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2014/09/30
踏切の前で
遮断機が上がるのを待っていた。
踏切の向こう側には
幼稚園児らしい女の子がひとりいるだけ。
電車が1本通過した。
だが、遮断機は上がらない。
踏切の向こう側には
小学生らしい女の子がひとりだけ立っていた。
幼稚園児はどこかへ行ってしまったらしい。
さっきと反対方向の電車が1本通過した。
しかし、まだ遮断機は上がらない。
踏切の向こう側には
高校生らしい女子生徒がひとりいるだけだった。
さっきまでいた小学生の女の子に
様子がよく似てる気がする。
お姉さんかもしれない。
左右から1本ずつ電車が通過した。
それでも遮断機は上がる気配すらない。
踏切の向こう側には
見覚えある若い女性がたったひとりで待っていた。
思い詰めたような表情で
彼女はじっとこっちを睨んでいる。
遮断機が上がるのを待ち切れず
私は思わず線路に飛び出した。
2014/09/28
夜空を見上げる
あなたの瞳を
まだ子どもだった私が
なんだか悪いこと
してるみたいに
こっそりと
見上げていたら
流れ星がひとつ
流れ星がふたつ
流れ星がみっつ
それからあなたは
願い事をするように
そっと目を
閉じてしまった
2014/09/26
あなたは魔法使いです。
どんな魔法も使えます。
どんな願いも叶います。
ただし、魔法の使える範囲は
この魔法の部屋の中だけ。
一歩でも外に出てしまったら
たちまち魔法は消えてしまいます。
たとえば、魔法の杖の一振りで
地球を粉々にすることさえでるのです。
けれど、魔法の部屋を出てみれば
平凡な日常生活あるばかり。
誰でも使える魔法なんて
だいたいのところ、そんなもんです。
2014/09/24
ねばつく粘菌の小川をまたいで
マイマイハタオリの仕事の邪魔をしないように
私はそおっと精12霊の森に忍び込んだ。
日の光はセロファンの木の葉に濾過され
不思議な色に空気を染め
オチムシャグモの大きな巣を虹色に輝かせていた。
モライツグミの乞う声があちこちから聞える。
「チョウダイ、チョウダイ、チョウダイ」
精霊の宝なんか、私はいらない。
宝は森のどこかに隠されている
と村の古老たちは伝説を語るけど
宝はちっとも隠されてなんかいなくて
この森の端から端まで全部が全部
もの凄い宝だということ
とっくに私は知ってるから。
いつか私が死んだって
立派なお墓なんかいらない。
この精霊の森の土に
できるだけ目立たないように
こっそり埋めて欲しい。
そうしてもらえれば
こんな私でも、そのうち
きれいな宝石の一かけらくらいにはなれるだろうから。
茂みを分け入ると、広い場所に出た。
数千年も生き続けている太くて大きなノラの木の幹に
ハナクラゲが花粉を擦り付けている姿が見えた。
この浮遊する花虫の気持ち、よくわかる。
私も近寄り
ゴツゴツした煉瓦のような幹に耳を押し当て
ノラの木の掠れたつぶやき声を
じっと息を殺して聴いていたかった。
でも今日は、日暮れ前までに薬草と薬石を
たくさんたくさん集めなくては。
森の奥深く
アニュイの池へ続く精霊の小道を
私は急いだ。
2014/09/21
目覚めたら、そこはまだ夢の中だった。
会う人会う人、みんな同じ顔に見える。
というか、どいつもこいつも顔がなかった。
目も鼻も口も耳もない。
鶏卵のような白い顔ばかりだ。
現実であるはずがなかった。
痛くなかろうから無駄だと思ったが
他に目覚める方法も浮かばない。
ありきたりで申し訳ないと思いながら頬をつねろうとしたら
頬は鶏卵の殻のように硬く、つまむことすらできなかった。
・・・・そういうことか。
おれも、こいつらと同じということか。
こうなったら、つまり玉子になってしまったのなら
この玉子の殻を割るしかない。
あたりを見まわし、殻を割るのに適当な角を探してみたが
あいにく角はどこにもなかった。
どこもかしこも平面ばかりだ。
おれは玉子頭のまま考えた。
平らな面で生玉子を上手に割るのは不可能だ。
ベチャッとつぶれて、手も服もなにもかも汚れてしまう。
そんなこと、とても我慢できない。
だから一度煮て、ゆで玉子にしてから割ろう。
そうだ、名案だ。じつに名案だ。
そういうわけで、おれは大きな大きな鍋を求め、
あてのない孤独な旅に出かけたのだった。
2014/09/19
まず、新鮮な美女を用意します。
化粧が濃かったり、服装が派手なものは避けましょう。
眼が死んでいたり、口が悪いのもいただけません。
もし暴れるようなら、平手打ちをくれてやりましょう。
衣類および装身具を丁寧に取り除き、虚飾を洗い落としたら
まずは三枚におろします。
包丁も使いますが、魚料理ではないので
おもに言葉を多用します。
「愛してる」「好きだ」「君が欲しい」などが一般的です。
余計な羞恥心は捨て、隠れている欲望をむき出しにして
