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文学・文芸 > 小説
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Comment 自分の欲でない所でどうにもならない時、他にどんな方法があるっていうんだ。
冗談じゃねえ、ふざけるなよ。
馬鹿野郎だな、俺。
じっちゃんがいた。いつも一緒だった。縁側から立ちションする技を教えてくれた。近くの駄菓子屋に十円玉を握りしめ、キャンディ棒を2つ。チョコレートのコーティングされたあまーい奴だ。ふたりで縁側に座り、日向ぼっこをしながら舐める。
片目を閉じて、蒼いガラス玉をお日様にかざしながら
『こうして覗くと海が見えるんじゃ』
そうじっちゃんはよく言った。僕には何の変哲もないものにしか見えなかった。泡凹がみえるだけでね。
凄く暑い島だった。至る所に弔うべきものがあった。玉砕の島。遠い思い出をしゃべりだすじっちゃん。託された手紙と一緒に友情の証としてもらった涙の粒。友と海の色、抜けるような青空。
そこにじっちゃんの海が見えるんだ。
今でも忘れない。あのどんよりとした雲がどんどん厚くなって、ばらばらと降り出した雪。10年ぶりの雪景色。
庭に季節外れの派手な花輪の列。黒い服を着たおじさん、おばさんがアリみたいにズラズラ家にやって来た。
貰い忘れたお年玉をくれるんだろうか?
何だかワクワク。幼稚園だってこんな沢山の人はいないから。
じっちゃんの顔の上に白いハンカチが被せられ、母ちゃんが泣きながらそいつをめくって僕に言った。
『お別れをして』
もうちょっとで4歳の僕は、
『じっちゃーん、起きてよ!あそぼう』って声をかけたんだ。シワクチャだったじっちゃんの顔がなんだかツルツルだったけど。
それから3日後、まだ雪の残る朝、僕は寝ぼけ眼で味噌汁をこぼした。
園服を着て出かける時が来た。
『じっちゃんは?』『おかあちゃんじゃなくて、じっちゃんと行く』
僕は地団駄踏んで大泣きした。人生初の手の届かない悔しさに、、、。
それからの自分の痛みと悔しさは自分の為だけのものだった気がする。オヤジが死んだ時でさえ涙を流すことはなかった。受け入れる準備が出来ていたからね。
『死のうと思えば3日で死ねる』そうあの子に告げられた時だってヘッチャラだった。
——————————————
流した涙の記憶が薄れる頃、そいつはやって来た。
頑張っちゃってるな、ぼーず。泣きたいときに泣けばいい。友達のママが羨ましいだろう。見た事も無い綺麗な着物にカンザシ。先生まで黒い服を着て、胸に花を飾ってる。
ひとつぽつんと空いた椅子に僕はドッカリ荷物を置く。まさか花を飾る訳にもいかないからね。背中に名前が貼られた椅子。
『おめでとう!』
『アリガトウ!』
スマホ越しに映る真剣な顔。緊張しているのか。
『起立! 礼!!』
視線が泳ぐ。前方から左へ。カメラを構える黒服のオヤジ達。ひとりひとり名前がコールされ始める。
壇上に向かう小さな足、足、足。
出番には未だ時間がある。
視線が今度は右へ。証が受け取られ手渡されてゆく。感謝の言葉とともに。追いかけた視線が僕とかち合う。照れ笑い。泣けよ、ぼーず。
今でも忘れない、忘れたくない。喜びもくやしさも桜色に色づく。描かれつくされてもいないけれど、真っ白ってわけでもない。
大きな拍手。いつまで歯を食いしばっているんだ、ぼーず。
最後のお別れの言葉。とても小さな門出。記念写真はいらない。帰ってお前の好きなモミの木のケーキでも食おう。僕の宝物のビー玉をあげるよ。
—————————————————
僅かに開いた唇から洩れる吐息。疲れちまったんだろう。
飲んで飲んで、僕はグラスの氷が溶けるのを眺めてる。だらしなく弛緩した感情は閉ざしてしまいたい心を裸にする。
食べ残しのケーキを舐める。苦い味がする。登って降りてゆくようなピアノの間奏。長い髪が揺れる。ママはどんなだった。いつ懐かしい思い出になるというんだ。わざとオチャラケ演じてみせた笑顔が悲しすぎる。僕に気を使うなよ、ぼーず。
どうしようもなく、どうしたらいいのか分らない。じっと、僕は耳を塞いで俯いたまま時が過ぎるのを待つしかない。贈る言葉もみあたらない。
傷だらけになっちまったガラス玉にじっちゃんの海が見えた気がした。
**アカン、眠くなってしまった、、一度ねむらせてください**
じっちゃんの海
by canbeesanta
自分の欲でない所でどうにもならない時、他にどんな方法があるっていうんだ。
冗談じゃねえ、ふざけるなよ。
馬鹿野郎だな、俺。
じっちゃんがいた。いつも一緒だった。縁側から立ちションする技を教えてくれた。近くの駄菓子屋に十円玉を握りしめ、キャンディ棒を2つ。チョコレートのコーティングされたあまーい奴だ。ふたりで縁側に座り、日向ぼっこをしながら舐める。
片目を閉じて、蒼いガラス玉をお日様にかざしながら
『こうして覗くと海が見えるんじゃ』
そうじっちゃんはよく言った。僕には何の変哲もないものにしか見えなかった。泡凹がみえるだけでね。
凄く暑い島だった。至る所に弔うべきものがあった。玉砕の島。遠い思い出をしゃべりだすじっちゃん。託された手紙と一緒に友情の証としてもらった涙の粒。友と海の色、抜けるような青空。
そこにじっちゃんの海が見えるんだ。
今でも忘れない。あのどんよりとした雲がどんどん厚くなって、ばらばらと降り出した雪。10年ぶりの雪景色。
庭に季節外れの派手な花輪の列。黒い服を着たおじさん、おばさんがアリみたいにズラズラ家にやって来た。
貰い忘れたお年玉をくれるんだろうか?
