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2015/08/31
壁の色は白く、天井は黒い。
床の色は思い出せない。
部屋には男と女がいる。
男はおれ、女は鼻の先。
向き合うふたり。
さて、これから何をするつもりなのか。
おれの頭は酒と薬でいかれてる。
状況が飲み込めない。
「あなた、脱がしてくれないのね」
意味ありげに見返す灰色の瞳。
すると、おれは女を見つめていたわけだ。
「今、何時かな?」
「知らないわ」
なるほど、見まわしても時計がない。
彼女の腕には己の尾を噛む蛇のリング。
おれの腕には錆びた手錠ときたもんだ。
「ふざけてるな」
「あら、そうかしら」
実際、わからない。
とりあえず首を横に振り
とりあえず女の唇を塞いでしまう。
それにしても
今、何時なんだろう。
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2015/08/30
今まで気づかなかった。
僕が寝ている部屋は寝室なのだけれど
じつは、この隣の部屋も寝室だったのだ。
なぜなら夜中にすすり泣く女の声が聞こえる。
ゆらゆら揺れる白いカーテンの向こう側は
てっきり窓の外の風景だとばかり思っていた。
なのに、僕の枕もとから遠くない
こんな近くに
見知らぬ女が寝ていたのだ。
紙の鶴を折り始める時のように
そっと布団のはしをめくり上げ
ちょっとだけ上体を起こして
声のする方へ手を伸ばしてみればいい。
白い霧を払うようにカーテンを消し去れば
枕に顔を埋めた女の寝姿が眺められるはずだ。
「おはよう、がいいかな?
それとも、おやすみ?」
なんて
うんと優しい調子で挨拶すれば
彼女、ピクッと背中をふるわせてから
こちらを振り向くだろう。
それから、案外
ちっとも泣いてなかったみたいな顔をして
にっこり笑ってくれるかもしれない。
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2015/08/29
ブログを更新していたら、玄関チャイムが鳴った。
ドアを開けると、見知らぬ中年男性。
「・・・・と申しますが、じつは・・・・」
このマンションの住人の息子らしい。
独り暮らしの老母が一週間前から連絡が途絶えている
とのこと。
心配になって訪問したところ、留守であった。
郵便受けの中にはチラシや手紙が溜まっている。
合鍵で中に入って調べてみると
炊飯器の中の研いだ米が腐りかけている。
それで「さて、これは大変だ!」と
情報を求めて自主管理組合理事長の私を尋ねたわけだ。
私も初耳。
階下の住人に問い合わせてみたが、役立つ情報はない。
賃貸なので、区分所有者に連絡する。
脚が悪いので手術を勧めていたが
飼い猫の世話が気になって躊躇ちゅうちょしていたそうだ。
救急車で病院に搬送された可能性を含め
とりあえず警察に捜索願いを出すしかなさそうだ。
この中古分譲マンションでは
これまでに孤独死は少なくとも2件あった。
さらに失踪が1件加わるとしても
さして不思議あるまい。
後日、緊急入院していたことが判明。
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2015/08/28
どうやら手紙を待っているようなのだ。
そして、木造アパートの住人であるらしい。
自分個人の郵便受けを覗いてみると
数通の手紙が入っている。
だが、どれも待っている手紙ではなさそうだ。
共同の、と言うか、大家の郵便受けもあり
申しわけないとは思いながらも扉を開いてみる。
あふれんばかりの郵便物の山である。
それぞれの宛名を確認しながら
それぞれの住人の郵便受けに振り分ける。
一通だけ、自分の宛名のものが見つかった。
汚れて破れてゴミのような封筒。
下手な手書き文字のうえ、誤字や脱字が多い文章。
どこか大きな総合病院から差し出されたものらしい。
いろいろ書かれてあるが、要するに
「あなたの入院の準備ができたので、早く来なさい」
という内容でしかないようだ。
そう言われてみると
まったく心当たりがないこともない。
そろそろ入院して本格的に治療せねばならない
という漠然とした不安を感じていたのだ。
だが、あれほど心待ちにしていた手紙は
これとは違うような気がする。
どう違うのか他人に説明するのは難しいのだが
自分自身に説明する必要はなかろう。
そんなことを考えていたら
背後に靴音がして
振り返ると、まさに
郵便配達夫がこちらにやって来るところだった。
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2015/08/27
プロレスラーともめている。
こいつと争ってはいけないのだ。
どう考えても分が悪い。
しかし、つい手が出てしまうのだ。
ああ、いけない。
たった今、軽くではあるが顔面にパンチを入れてしまった。
やはり相手は怒っているようだ。
今にも殴り返そうとしている。
もう冗談とは受け取ってくれないだろう。
そうであろうな。
実際、もう冗談ではないのだから。