固い自尊心を半分に切断します。
煮ても焼いても結構ですが
そのまま生でいただいてもかまいません。
好みにより誕生石の指輪など添えると、大変喜ばれます。
なお、罠の仕掛けや毒がある場合もありますので
くれぐれもケガや中毒には、ご注意を。
2014/09/18
雑木林を抜けると、広場があった。
近所の子どもたちの遊び場だった。
寺の裏山なので、墓地から続く道もあった。
この広場の端に家を建てた。
丸太や枯れ枝で組んだ掘っ立て小屋だった。
ささやかな秘密の隠れ家なのであった。
あの夏の日、にわか雨が降り出した。
「えらいわ。ぜんぜん雨水がもらない」
同じ学校の女の子だった。
「うん。いっぱい葉っぱ、重ねたからね」
地面をたたく雨音が拍手のようだった。
「ほら、見て。あれ」
「なに?」
ヘビであった。
黒い大蛇が這っていた。
大粒の雨に濡れ、ぬらぬら光っていた。
目の前の地面をゆっくりと横切ってゆく。
こちらなんか見向きもしない。
「立派ね。すごいわ」
なにも言えなかった。
その尻尾が草かげに隠れてしまうまで。
2014/09/17
いつもの駅と違っていた。
どうやらひとつ手前の駅のようだ。
失敗した。あれが最終電車だったのに・・・・
タクシー乗り場には長い列ができていた。
仕方ない。
家まで距離はあるが、歩いて帰ろう。
知らない道だが、だいたいの方角は見当がつく。
まあ大丈夫だろう。
暗い舗装道路に靴音が響く。
その音に違和感を感じて振り返る。
やはり気のせいだ。
誰もいない。
だんだん道が狭くなってきた。
やがて霊園の入り口に出てしまった。
こんなところに霊園があるとは知らなかった。
縁起でもない。
酔いが醒めてしまった。
道を間違えたのだ。
途中まで引き返そう。
振り返り、来た道を逆に戻る。
おかしい。
ますます道が狭くなるような気がする。
同じ道を引き返すのだから、そんなはずはない。
まだ酔いが残ってるのかもしれない。
だが、確実に道は細くなってゆく。
とうとう前に進めなくなってしまった。
やれやれ、情けない。
戻る道も間違えたのだ。
引き返すしかない。
立ち止まり、振り返って歩き始める。
しかし、変な道だな。
こんな細い道、誰が通るというのだろう。
やがて、再び霊園の入り口に出てしまう。
一本道なのに、どうなっているのだ。
しかし、この道を戻るしかなさそうだ。
疲れてきた。
うな垂れたまま振り返る。
おかしい。
さらに道が狭くなっている。
狭くて、もう一歩も前に進めない。
なんなのだ。
戻ることもできない。
わけがわからない。
呆然と振り返る。
やはり、そこに霊園の入り口がある。
2014/09/14
水平線上に陸地が見えてきた。
デッキの上には乗客たちの笑顔があり
乗客たちと一緒に船長も喜んでいた。
長かった航海も無事に終わろうとしている。
「ねえ、あそこ見てよ」
女の子が海面を指さす。
「人魚が泳いでいるわ!」
船長は苦笑し、そちらに視線をやり
そして自分の目を疑ってしまう。
尾びれで水しぶきをあげながら
海面から顔を出して女性が泳いでいたのだ。
他の乗客たちも騒ぎ始めた。
船長は自分が船長であることを思い出した。
彼は勇敢にも人魚に向かって叫んだ。
「おーい、人魚さーん! こんにちわ!」
すると、人魚も叫び返してきた。
「あれー! 助けてー!」
それは悲痛な叫びであった。
彼女、上半身は人間なのに
下半身はサメに飲み込まれていたのだった。
2014/09/11
狐の姿が草原に現われた。
犬どもが茂みから追い出したのだ。
「逃がすな!」
猟師が犬どもをけしかけ
六匹の犬が狐をとり囲んだ。
狐の退路は断たれた。
「お、お助けください」
狐が人の声で喋った。
猟師はもちろん、犬どもまで驚いた。
裸の女が倒れていた。
狐ではなかったのだ。
「さては化けたな」
猟師はだまされなかった。
荒縄で女の手足を縛った。
「殺さないでください」
「ええい、黙れ!」
猟師は獲物を担いで引きあげた。
猟師の家の土間に女は裸のまま座らされ
猟師は腕を組み、それを見下ろす。
女の姿では殺す気になれない。
だが、このままでは毛皮もはがせない。
「尻尾も隠してしまったな」
「そんなものありません」
女の目は吊り上った。
猟師の目は垂れ下がった。
「とりあえず、俺の嫁になれ」
その女を猟師は女房にしてしまった。
やがて、女は子どもを産んだ。
人の子ではなかった。
ただし、狐の子でもなかった。
犬の子であった。しかも六匹。
犬の子らはあっという間に大きくなり
すぐに猟師より大きくなってしまった。
それとも猟師が小さくなってしまったのか。
「逃がすんじゃないよ!」
けしかける女の声がした。
六匹の犬が猟師をとり囲んで吠えた。
猟師の退路は断たれてしまった。
思わず猟師は叫んだ。
「た、助けてくれ!」
それは人の声にならなかった。
断末魔の獣の声に似ていた。
その時、猟師は狐の姿を見たような気がした。
草原のはずれ、茂みの陰に。