何だかワクワク。幼稚園だってこんな沢山の人はいないから。
じっちゃんの顔の上に白いハンカチが被せられ、母ちゃんが泣きながらそいつをめくって僕に言った。
『お別れをして』
もうちょっとで4歳の僕は、
『じっちゃーん、起きてよ!あそぼう』って声をかけたんだ。シワクチャだったじっちゃんの顔がなんだかツルツルだったけど。
それから3日後、まだ雪の残る朝、僕は寝ぼけ眼で味噌汁をこぼした。
園服を着て出かける時が来た。
『じっちゃんは?』『おかあちゃんじゃなくて、じっちゃんと行く』
僕は地団駄踏んで大泣きした。人生初の手の届かない悔しさに、、、。
それからの自分の痛みと悔しさは自分の為だけのものだった気がする。オヤジが死んだ時でさえ涙を流すことはなかった。受け入れる準備が出来ていたからね。
『死のうと思えば3日で死ねる』そうあの子に告げられた時だってヘッチャラだった。
——————————————
流した涙の記憶が薄れる頃、そいつはやって来た。
頑張っちゃってるな、ぼーず。泣きたいときに泣けばいい。友達のママが羨ましいだろう。見た事も無い綺麗な着物にカンザシ。先生まで黒い服を着て、胸に花を飾ってる。
ひとつぽつんと空いた椅子に僕はドッカリ荷物を置く。まさか花を飾る訳にもいかないからね。背中に名前が貼られた椅子。
『おめでとう!』
『アリガトウ!』
スマホ越しに映る真剣な顔。緊張しているのか。
『起立! 礼!!』
視線が泳ぐ。前方から左へ。カメラを構える黒服のオヤジ達。ひとりひとり名前がコールされ始める。
壇上に向かう小さな足、足、足。
出番には未だ時間がある。
視線が今度は右へ。証が受け取られ手渡されてゆく。感謝の言葉とともに。追いかけた視線が僕とかち合う。照れ笑い。泣けよ、ぼーず。
今でも忘れない、忘れたくない。喜びもくやしさも桜色に色づく。描かれつくされてもいないけれど、真っ白ってわけでもない。
大きな拍手。いつまで歯を食いしばっているんだ、ぼーず。
最後のお別れの言葉。とても小さな門出。記念写真はいらない。帰ってお前の好きなモミの木のケーキでも食おう。僕の宝物のビー玉をあげるよ。
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僅かに開いた唇から洩れる吐息。疲れちまったんだろう。
飲んで飲んで、僕はグラスの氷が溶けるのを眺めてる。だらしなく弛緩した感情は閉ざしてしまいたい心を裸にする。
食べ残しのケーキを舐める。苦い味がする。登って降りてゆくようなピアノの間奏。長い髪が揺れる。ママはどんなだった。いつ懐かしい思い出になるというんだ。わざとオチャラケ演じてみせた笑顔が悲しすぎる。僕に気を使うなよ、ぼーず。
どうしようもなく、どうしたらいいのか分らない。じっと、僕は耳を塞いで俯いたまま時が過ぎるのを待つしかない。贈る言葉もみあたらない。
傷だらけになっちまったガラス玉にじっちゃんの海が見えた気がした。
**アカン、眠くなってしまった、、一度ねむらせてください**
published : 2013/03/19