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2011/09/30
あら、なにを期待しているわけ?
あんたを喜ばせるつもりなんかなくてよ。
あたしが勝手に喋ってるだけ。
だから、べつに聞かなくたっていいの。
まあ聞いてくれても、かまわないけどさ。
新聞を隅から隅まで読む人みたいにね。
そう、まったく変な人がいるわよね。
おかしい? どこが? おかしくないよ。
ちょっとばかし酔ってるだけ。
あはは、酔ってる。ほんとに酔ってるわ。
世界がグルグルグルグルまわってる。
簡単なもんだわね。世界をまわすのなんか。
大丈夫だってば。つまんない冗談だって。
そうなの。ふざけてみたい年頃なの。
だいたい世の中、ふざけてんだから。
真面目にしてたら笑われちゃうよ。
で、あんた、あたしのこと好き?
ああ、そう。そうなの。やっぱりね。
どうでもいいんだけどさ、そんなこと。
ふん。あんたなんかきらいだ。
うっ。
ちょっと、ちょっと。
もう、する前に断ってよ。
唇で唇に接触していいですか、とかさ。
いきなりだから、びっくりするじゃない。
ふん。まあ、いいけどさ。
こんなの、どこで習ったの?
ああ、そう。なるほどね。
でも、やればいいってもんじゃないのよね。
そういうの、なんか空しくてね。
けものと同じことやってると思うとね。
子どもなんか残してもしかたないし。
ふん。まったくさ。
こんなに人があふれてるってのにさ。
世界の人口は、今の半分だって多すぎるくらいよ。
残すなら、やっぱり文化よ。文化。
悪しき文化を排し、良き文化を残す。
ウェブだとか本だとか音楽だとか、
世界中にある文化の半分以上は整理しなくちゃ。
わかる? へえ、あんたでもわかるんだ。
たいしたもんね。とても人間には見えないけど。
あんた、この星の者じゃないでしょ?
やっぱりね。そんな気がしてたんだ。
どこから来たか知らないけどさ。
あは、どうでもいいって。
もう、そんなに真剣にならないでよ。
こんなの、ただの酔っ払いの愚痴なんだから。
そう、ただの愚痴。ただの・・・・・・
ふん、なにさ。
2011/09/29
ひとり、炎天下を歩いていた。
地上には夏がのさばっていた。
熱気のために風景は歪んで見えた。
木々は枝を垂れ、葉は焦げ臭かった。
猫が倒れていた。死んでいた。
犬が倒れていた。死んでいた。
人が倒れていた。やはり死んでいた。
まだ生きているだけ幸運なのだろうか。
それを喜ぶ気持ちにはなれないけれど・・・・・・
正気を失っていたのかもしれない。
あるいは蜃気楼だったのだろうか。
向こうから少女が歩いてきた。
白いワンピースを着た少女。
時間が止まったような気がした。
すれ違い、少女は歩み去った。
つまり時間は流れていたわけだ。
夏はだめだ、と思った。
ただ苦しいだけの夏はだめだ。
もし涼しくなったら、
この夏が終わり、涼しくなったら・・・・・・
だが、それはいつになるのだろう。
昔、夏にも終わりがあったという。
忘れられた寒い季節もあったという。
死にたくなるほど蒸し暑くもなく、
裸でなくても我慢できた時代。
まだ空が青かった頃の昔話。
今では、季節はふたつしかない。
正気でいられないほど暑い夏と
生きていられないほど暑い夏。
なのに服を着て笑顔でいられる少女。
あの子にまた会えるだろうか。
この夏を、もしも生き延びられたなら・・・・・・
2011/09/28
山道が途切れてしまった。
それでも藪をかき分けて進んだ。
子どもの頃の記憶だけが頼りだった。
追われる獣の気分にさせる、蜂の羽音。
あやうく転落しそうになる、崖。
顔や腕に蜘蛛の巣が絡みつく。
服は露と汗で濡れ、不快で重かった。
(ここだ。やっと見つけたぞ!)
なつかしい泉。
昔の思い出のままだ。
おそるおそる水面に顔を映してみた。
(やっぱり、そうだった!)
