首をねじ曲げ、
女は項垂れたまま窓から曇り空を見上げる。
醜くなるほんの手前まで歪んだ美しい顔。
やがて女の悲鳴が陰々と響き始める。
2008/10/29
まず最初に、水面があった。
それは厚さのない鏡であった。
水面には表裏の区別はなく、
そこに姿を映す者はいなかった。
音も光もなんにも存在しないので
やがて水面はいたたまれなくなった。
わだかまりが生まれ、
悶え、歪み、乱れ、
ついに水面に波紋が広がった。
限界を超えた水面は千切れ、
あるいは泡、あるいは雫となった。
表裏の区別がないため
泡と雫の区別もなかった。
それらは光となり、
また闇となった。
やがて光は星屑となり、
闇は神話となったのである。
2008/10/28
現実が想像の世界であることの証明。
まず、現実が想像の世界でないと仮定する。
すると、非想像世界を想像することになる。
つまり、これは空想である。
次に、現実が想像の世界であると仮定する。
すると、想像世界を想像することになる。
つまり、これは認識である。
ところで、現実は認識するものであり、
空想するものではない。
ゆえに、現実は想像の世界である。
以上、証明終わり。
2008/10/28
獅子の首が落ちた。
でも獅子は気づかずに
その首を食べてしまった。
食べた後で獅子は気がついた。
あれは自分の首だったのだと・・・・・・
でもどうやって食べたのだろう。
食べるための口もないのに・・・・・・
獅子は首をひねるのだった。
ひねるための首もないのに・・・・・・
2008/10/26
ねえさんは 街で春を売ります。
にいさんは 海で夏と遊びます。
いもうとは 野で秋をひろいます。
おとうとは 山で冬に抱かれます。
なにが楽しいというのでしょう。
なにが悲しいというのでしょう。
いつも季節は めぐるばかりです。
2008/10/26
君が悲しげな声をあげた時
あわてて君がつけた顔は
上下逆さまだったから
僕はつい笑ってしまったんだ
それについては君に謝るけど
でもね
僕は思うんだけど
そんな時は
そんな顔をすればいいのに
2008/10/26
恋人が壊れてしまった。
あんなに楽しそうに笑っていたのに。
ほんとに壊れてしまった。動かない。
どうしてなんだ。まだ新品なのに。
あんなことしたからかな。
普通だよな。あんなことくらい。
でも、ちょっと乱暴だったかな。
平気だよな。恋人なんだから。
もともと欠陥品だったのかな。
うん。そうかも。なんか変だったもん。
それにしても、困った。どうしよう。
ええと、そうだ。分解してみようか。
いやいや、駄目だ。危険すぎる。
ひよっとしたら、爆発するかも。
それに、きっと元に戻せなくなる。
恋人の中身なんて、グチャグチャで
複雑に決まってるんだから。
2008/10/25
あたしゃ蜘蛛
つぶらな八個の眼
いやらしい八本の脚
銀の糸で 罠を張り
闇に潜んで 待ち伏せる
あんたは蛾
おびえた二個の複眼
さまよう二本の触覚
銀の鱗粉 撒き散らし
月なき夜に 囚われる
2008/10/24
鏡も見ず
麻痺した触覚を頼りに
そおっと指先でつまんで
べりべりべりべりべりべりと
はがした唇の干からびた皮を
どこに捨てようか
考えてない
痛みを伴い
錆びついた血の味を
ぬらりと舌先に感じ
ぺろぺろぺろぺろぺろぺろと
濡れはじめる唇のひび割れを
見せつけようとして
誰もいない