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  • 狐の神様

    空を見上げ、狐が呟いた。

    「狐なんかつまらない。
     ぼく、鳥に生まれたかったな」

    それを耳にしたのが、木の上にいた天狗。

    「おまえを鳥にしてやるぞ。
     どんなのが望みだ」

    木の上からの声は、まるで天からの声。

    「ああ、神様ですね。
     ぼく、鷹になりたいな」

    「お安い御用さ」

    天狗の呪文で、狐は鷹に変身。

    「神様、ありがとう!」

    鷹になった狐は空に舞い上がる。


    空に舞い上がった鷹は
    地上を見下ろし、呟いた。

    「おや、あれは天狗だぞ。
     なんだ、やけに小さいな」
     

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  • 缶 詰

    迷い込んだ青空市場で買い物をした。

    いったい何を買ったのか?
    夕方、帰宅してから疑問が浮かんだ。

    それをリュックサックの中から取り出す。


    缶詰であることは間違いなかった。
    ただし、印刷された外国の文字は読めない。

    なにやら神秘的な雰囲気を漂わせている。

    台所の缶切りをつかむ。
    思い切って開けてみた。

    すると、ムクムクと女体が出てきた。
    足の先が現れ、最後に手の先が抜けた。

    小さな缶詰にどうやって入っていたのか?
    等身大のリアルな女体。

    明らかな外国人だが、美女と言える。
    しかも裸だ。

    「缶の切り口でケガしませんでしたか?」
    心配して尋ねてみた。

    困ったような表情。
    この国の言葉を理解できないらしい。

    どうやら出血はしていないようである。
    缶から抜け出るのには慣れているのだろう。

    さて、困った。
    この女体をどうしよう?

    どう考えても食べ物とは思えない。
    ごく常識的に抱けばいいのだろうか?