そこには、男の子の顔があった。
子どもの頃にも同じことをした。
あの時、水面には大人の顔があった。
そうなのだ。
今の私の顔が映っていたのだ。
2011/09/27
犬が歩いていたので蹴飛ばしてやった。
けが人がいたので傷口をひろげてやった。
いい女がいたので辱めてやった。
いやな男がいたので痛めつけてやった。
平等だったので差別してやった。
平和だったので戦争を始めてやった。
どんなことでもできるのだった。
やりたいようにやれるのだった。
でも、さすがに不安になってきた。
なぜ、誰も止めようとしないのだろう。
やがて、天使が現われた。
誘惑して堕落させてやった。
続いて、悪魔も現われた。
説教して良心を芽生えさせてやった。
さらに、死神まで現われた。
もちろん死んでもらった。
ついに、創造主が現われた。
はじめからいないことにしてやった。
「あら、笑ってるわ。この子」
どこか遠くで声がした。
とても優しい声だった。
2011/09/26
糸が見えるというのに
この糸が切れそうなこと
なぜ見えぬ?
夢見ておるのか?
おまえが見ている糸は
本当にこの糸か?
おまえの頭の中に巣くう
蜘蛛の糸ではあるまいな。
なにを待っておる?
虫なら来んぞ。
おまえがみんな
喰ったではないか。
2011/09/25
随分前に寝床に入ったのだが
外が騒がしくて眠れない。
「わあ、すごい! すごい!」
近所の奥さんの声が聞こえる。
らしくないな、と思う。
彼女はインテリだ、と近所で評判なのだ。
起き上がり、窓を開け、外を眺める。
渡り鳥の群のようなジェット機の編隊が
青い空を横切るように飛んでいるのが見える。
航空ショーだ。
けれど、感激して騒ぐほどでもない。
「あれじゃなくて、真上よ。真上」
近所の奥さんが親切にも教えてくれる。
見上げると、巨大な美女が見下ろしていた。
大胆な水着姿で空中に浮かんでいる。
巨大な笑顔でこちらに手を振っている。
しばらく状況を理解できなかった。
ようやく実体でないことに気がつく。
空をスクリーンとした映像なのであった。
これには感心してしまった。
どうやって空に投影しているのだろう。
いくら考えてもわからないので
とりあえず空中の美女に手を振ってみた。
驚いたことに
彼女、ウインクを返してくれた。
よくわからないまま呆然としていると、
やがて空中の美女は手を振りながら消えた。
続いてジェット機の編隊も消えた。
さらに、青い空まで消えてしまった。
星も月もない真っ暗な夜空だけが残った。
呆れてしまった。
みんな映像だったのだ。
「それじゃ、おにいさん。おやすみなさい」
近所の奥さんも手を振りながら消えた。
窓を閉め、また寝床に入る。
静かだ。
かすかな物音も外から聞こえない。
でも、それなのに
やっぱり眠れないのだった。
2011/09/24
航行しているようだが海ではない。
海よりもっと港や人々から離れた場所。
乗り物はとりあえず「船」と呼んでおこう。
この船は果てしない闇に包まれている。
操縦室と思われる部屋も明るくはない。
私は中央の操縦席に座っている。
どうやら船長の立場にあるらしい。
といっても乗組員は他に一人しかいない。
この船とセットで購入した操縦説明者。
操縦方法がわからない時に説明してくれる。
なかなか端正な容姿の若い女性である。
なぜか抱く気になれない。
奇妙な存在だ。
ところで、緊急事態が発生したらしい。
操作パネルの機能がどうもおかしい。
いくら指示を入力しても反応がないのだ。
あちこちで非常警報が鳴り出した。
操縦説明者に助けてもらうべきだろう。
それなのに操縦室に彼女の姿はない。
いまさら彼女の名を知らないことに気づく。
だが、知らない理由を考えている余裕はない。
ともかく操作パネルを素手で叩いてみる。
簡単に操作パネルが割れてしまった。
ブロック状の部品が床に転がり落ちる。
どのように見ても精密部品とは思えない。
いろいろな形の積み木にしか見えない。
頭を抱えていると、操縦説明者の声。
「おしまいよ。おしまいよ。おしまいの船長さん」
彼女は踊りながら操縦室に入ってきた。
明らかに操縦説明機能が壊れていた。
折れた首から火花と金属棒が見える。
つまり彼女は人間ではなかったのだ。
擬人化された精密機械だったのだ。
どうりで抱く気になれなかったわけだ。
しかし、それならそれで抱いてみたい気もする。
だが、それどころではなかった。
知らないうちに装置が埋め込まれていたのか
私の頭の中ので
けたたましく非常警報が鳴り出した。
2011/09/23
この石碑には見覚えがある。
彫られた文字は違うが
読めないのは同じだ。
根元の苔の生え方だってそっくりだ。
同じような道、似たような場所。
くそっ!
