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2012/04/30
近所の稲荷神社に参拝後、迷子になり、
家に帰れなくなってしまった。
(ははあ。ひょっとすると
こいつは狐に化かされたかな)
神社参拝の作法というものがある。
鳥居をくぐる時は礼をする。
手水で手と口を清める。
神殿の真正面に立つのは失礼。
左右どちらか一歩横へ。
お賽銭を賽銭箱に入れる。
鈴を鳴らして合図を送る。
深く二礼、胸の高さで二拍手。
祈願、深く一礼。
しばらく境内に佇む。
鳥居から出る時にも一礼。
これらすべて知っていたが、
今夜は、あえて悉く無視したのだ。
まず、鳥居で立小便。
手水舎に唾を吐き、
神殿の真正面から賽銭泥棒。
鈴の緒、引き千切り、
ニゲップ、ニ放屁。
悪態ついて、アッカンベー。
そのまま鳥居を蹴飛ばして退散したのだ。
遊び仲間と一緒だったから
つい見栄を張ってしまったのだな、これが。
(しかし、まいったな)
さっきから、どうも神社の周りを
ぐるぐる回っているような気がする。
それに仲間の顔が、どいつもこいつも
狐そっくりに見える。
「コン、コン」
咳をする奴までいる。
そういえば、なんだか無性に
油揚げが喰いたくなってきたぞ。
「コーン」
2012/04/29
小さな女の子が
大きなシャボン玉を作って
空中に飛ばしました。
そのシャボン玉の中で生まれたのが
この私です。
風に吹かれて
フワフワ揺れて
球体の虹色模様が
クルクルまわります。
石けん水の透明な膜が
世界への唯一の窓。
ここに映る絵が丸く見えるように
ここに反響する音も丸く聞こえます。
さっき
生意気そうな顔の少年が
針でシャボン玉を突き刺そうとしました。
パチンと音を立てて
割るつもりだったのでしょう。
でも、その針の先は
石けん水の膜を突き抜けただけ。
腕も頭も腰も突き抜けて
そのまま少年は向こう側へ出ました。
その時の少年の顔の
とてもおかしかったこと。
まるでシャボン玉なんか
どこにもなかったような
変な夢を見ていただけだったみたいな
そんな不思議そうな表情をして。
2012/04/28
遥か遠い見知らぬ土地に
サピアという名の川がある。
そこにはイメージとか印象とか
いわゆる想念のようなものが流れている。
その水をすくって飲めば
心乱れ、
身を浸せば
鱗生え、魚になる。
サピアの流れは雄大で
蛇行を繰り返し、
段丘を築き、
そこここに三日月湖を残す。
橋はない。
いくら架けても流されてしまうゆえ。
この川を遡れば
やがて君は
サピアという名の乙女に辿り着く。
つまり、サピアの流れは
ひとりの乙女の涙が
その源流なり。
2012/04/27
しばらく帰らないつもりだった。
ある夏の朝早く、ひとり家を出て
海を目指して歩き始めた。
ちょっと心配ではあるが
日暮れ前には海岸へ辿り着けるだろう。
歩きやすい靴を履き、
眩しいので、サングラス。
日射病予防として頭にタオルを巻く。
肩に水筒。
背にはリュックサック。
できるだけ荷物は少なめに。
タオル、歯ブラシ、トイレットペーパー、
下着、靴下、Tシャツ、レジャーシート、その他。
もちろん財布も持った。
歩きながら、あれこれ考える。
もう嬉しくて、しかたない。
今夜、念願の野宿をするのだ。
床も壁も天井もない。
満天の星空の下で寝るのだ。
夜の砂浜にシートを敷き、
タオルを重ねて枕にして寝るのだ。
打ち寄せる波の音に包まれて寝るのだ。
星座の伝説とか、人類の過去と未来とか、
愛とか青春とか人生とか考えながら・・・・・・
眠れないだろう。
だが、眠る必要もない。
それは、きっと素晴らしい経験に違いない。
なぜ、もっと早く経験しなかったのだろう。
今では、ただ歩くだけで疲れてしまう。
もう若くないのだ。
だから、孫にまで「ボケ老人」とか
「ハイカイ老人」とか言われてしまう。
ああ、まだ見えない。
どこまでも遠く青く、広い海原。
2012/04/25
凍った岩肌に
骨が喰い込む。
肉を破り、
血に染まった指の骨。
吹雪は背に爪を立て、
男の耳を噛み切る。
鼻毛が凍り、
音を立てて涙が割れる。
垂直の崖を抱き、
男は喘ぐばかり。
男の望みは
山頂に咲くという
氷の花。
それに触れる者は
幸せになるという。
さびしい男。