しかも、反撃されるのを防ごうとして
さらに相手のアゴを蹴ってしまった。
何をやっているのだ、おれは。
相手はプロレスラーなんだぞ。
人間凶器、歩く危険物なんだぞ。
本気を出されたらかなうはずないじゃないか。
いい加減やめろ。
しまいに殺されるぞ。
ああ、またやってしまった。
よりによってゴングの板で殴るとは。
こんなことしていたら状況は悪くなるばかりだ。
もうおしまいだ。
いまさら謝っても遅いだろうな。
こうなったら相手をやっつけるしかない。
そんなの無理に決まっている。
決まっているが他に方法がない。
やっつけなければ殺されるのだ。
おお、結構やるじゃん。
ひょっとしたらなんとかなってしまうかも。
今まで本気で闘った経験ないけど
案外、おれって本気出せば強いのかも。
いやいや、待て待て。
こいつを運よくやっつけたとしても
プロレスラー仲間が黙っていないだろう。
プロレスにはいくつか団体があるというではないか。
必ず大勢で仕返しされるはずだ。
やつら、仲間意識が強そうだからな。
そうなったら、もう絶望だ。
うん、わかってる。
わかっているがやめられない。
もうリングは血の海だ。
四角いジャングル、まっかっか。
ああ、ダメだダメだ。
確実に破局へ向かって進んでいる。
いったい何がおれを動かしているのだ。
不安か、憎しみか、軽蔑か。
それともゆがんだ愛か。
ああ、わからない。
まったくさっぱりわからない。
誰か誰か、頼む頼む。
どうかおれをとめてくれ。
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2015/08/26
乱れた順番で歴史が並んでいる。
地理における国境はあいまいだ。
科学技術はあふれ、哲学と宗教はほこりに埋もれ
文学は陳腐化し、政治は硬直化している。
とある公立高校の
あいもかわらぬ図書室の風景。
本棚のかげに女子生徒がひとり。
その真剣なまなざし。
その無防備な横顔。
同級生の男子生徒が声をかける。
「なに読んでるの?」
驚く少女。
頬を赤らめ、とまどいの表情。
「たいした本じゃないのよ」
少年は立ちつくす。
あわてて少女が背中に隠した本の
その書名を読んでしまったから。
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2015/08/25
どうして
どうして こんな人が
ここにいるのだ
こんな
こんな どうでもいい人
こんな
こんな どうしようもない人
よりによって こんな人が
こんなところに いるなんて
うそだ
うそだ 信じられない
なんにもわからず ただ
ただ ここにいるだけの人
なにひとつ わからないくせに
なにひとつ わかろうとしない
こんな
こんな くだらない人が
なんで
なんで ここにいるのだ
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2015/08/24
古い屋敷の裏庭は林になっていた。
その奥に土蔵があり
少年と少女が監禁されていた。
少年は明かりとりの窓を見上げていた。
ただ黙って見上げていた。
窓の下では少女が本を読んでいた。
少女は読書が好きなのだった。
書物と食物には不自由しない。
毎日、番人が差し入れてくれるから。
少女は番人に話しかける。
老いた番人は縦か横に首を振るだけ。
少女は哀しくなる。
少年もほとんど返事をしてくれない。
それでも話したい事柄は山ほどあった。
だから本に話しかけたりする。
そんなある日、
少女の読書を人影が邪魔をした。
見上げる少女。
「どうしたの、急に?」
見下ろす少年。
あいかわらず黙ったまま。
ただし、うっすらとあごに毛が生えていた。
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2015/08/23
一台のてんびんがある。
どんなものでも比べられるのだそうだ。
ただし、形のあるものでなければダメ。
たとえば愛と勇気なら
それを結婚指輪と剣に置き換える。
断っておくが、質量を比べるわけではない。
その人にとっての価値の重要度みたいなものだ。
だから、同じものを比べていても
日によって気分によって変わったりする。
さて、それはともかく
今日は何と何を比べてみようか。
右の皿に、手を切ったばかりの札束をのせる。
左の皿に、切られたばかりの人差し指をのせる。
さてさて、どうなるやら。
右に傾くだろうか。
それとも左だろうか。
それとも・・・・
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2015/08/22
引き返せない。
そう思い込んでいるのは
あなたであって
じつは引き返せる。
ルビコン川を渡っても
カエサルは戻ることができた。
実体のない国境を意味する
チンケな川である。
ただ、実際に
軍隊を率いて渡ってしまった以上
もう状況として
戻りたくなかっただけである。
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