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2013/05/31
若い頃、煙草を吸いすぎて気持ち悪くなり、
目を閉じて項垂れていたら
幻聴が始まった。
遠いざわめきのようなかすかなノイズが
次第に近く大きくなり、
はっきり言葉にならないものの
大勢に囲まれて罵倒されているような声になる。
無理に言葉にすれば、こんな感じ。
「・・・・この馬鹿、なにやってんだ、恥知らず、
うすのろ、死ね、死んじまえ、餓鬼が、
嘘吐き、やめろ、キチガイ、クズ、ウジ虫、
能なし、ろくでなし、くたばれ、ゴミ、糞、
あっち行け、黙れ、うるさい・・・・」
なにも悪い事してないのに
たまらんなあ、と思う。
次に、体が変形する幻視が始まった。
暗闇にいたので実際に見えたわけでなく、
ただそのように感じられたのだ。
自分の両脚が骨抜きにされて
ヘビのように曲がって伸びてゆき、
遠い風景の彼方にある何か
はっきり目に見えるものではないが
トンネルの穴状のものの中に入ってゆく。
なんとも不気味な感じがして
いやだなあ、と思う。
それだけの話。
あれから随分経つが
現在、喫煙は完全にやめている。
2013/05/30
真夜中、見知らぬ女が訪れる。
「助けて。退屈のあまり死にそうなの」
なるほど、そんな顔をしている。
こちらも同じく退屈していた。
(どれ、この女を救ってみようか)
しばらく考えてから提案してみた。
「ふたり、抱き合ってはどうか」
しかし、女は深く溜め息をつく。
「根本的な解決にならないわ」
そうか。
そうなのか。
そうだったのか。
冷たい風が吹き抜けてゆく。
とりあえず、応接室に案内した。
季節は夏、女の服装も夏。
膝と肘がきれいな女だった。
「根本的な解決を望むのか」
「そう。ただし、死にたくないの」
なんてわがままな女だ、と思った。
「ひとつ、笑い話をしてやろう」
「どうぞ」
「昔、お尻が横に割れた女がいて」
「あっ、それ知ってる」
なんて失礼な女だ、と思った。
「それでは、怖い話をしよう」
「どうぞ」
「昔、お尻が横に割れた女がいて」
「あっ、それ私なの」
女はスカートをめくり、尻を見せた。
なんて退屈な女だ、と思いたかった。
2013/05/29
クルマは高速道路を走っていた。
「えっ、なに?」
返事がなかった。
「なんだよ?」
やはり返事がないのだった。
おれは不安になってきた。
「あのさ、なにか言わなかった?」
「なにも言ってないわよ」
「おかしいな」
「私の声が聞こえたの?」
「うん」
「空耳よ」
「そうかな」
「寝ぼけてたんじゃないの」
そこで、目が覚めた。
自宅の寝室だった。
夢だったのだ。
笑える。
本当に寝ぼけていたらしい。
それはともかく、少し気になる。
あれは本当に空耳だったのだろうか。
確かに聞こえたのだ。
よく聞き取れなかったけど。
それに、あの走っていたクルマ。
あれは
いったい誰が運転していたのだろう。
彼女は後部座席で
おれは助手席で
おれの横には誰もいなかったのに。
2013/05/28
意識の底へ沈もうと思う。
潜水艦に乗って
深く深く・・・・
まずハッチをしっかり閉める。
水漏れは死を意味する。
二度と浮上できなくなる。
小さな丸窓から意識の海が覗き見える。
ありふれた欲望や不安の魚が泳いでいる。
光が失われてゆく。
サーチライトを点ける。
双頭のウミヘビが視界を横切る。
閉じたり開いたりする洞窟のいびつな門。
漆黒の闇の奥で胎児が泣いている。
聞こえぬはずの泣き声さえ聞こえる。
オギャー オギャー オギャー
海ユリが鯨を飲み込もうとしている。
その不気味な花弁の口が裂ける。
青い血の煙
軋む音が艦内に響き渡る。
巨大なイカの脚に抱きつかれたらしい。
丸窓を覆い尽くす吸盤。
可能性として思い浮かぶ。
あるいは巨大なタコかもしれない、と。
比重の童そうな液体が溜まり始める。
そこだけ床が凹む。
不意に、音もなく室内灯が消えた。
もうなにも見えない。
なにも感じない。
2013/05/26
ひとり、小学校の砂場で遊んでいた。
砂を寄せ集めて城を作るつもり。
なかなか立派な城ができそうだ。
城の中には美しい姫が幽閉されている。
敵国からさらわれてきたのだ。
姫は王子を待っている。
きっと白馬に乗ってやってくるはず。
(それは僕だ。お姫様を助けるのだ)
そんなこと考えていたら突然、
年上のガキ大将が背後から現れ、
砂の城を踏みつぷして逃げていった。
砂の上に靴跡がはっきり残った。
砂の中から雛人形の顔が覗いていた。