哀れで惨めな雪男。
もう食料も感覚も
生きる気力もない。
(・・・・・・だめだ・・・・・・もう登れぬ)
その瞬間、
男の指が花に触れる。
落ちてゆく。
落ちてゆく。
落ちてゆく。
きれいな
一枚の
氷の花びら。
2012/04/24
トントコトンが歩いていたら
途中でトコトントンに出会ったよ。
「やあ。トントコトン」
「元気かい。トコトントン」
一緒にトントコ、トントン、トコトントン。
仲良くトコトコ、トントコトン。
トコトコ、トコトコ、お馬が通る。
トントン、トントン、ノックする。
「トントコ、トントコ、どなたでしょ?」
「トコトン、トコトン、私です」
トーント、トトント、扉が開く。
トトトン、トトトン、握手する。
トトトト、トントン、料理して、
トントト、トットー、食事する。
「トトント、トコトン、さようなら」
「トーント、トントコ、またあした」
2012/04/23
女が眠らない夜は
男が眠れない夜。
あるいはその逆か。
は。
まあ、どっちでもいいけどさ。
約束してたのに
女に逢えなかった。
若くもないくせに
まだわかってない。
約束なんかするから
破られる。
信じたりするから
裏切られる。
そういうもんだよ、
世の中は。
酔っ払いだし、
この俺は。
はっは。
それにしてもネオンが眩しい。
誰だ、せっかくの闇を隠すのは。
なにを脅えているのだ。
吐いてしまえ。
喉の奥に指突っ込んで。
ううう。
路地裏の女が
リンゴの皮をむいている。
いくら眺めても
あの女ではない。
それはわかりきったこと。
明け方、
一羽のカラスが鳴く。
夜を切り抜いたような
黒い鳥。
逢えなかったあの女は
とうとう
カラスになってしまったのだ。
とりあえず
そういうことにしておいてやる。
はっはっは。
ざまあみろだ。
2012/04/22
俺は工場で働いている。
なぜなら、俺の目の前には
ベルトコンベアが静かに流れているから。
この状況に置かれていては
ともかく流れ作業をするしかあるまい。
それにしても、よくわからないものが色々、
よくわからないなりに流れてくる。
俺の傍らには様々な工具らしきものが置かれ、
俺自身、モンキーレンチを右手に持っている。
これでなにかすべきであろうけれども
なにをすれば適切であり、
なにをすれば問題になるのか
俺には判断できない。
少し離れたところに他の工員が立っている。
彼は千枚通しのようなもので
流れてくるものをズブズブ刺している。
時々、刺されたものが悲鳴のような音を立てる。
それを聞く度、彼の横顔が笑うのが見える。
ベルトコンベアを挟んだ向こう側にも工員がいる。
彼は黙って流れを見下ろしているだけだ。
黙視検品というものであろうか。
ふと俺は、足もとが流れていることに気づく。
なんと、工場の床だとばかり思っていたものは
じつは大きなベルトコンベアだったのだ。
俺は途方に暮れてしまう。
2012/04/21
なにごともゆっくりです。
はやく話せません。
ゆっくり話すと、言葉になりません。
というか、誰も聞いてくれません。
だから、文字で書きます。
こうして、ゆっくり書きます。
ここまで書くのに百年かかりました。
話すより遅いかもしれません。
考えていると、百年なんかすぐに過ぎます。
人が生まれ、老いて死にます。
あっ、と言う間です。
ひとつの文明が誕生します。
どんどん発展します。
そのうち戦争を始めます。
いくつもの都市が消えてしまいます。
忠告を与える暇もありません。
だから、こうして書いて伝えます。
そんなに急いではいけないよ、と。
なにごともゆっくり、じっくりと・・・・・・
でも、よく考えてみたら、もう手遅れかな。
2012/04/20
彼女は若くて賢くて美人。
大富豪ゴルディアス家の一人娘。
「私を抱きたかったら、この帯をほどくことね」
彼女の着物をきつく締める帯。
その結び目は複雑怪奇。
これまで多くの殿方が挑戦してきた。
しかし、その結び目をほどいた者はいない。
帯を切ろうとしても無駄。
特殊な超合金繊維で織られてあるから。
ある日、一人の若者が彼女の前に現れた。
「我が名は、アレキサンダー」
若者は、帯には手も触れなかった。
ただ服を脱いで裸になっただけ。
その美しい肉体を誇示するかのように。
・・・・・・そして、
彼女の帯はほどかれた。
彼女みずからの手によって。