どうなっているのだ?
動物園の熊みたいに
檻の中をぐるぐるぐるぐる
ただまわっているだけじゃないか。
どこか少しずつ違っているような気も
しないこともない。
けれど、まわってる間に誰か手を加えれば
景色はいくらか違って見えるものだ。
そんな誤魔化し、騙されるもんか!
途中で道が枝分かれしていたから
そこで選んだ道が悪かったのかもしれない。
でも、どの道を選んでも、結局
ここにたどり着いてしまうような気がする。
この石碑に吸い寄せられるみたいに。
おそらく原因は別にあるに違いない。
道があるから、道をたどってしまう。
道をたどるから、道に迷ってしまう。
道がなければ、道に迷いようがない。
いっそ、道を外れてしまおうか。
いやいや。
危険すぎる。
崖から落ちてしまうかもしれない。
そうならないように道があるのだから
道から外れるだけでは救いにならないはず。
まあいい。
それは最後の手段にとっておこう。
とりあえず、できることは試行錯誤くらいか。
なにか新しいことをしてみるか。
よし、決めた。
とりあえず、この石碑を倒してやれ!
2011/09/22
きっと僕はどうしようもないんだと思う。
わけがわかんなくなるんだ。
たまになんだけどさ。
気がついた時はもう遅いんだ。
いつもね。
最初、たくさんの仲間と歩いていたんだ。
本当なんだってば。
嘘なんかつかないよ。
いろんなのがいたよ。
まあ、僕もそうだけどさ。
笑顔だけの女の子とか、三本足の老人とか。
みんなで助け合って前へ進んでいたんだ。
つらかったよ。
でも、楽しいことだってあったよ。
その笑顔だけの子と手をつないだりとかね。
でも、一人減り二人減りで、少なくなってさ。
そうそう。
一度に五人減ったこともあったな。
なにしろ食べ物がまったくないんだから。
あそこは本当に食べられるものがなくてね。
うん、水はあったよ。
たまに溺れるくらい。
僕の親父なんか沼で死んじゃったんだから。
あの時みんなで親父を沼から引き上げてね。
いや、軽かったよ。
かなり消耗していたから。
だけど、またわけがわかんなくなってさ。
思い出せないんだ。
親父をどうしたのか。
うん、たまにあるんだ。
僕だけじゃないよ。
だって、みんなすごく空腹だったんだから。
なんというか、本当に死にそうなくらいにさ。
2011/09/21
それは、長い長いすべり台だった。
あまりにも長くて
先が見えないのだった。
「こわくて、すべれないだろう」
心ない大人が子どもをからかう。
「ふん。こわいもんか」
勇気ある男の子がすべり始めた。
おもしろいようにすべり落ちてゆく。
「わあ、楽しいな!」
どんどん勢いがついてくる。
「これは、すごいや!」
風が顔を打つ。
「いたいくらいだ」
そのうち、お尻がだんだん熱くなってきた。
「うわあ、あちあちあち!」
まだ終点は見えない。
「とめて。誰かとめて!」
男の子はとうとう泣き出した。
「あついよ。いたいよ。こわいよ」
赤いラインが
男の子のすべった跡に残った。
それでも、まだ終点は見えてこない。
どこまでもすべり落ち続ける、すべり台。
もう男の子は泣かなくなった。
動くこともなくなった。
赤いラインも途切れてしまった。
それでもまだ、すべり続けている。
どこまでも、どこまでも、どこまでも・・・・・・