かわいそうに、雛人形の首は折れていた。
ひどいありさまだった。
こんな結末は絶対に許せなかった。
金属のハンドスコップを逆手につかみ、
僕は泣きながらガキ大将を追いかけた。
2013/05/24
いかがわしい音がホールに鳴り響き、
あやしげな光が舞台を照らし出す。
やがて美女の登場。
「脱げ! 脱げ! 脱げ!」
はやしたてる粗野でわがままな観客たち。
踊りながら一枚一枚
ゆっくりと衣装を脱いでゆく女。
そのなまめかしい姿態、
そのいやらしい表情。
彼女はストリッパー。
脱ぐのが彼女の仕事。
今、最後の一枚になった布を
客席へ投げ捨てたところ。
踊り子の濡れた肌。
けものを連想させる腰の動き。
「もっと脱げ! もっと脱げ!」
男どもの興奮はおさまらない。
諦めたように微笑む女。
両腕を交差させ、脇腹をつかむ。
そのまま皮膚を上に持ち上げる。
不気味な音響、
むごたらしい場面。
客席から悲鳴があがる。
女性客もいるのだ。
脱ぎたての皮膚を放り投げる。
髪も眉毛も付いたまま。
「いいぞ! いいぞ!」
客席から狂気の歓声。
血を垂らしながら
ぬらぬらと踊り続ける踊り子。
のけぞって両手を腰に当てる。
そのまま前のめりになって
両手を足もとまで下ろす。
「最高!」
拍手喝采。
踊り子は表皮をすべて脱いでしまった。
まさに赤裸。
もう血まみれの肉塊でしかない。
「もっと脱げ! もっと脱げ!」
愚かな観衆の欲望は尽きない。
踊り子の両手が胸もとへ向かい、
むき出しの赤い胸部をつかむ。
やはりむき出しの両腕の筋肉が膨らむ。
音を立て引き千切られる乳房。
「ブラボー!」
鳴り響く口笛。
とうとう彼女は肋骨まで見せてしまった。
それでもまだ彼女は踊っている。
踊り続けている。
なぜなら、飢えた観客どもが
彼女の内臓まで見たがっているから。
見せるのは彼女の生き甲斐。
そして、彼女の天職。
もうストリッパーの表情はわからない。
いつしか彼女は
顔の筋肉さえも捨て去っていたから。
2013/05/23
水晶池には、奇妙な伝説があっての。
昔、ある坊さんが村にやってきて
山を掘って水晶の塊を見つけたそうじゃ。
それを坊さんは素手で磨いて
十年かけて水晶の玉にしたんじゃと。
それは見事な玉であったそうじゃ。
しかも、この玉をじっと覗くと
人の心が透けて見えたという。
やがて、坊さんは気がふれてしまっての。
あわれ、山の池に入水じゃ。
水晶玉を抱いたままでの。
この坊さん、白蛇になったとか
いかにもそれっぽくいわれとるな。
水晶玉は池に沈んだまま
いくら捜しても見つからん。
潜る者、ことごとく気がふれおる。
見つげられんのじゃ。
以来、この池を水晶池と呼んでおる。
よくわからん話じゃ。
どんなもんが透けて見えたのやら。
2013/05/21
その家は狭い坂道の途中にある。
木立に隠れそうな小さな家。
屋根も壁も草に覆われている。
玄関の扉は施錠もされず、
かつて住んでいた家族の靴が残る。
二階の窓は暗く閉ざされ、
そこに幼い姉妹の姿は見えない。
うつむいて泣いていた妹、
立ちつくしていた姉。
どこへ行ってしまったのだろう。
軒下に吊るされた風鈴が
ただ寂しく鳴るばかり。
2013/05/20
水槽の中、尾びれを振って泳いでいる。
エラ呼吸なんかして、ほとんど魚だ。
水槽の外では好奇な眼が光っている。
ゴクリと喉を鳴らす人々の気配を
ガラス越しに感じることさえできる。
人魚の泳ぐ姿が珍しいのだろう。
なにしろ伝説の生き物なのだから。
こちらもまだ慣れてないので
尾びれを横に振るべきか縦に振るべきか
迷ってしまって交互に振ったりする。
それにしても、情けない話だ。
死にぞこないの老人を殺しただけで
まさか人魚にされるとは思わなかった。
死刑か生体実験か、選択を迫られ、
つい生体実験を選んだ結果がこれだ。
手術のあと、麻酔から醒めた瞬間、
天国は水中にあったのか
と驚いてしまった。
「気分はどうかね」
ガラス越しに問いかけてくる。
返事くらいしてやろう。
「そんなに悪くない」
おお、という喚声。
こちらからの声も水槽の外に伝わるのだ。
水中マイクでも仕掛けてあるのだろう。
「なにかして欲しいことはあるかね」
いい質問だ。
おれは言ってやった。
「やっぱ、死刑にしてくれ」
2013/05/20
割れる 割れる
ひび割れる
足のカカトが
ひび割れる
クチビル上下も
ひび割れる
雨が降らない
雨降らない
どこにも降らない
一滴も
大地が割れる
笑顔が割れる
心はとうに
割れている
日々 ひび
ひびび
ひび割れる