    女好きな友人の顔を思い浮かべる。
    あいつなら何も考えずに抱くだろうな。

    いつの間にか缶の中に幽閉されている
    とかの未知の危険性など無視して。


    空き缶を持ち、指先で女体に示した。
    「この缶の中に戻ってくれないかな」

    やはり困った表情の女体。
    魅カ的とさえ言える。

    ああ、こっちこそ困った。
    こんなの買うんじゃなかった。

    そんな潤んだ瞳で見つめないでくれ。

    まるで女体じゃなくて
    女みたいな気がしてくるじゃないか。
     

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  • 金縛り

    2013/03/28

    怖い話

    山の斜面をひとり歩いていた。
    家族の待つ家に帰るためだった。

    岩がむき出しの不安定な足場が続く。
    土砂崩れの跡かもしれない、と思った。

    滑って転ばぬように注意が必要だった。

    帰り道をまちがえたような気がしてきた。
    いくら歩いても家が見つからないのだ。

    ふと、これは夢ではないかと思った。
    じつにくだらない思いつきだった。

    そんな冗談みたいなこと、あるはずがない。
    なにしろ、こんなにリアルなのだから。

    記憶だってクリアだ。
    夢のはずがない。

    それでも、戯れに意識を集中させてみた。
    すると、目の前の視界が崩れ始めた。

    驚いた。
    本当に夢だったのだ。

    絶対に夢ではない、と確信していたのに
    闇の中、仰向けに寝ている自分がいた。

    体がまったく動かない。
    まぶたも開かない。

    いわゆる金縛りの状態なのだった。
    何者かに捕らわれているような感覚。

    必死に叫ぼうとするが、喉が動かない。
    かすかにもれる声は言葉にならない。

    わけがわからない。
    頭がパニック。

    どうなったんだ。
    どうなってしまうんだ。

    しばらくして、ようやく呪縛が解ける。

    跳ね起きた。
    全身、もう汗びっしょり。


    以上、ほぼ正確な金縛りの体験記録。
     

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  • 壁に耳

    部屋の四方は壁に囲まれていた。


    一番目の壁に耳を当ててみる。

     「餌はやるな」

     「水は?」
     「同じだ」

     「換気は?」
     「必要ない」

     「明かりは?」
     「いらん」

     「音は?」
     「立てるな」

     「においは?」
     「そのうち勝手に臭くなるさ」

    息苦しくなってきた。


    二番目の壁に耳を当ててみる。

     「もう逃げられないぞ」

     「ヘビが巻きついてるわ」
     「大きなクモが這ってる」

     「だめ。ミミズはきらい」
     「わあ、ゴキブリの大群だ」

     「いや。ヒルがお尻に」
     「背中にムカデが入った」

     「もう我慢できない」
     「やめるんだ。狂ったのか」

     「あら、意外とおいしいわ」

    気分が悪くなってきた。


    三番目の壁に耳を当ててみる。

     「ここに命題がある。
     『あらゆる事物は正当化できる』

      これは次のようにも表現できる。
     『正当化できない事物はない』

      仮に、正当化できない事物があるとする。

      その事物をとりあえず消してみる。
      すると、正当化できない事物がなくなる。

      これでは結論そのままである。
      だから、その事物を消してはいけない。

      つまり、その事物は正当化できる。
      よって、命題は証明された」

    頭が朦朧としてきた。


    最後の壁に耳を当ててみる。

     「足首が溺れてしまうから」
     「助けて。おねがい」

     「ワニの背中で研ぐと包丁が笑う」
     「ひどい、やめて」

     「引き出しの奥まで定規が這ってる」
     「いやよ、いやよ」

     「宝石を埋めた額縁ではない」
     「もうダメ。あたし」

     「空から滝になって天の川が落ちる」
     「ああ、死んじゃう」

    死ねばいいのに、と思った。


    見上げたら、天井の目と視線が合った。
     

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  • カタログ

    2013/03/26

    切ない話

    そのカタログには
    女の子たちの写真が掲載されている。

    水着姿、学校の制服姿、着物姿など。
    身長やプロポーションの表示もある。

    それから、簡単なプロフィール。
    出身地、生年月日、家族構成、趣味など。


    なんとなく僕は彼女に興味を持つ。

    なにを好み、なにを好まないか。
    なにを考え、なにを考えていないか。
    なにを経験し、なにを経験していないか。

    それらについて確認したくなったので
    僕は彼女を注文することにした。

    さっそく販売元に連絡してみる。

    すると

    「申し訳ありません。
     彼女、失踪してしまいました」

    との事。


    あっ、そう。
     

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    • Tome館長

      2014/01/24 12:41

      「広報まいさか」舞坂うさもさんが朗読してくださいました!

    • Tome館長

      2014/01/23 14:23

      「こえ部」で朗読していただきました!

  • 混 浴

    ひなびた温泉である。

    見上げれば凍るような満天の星空。
    冬の夜の露天風呂というやつだ。

    うら若き女がひとり、湯船につかっている。
    おそらく都の高貴な娘であろう。

    その透けるような白い肌。
    細いうなじや丸い肩が湯気に揺れて悩ましい。

    いかにも気持ち良さそうだ。


    そこに突然、一匹の山猿が現れた。
    しかも雄だ。見ればわかる。

    山猿はそのまま湯船に飛び込んだ。

    「あら、今晩は」
    女は気楽に声をかけた。

    雄と言えども山猿だから平気なのだろう。

    山猿も平気で女を見つめている。
    うらやましいやつだ。


    そこに突然、ひとりの異星人が現れた。
    しかも男だ。見ればわかる。

    異星人はそのまま湯船に飛び込んだ。

    「あら、今晩は」
    女は気楽に声をかけた。

    男と言えども異星人だから平気なのだろう。

    異星人も平気で女を見つめている。
    うらやましいやつだ。


    そこで俺も、女の前に姿を現した。
    もちろん男だ。見せればわかる。

    俺はそのまま湯船に飛び込んだ。

    「あれえええええ」
    女はものすごい悲鳴をあげた。

    男と言えども幽霊だから平気なはずなのに。

    俺は必死で逃げる女を見つめている。
    うらめしいやつだ。
     

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  • オレンジ色

    2013/03/24

    思い出

    今日もまた暑くなりそうだった。

    少年の頃、夏休みの昼下がり。
    冷房のない蒸し暑い部屋。

    友だちなんかいなくて
    床に寝転んで天井を見上げていた。

    暑くてだるくてなにもする気がしない。

    汗が出てハエがいてセミがうるさくて
    とても昼寝なんかできそうにない。

    我慢するだけのくだらない時間が
    ダラダラ過ぎてゆく。

    ぼんやりした頭で思うのだった。

    (みんな、今、なにしてるんだろう?)

    仲闇と一緒に楽しく海水浴してる?
    避暑地でのんびり読書してる?
    暑さ忘れてデートしてる?

    きっと素晴らしい経験をしているに違いない。

    なんだか焦る。
    どんどん経験の差が拡がってしまう。

    あわてて目を閉じる。
    とにかく想像力だけは自信ある。

    実際の経験はできないとしても
    より素晴らしい想像の経験をしてやる。

    あんなことやこんなこと、それから
    とんでもないことやいけないこと・・・・


    で、どんな経験をしたのかというと

    あの昼下がりと同じように目を閉じて
    今でもはっきりと思い浮かぷのは

    まぷたの裏が鮮やかなオレンジ色だった
    ということ。
     

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  • 檻の中

    2013/03/23

    切ない話

    雌雄のつがいとして檻に入れられた。


    「近頃のは、交尾のやり方も知らないのよ」
    「本当ですか。困ったな」

    「よく教えてやってね」


    まったく、檻の外の奴らめ!

    やり方なんか知ってる。
    押しつけられた相手とやりたくないだけだ。


    「危険物は与えないこと。自殺するから」

    「共喰いはしないでしょうね」
    「エサを十分に与えておけば心配ないわ」

    「自分の体を食べたりしませんか」
    「たぷんね。エサが十分なら」


    ふん。勝手なことを。
    いつか、おまえらをエサにしてやる。


    檻の前には注意表示があった。

      エサ、道具、本などを与えないこと。
      話しかけないこと。返事もしないこと。
      卑猥な写真などを見せないこと。
      あからさまな挑発は慎んでください。


    ふざけるな!
    あからさまに挑発してるじゃないか。

    だんだん腹が立ってきた。
    檻の鉄格子をつかんで両腕にカを込めた。

    そして、大声で怒鳴ってやった。


    「ワン!」
     

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  • おねだり

    2013/03/23

    ひどい話

    やんなっちゃうよ、まったく。
    彼女、耳たぶ噛みながら囁くんだぜ。

    「欲しいの。その目玉くり披いて」

    もう、とんでもない話だよな。
    たまらんぜ、まったく。

    それで、おれ、
    こんなに目が不自由なのさ。


    それから彼女、おれの胸毛、
    一本ずつ抜きながら囁くんだぜ。

    「この手で心臓に触れてみたいわ」

    へっ、畜生!
    もう、まいちゃうよな。

    ほら、だからなのさ。
    おれ、ひどく顔色悪いだろ。
     

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    • Tome館長

      2014/01/19 15:54

      「こえ部」で朗読していただきました!

    • Tome館長

      2013/05/12 13:35

      「さとる文庫 2号館」もぐらさんが朗読してくださいました!

  • あいまい宿

    2013/03/22

    変な話

    そこは海辺のようでもあり、
    あるいは山奥のようでもあった。

    またはどちらでもないのかもしれない。

    どこでもあってどこでもない、
    そんないい加減な場所なのだろう。


    その建物の玄関の柱に掲げてあるのは
    あやしげな表札だった。

    なにが書かれてあるのかわからない。
    表札かどうかもあやしかった。

    よくわからないままではあるとしても
    しかし泊まれるはずだ、と私は思った。

    どこにも根拠などないのだけれど。


    半開きの壊れかけた扉をくぐり抜けた。

    「あら、いらっしゃいませ」
    初対面のような顔見知りのような女だった。

    この宿の女将と思われた。
    なぜなら彼女の他に誰もいないのだから。

    「お待ちしておりましたのよ」

    すると予約でもしていたのだろうか。

    なにか伝えたいことがあるはずなのに
    どうしたわけか言葉が見つからなかった。

    「とりあえず、お座りになったら」

    たぷん疲れた顔をしていたのだろう。
    それは悪い考えではないように思われた。

    だが、見渡してもどこにも椅子はない。
    仕方ないので私はそのまま床に座った。

    床には草が生えていた。
    夏草の匂いがする。

    すると季節は夏なのだろうか。

    「あれは、もう随分遠い昔の話だ」
    「ええ、そうでしたわね」

    どうして女将が相槌を打つのだろう。
    唐突に独り言を始める客も変だが。

    いつの間にか女将も床に座っていた。
    その膝小僧がひどく懐かしい気がした。

    「もう娘さんは大きくなったろうね」
    「いやだわ。娘なんかいませんよ」

    女将は口を押さえて笑った。
    どうも私は思い違いをしているらしい。

    「あたしが娘だった頃はありましたけどね」

    恥ずかしそうに女将は床にうつ伏せになる。
    その丸いお尻に蛍が一匹とまった。

    ああ、やっばりあれは夏だったんだ。

    「あの頃の川はまだ澄んでいたっけ」

    ふたたび女将が相槌を打つ。
    「川底にはカワニナが這っていましたね」

    どうして女将が知っているのだろう。

    蛍の幼虫に食べられる細長い巻き貝。
    澄んだ流れの川にしか生きられない弱虫。

    思わず泣きたくなってきた。
    そう言えば泣かなくなって久しい。


    見上げてもそこに夏の星空はなかった。
    ただただ天井の蛍光灯が眩しかった。

    どうして蛍の光なんか見えたんだろう。
    もう見えるはずもないのに。


    なにか間違っているような気がしてきた。


    こんなところでいったい
    なにをしているのだ、私は。

    そもそもここはどこなのだ。


    あわてて私は床から立ち上がった。
    そのために軽いめまいを感じた。

    「悪いけど、今夜は泊まらないよ」

    女将はうつ伏せのままだ。
    その背中が小さくなったような気がした。

    「そうね。その方がいいわね」

    なんだか声まで幼くなったようだ。

    このまま放ってもおけない気がする。
    もう家に帰らなくてはならない気もする。

    そんな気がするだけ・・・・


    そうなのだ。
    確かなことがなにもない。

    つまり、すべてがあいまいなのだ。


    どうしようもない。
    仕方がない。

    とりあえず、これから
    あの壊れかけた半開きの扉をさがそう。

    それから、玄関の柱の
    あの表札をもう一度確認しよう。

    あるいは、もうそこには
    なにもないのかもしれないけれど。
     

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